カテゴリー: 三浦 寛幸(みうら ひろゆき)

  • 「様々なセンスを磨く ~直感~」

    操体を学び、実践していく中で変わったなと思うところがあります。それは自分の選択に迷いがなくなってきていることです。

     

    例えば何かものを買うにしても以前は思考をフル回転させ、より自分にとって「損をしない」ように選択をしてきましたが、最近ではそういった損得勘定がなくなり素直に欲しいものを直感で選択するようになりました。

     

    これが意外と外れがなく、大満足といかなくても「買って良かったな」と思える選択が出来るようになったのですが、これも自分が磨いてきたセンス、直感があながち間違っていなかったこと、信じられるものになってきたからだと思います。

     

    そういった自分自身のセンスが間違った方向に向かないのも自分自身の好きなもの、嫌いなものを感覚的に理解してきているのだと思います。

     

    それも操体の学びで得ていることが日々の生活の中で活かされてきている現われなのだと感じます。

     

    また「直感」ということにおいては家族の影響が大きかったようで、子供の時に祖父や父と買い物に行った時に買うものに迷いがなく、どんどんかごの中に物を入れていく姿を見ていたからだと思います。こういった祖父の姿勢も自分自身の培った直感や感覚を信じて物を選択しているからなのだと思います。

     

    選択というのはその日の気分や体調によって多少の変化が生じるものかもしれませんが、迷わないこと、自分の直感を信じることが自分のセンスを磨いていく一つの手段のように思います。

  • 「様々なセンスを磨く ~建築家の感性~」

    CASA BRUTUS11月号に安藤忠雄さんのインタビューが掲載されています。

     

    CasaBRUTUS(カ-サブル-タス) 2016年 11月号 [200号記念号 住まいの教科書]

     

    安藤忠雄さんと言えば、云わずと知れた日本を代表する建築家の一人ですが、作品から伝わる感性、センスは感覚を勉強している操体の人間にとっても学ぶべきことが多いです。

     

    古き良き物を残しながら現代に適応し、そして光や自然等活かせるものを最大限に活かす発想力、そして建築を介して人々の心の豊かさを追求しているように感じます。

     

    そういった安藤忠雄さんのセンスは操体の学び、また臨床においても必要なものであり、呼吸やからだの動きにしても、よりからだの要求に適うものしながら進化させていくセンスが必要になります。

     

    安藤忠雄さんの作品において私が特に好きな作品はインゼル・ホンブロイッヒ美術館と上海保利代劇場ですが、これらの作品は水や木等の自然と建築との調和をテーマに作られているようです。

     

    こういった自然と人間の暮らしとの調和を計りながら、活かせるもの最大限に活かしていくセンスはさすがです。そして何より安藤忠雄さんの作品は光や水を誰も思いつかないような絶妙なバランスで仕掛けているところも面白いところです。

     

    そういったことはCASABRUTUSの記事でも安藤忠雄さんはおっしゃっていて、「驚き、面白さ、感動、青春」というキーワードを強調されています。それも私達が感性・センスを磨く上でとても重要なことで、それらは先日までのブログでも書きましたが「挑戦」ということに繋がってきます。

     

    また最後にあった「青春」すること。これは私自身これからも大切にしていきたいと思っていることで、人はいつまで経っても「青春」することが感性、センスを磨く最も必要な要素になるのではないでしょうか?

     

    2016年11月23日(水)勤労感謝の日

    秋季東京操体フォーラム開催!

    今季のテーマは「膝と進化した操体」です

  • 「様々なセンスを磨く ~挑戦すること~」

    昨日は私がフランスとイギリスに行ったことで、自分の感性やセンスが変わったことを書きましたが、「挑戦する」ことも感性・センスを磨く上で必要な要素のように思います。

     

    それに気が付かせてくれたのがパリの第三区にあるポンピドゥーセンターという建物です。

     

    ポンピドゥー・センター・ガイド (プレステルミュージアム・ガイドシリーズ)

     

    パリの第三区と言えば、最も歴史が古い建物が集まり、美しい景観が現在も保護されている地域です。

     

    そのパリの美しい外観を壊しかねない現代建築がそこに建てられたのか?

     

    街の活性化や商業的な目的があるのだと思いますが、ポンピドゥーセンターというパリで建てたことのない建築を建てることも過去の自分達の文化、歴史を愛しているからこその挑戦なのだと思います。

     

    今までの文化に甘んじることなく、変わり続ける、新たな文化に挑戦しようとする姿勢にはとても感銘を受けました。

     

    そういった変わろうとするフランスの姿勢は日本人には足りないフランス人ならではの感性、センスがあるからだと思います。

     

    日本人には他国にはない素晴らしい感性、センスを持った人材がいるにも関わらず、それを失敗への恐れ、リスクが先立ち、宝の持ち腐れのように見えます。

     

    現在ニュース等でも取り上げられている新国立競技場にしても新しい物作りへの挑戦よりも、まずは作ることにおいてのリスクが挙げられ勿体無い感じがします。

     

    それは操体の学びに関しても同様の事が言え、橋本敬三先生が残されてきたものをより良いものに進化させるのではなく、守っていこうとする姿勢が全体的に強いように見えます。

     

    そういった姿勢はこれから操体を世界に発信していく上では勿体無いことです。

     

    フランスが自分達の建築を「世界に誇れるもの」としているように、操体も世界に誇れる日本医学であると思っていますので、やはりフランスのように進化を恐れない姿勢、感性を私達もこれからは見習うべきではないでしょうか?

     

    2016年11月23日(水)勤労感謝の日

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    今季のテーマは「膝と進化した操体」です

     

  • 「様々なセンスを磨く ~わからないなりに~」

    私が薦める自分を変える一番の方法は海外に行く事です。

     

    それは自分の感性・センスを変えることにも繋がってきます。

     

    今までフランス、イギリス等に行ってきましたが、知らない土地の知らない文化に触れることは何物にも変えがたい感動があり、感性・センスを磨くことにおいてとても重要なことです。

     

    私は日本に居ては感じる事の出来なかった歴史や文化の重さを肌で感じることで、今までの自分が積んだ経験や価値観がとても小さく見えるようなりました。それからは細胞が生まれ変わったように物の見方、考え方、大きく変わりました。

     

    特に大きく変わったのが芸術に対する見方が変わり、パリやイギリスの芸術に対する愛情、誇りは当時の私の感性では理解出来なかったものがほとんどでしたが、分からないなりに何かを感じようとしたことが現在の財産となり、操体の学びにも活かされています。

     

    そういった分からなくても肌で触れ、何かを感じることこそが、センス・感性を磨くことにおいてとても重要なことで、それを繰り返していくうちに良いものや本当に価値があるものの判断力、臨床においては本当に診なければならない箇所が感覚的に理解してくるのだと思います。

     

    2016年11月23日(水)勤労感謝の日

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  • 「様々なセンスを磨く ~異性を意識したセンス~」

    今回のブログが始まる少し前からアダム徳永さんの「男の教科書」を読み直していました。

     

    改めてこの本を読み直してみると、女性が男性に求めているものとはセンス(感性)そのもののように思えます。

     

    ちょっとした着る物のセンス、ちょっとした気遣い、安心させる振る舞い、優しさ、男らしさ。挙げればきりがありませんが、女性は「センス」を見抜く力がとても長けているようです。

     

    こういった点においても私達男性は女性目線を意識したセンスを学ぶ必要があります。

     

    私も23~26歳の間で女性が多いアパレル会社で勤めていましたが、この4年間で同姓目線でのセンス磨きから女性目線でのセンスを磨くようになり、それは臨床家となり、37歳となった今でも変わりません。逆に歳を重ねた現在の方が自分の身だしなみや振る舞いには気を使うようになりました。

     

    それは三浦理事長や岡村実行委員等、年齢を重ねる毎に若さを保ちながらセンスを磨いている良い手本があるからです。こういった師や先輩方を見ていると共通しているのが「女性受けがよい」ということです。

     

    それはいかなる職業においても必要なものだと思いますが、特に私達の仕事の6~7割以上は女性のクライアントですので、いかに女性に好かれるセンスを磨いていくかが大切なことのように思います。

     

    実際私が携わってきた人達の中では「異性に嫌われる」ようなセンスを持った成功者は見たことがありません。それは女性が中心となった現代では今まで以上に女性目線を意識して自分を磨いていく必要があります。

     

    2016年11月23日(水)勤労感謝の日

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  • 「様々なセンスを磨く」  ~感性を豊かにする~」

    三浦先生、一週間ありがとうございました。

     

    今週から三浦寛幸が担当致します。よろしくお願い致します。

     

    今回のテーマは「センス」「感性」です。

     

    私自身、操体の学びを得ていく中で一番磨かれているのが「感性」です。

     

    からだに触れるセンス、どこに触れるのかを磨くセンス、人の変化を診るセンス。

     

    私達はこういった臨床に直結する様々なセンス、感性を磨いていくことと並行し、更にそれらに磨きをかけるために芸術を肌で感じることもしています。これらは臨床だけでなく、自分の人生の無形の財産となります。

     

    操体の臨床とはこういった様々な「センス」が結集されたものであり、ある意味一つのアートのようです

     

    だからこそ、私達東京操体実行委員の面々は臨床の技術だけでなく、身だしなみや芸術を見るセンスに長けているのだと思います。つまり臨床の技術の向上には感性を磨くことが必要不可欠だということです。

     

    そして診る側の「センス」はクライアントもしっかり見ています。それは治療所の雰囲気、先生の立ち振る舞い、発する言葉等、ありとあらゆる所を見られているのです。

     

    そういったことを踏まえると臨床家は治療技術だけではなく様々な感性を磨く必要があり、例え技術が優れていても感性が乏しい臨床家は一流とは言えないということです。

     

    生前橋本敬三先生は三浦先生に「臨床ばかりしていると頭が腐るぞ」とおっしゃっていたそうですが、確かに治療だけに没頭していると感性、センスは磨けないように思います。

     

    2016年11月23日(水)勤労感謝の日

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  • 「シンカ ~日常からのヒント~」

    本日で最終日となりましたが、「シンカ」について色々書かせて頂きましたが、これは「変わる」ということでもあり、そのヒントは様々な所にあるように思います。

     

    特に最近では何気ない日常生活に目を向けるようにしています。

     

    例えば、自転車に乗れなかった子供がある日いきなり乗れるようになる。なぜ乗れるようになったのか。それには私達が学んでいることに結びつく様々な要因があります。

     

    1. 脇が締まっているのか?
    2. 上半身は前傾していないか?
    3. 足のどこでペダルを踏んでいるのか?
    4. 重心は左右どちらの足に掛けているのか?

    このように日常の些細なことに目を向けていくと、出来ないことには「出来ない理由」があり、その「ちょっとしたこと」に目を向け、改善していくだけで人は変わり、進化していくのです。

     

    特に子供の時に誰に教わることなく「自然に出来るようになる」ということには、無意識の学習があり、私達大人が学ぶべき非常に重要なヒントがあるように感じます。

     

    こういったことは臨床でも活かせることであり、私達は常に周囲にあるヒントを拾っていくアンテナを張っていく必要があり、その進化の先に橋本敬三先生が言われていた「自然法則を応用貢献していく」ことに繋がっていくのだと思います。一週間ありがとうございました。

     

    来週からは半蔵さんです、お愉しみに。

  • 「シンカ ~プロセス~」

    以前、三浦先生から「運命の法則」(天外伺朗著)という本を紹介して頂きました。著書の中で天外伺朗さんは様々な法則を説かれていますが、その中で「プロセスの法則」の重要性を説かれています。そこでは結果よりそこに行き着くまでのプロセスが大切だと書かれています。

     

    「プロセスが悪いと、次へは繋がらない。これは個人の人生でも同じだ。結果よりもプロセスが大切なのだ」(P102より)

     

    この言葉からも伝わってきますが、色々思考錯誤し、そこから生まれた結論、答えというのは意外とシンプルなもので「あ、こんなものか」と記憶にもそこまで残らなかったりします。

     

    しかし、そこに至るまでのプロセスで気が付いたこと、悩まされたことというのは答えよりも記憶に残り、次の学びの糧になっているように感じます。

     

    このようなプロセスの捉え方は物事を進化させていくことにおいて、とても大切なことでプロセスがない進化は真価に繋がっていきません。

     

    現に私達の学びも重心の捉え方を根底から見直すことで臨床の通し方も進化の途中でありますが、そのプロセスの中で得たもの方が結果よりも大きな財産になっているように思います。

     

    またプロセスの過程において過去の遺産に執着し過ぎないことも大切なことです。

     

    特に私達のようにからだに学習させることを大切にしている学問は時に過去の遺産が邪魔になることが多いです。つまり過去と現在の比較が生じてしまうからです。

     

    こういったことからも、結果や過去にこだわり、執着しないことが進化には必要なことだと思います。

  • 「シンカ ~悔しさを糧にする~」

    4年に1度のオリンピックが開催され、各競技熱い戦いが広げられていますが、個人的には夏の甲子園も見逃さず見ています。その甲子園に関連した記事の中に現在ヤクルトスワローズで活躍している山田哲人選手の高校時代の記事がありました。

     

    山田選手といえば、去年トリプルスリーを達成し、今シーズンも三冠王に最も近い選手として球界を代表する選手です。

     

    その記事では高校時代の山田選手は意外にも、もったいない選手だったそうです。当時の高校の指導者の話では「才能はあるが、それを十分に活かしきれていなかった」と書かれています。それが甲子園をかけたPL学園との試合でミスをしたことがきっかけで熱心に練習に取り組むようになり、現在に至るまでの進化に繋がってきたそうです。

     

    山田選手の過去の話を聞くと人は人生には大きく変えてしまう転機が必ずあるように思います。そこで体感した悔しさ、悦びといった感情を進化のきっかけにするのか、または見過ごしてしまうのかで自分の人生のベクトルは大きく左右されるように思います。

     特に山田選手のように人が変わるきっかけには「悔しさ」という感情が多いように感じます。その感情は人を大きく進化させる原動力です。

     

    私もこの学びを継続し、進化し続けることが出来ているのもそれがあったからです。その力は私だけでなく、人類の進化の歴史において外すことの出来ないエネルギーのように感じます。

  • 「シンカ4 ~矛盾~」

    近頃、週刊誌で医療、医者を批判する記事、もしくは病に苦しむ人達の声を特集した記事を目にします。特に「医者は儲けのために必要のない手術をする」「その薬は信用出来るのか」といった特集が組まれていることからも現代医療と患者の間に摩擦と矛盾が生じてしまっているように思います。

     

    こういった記事を読む度に、医療の進歩が患者の苦しみの改善に繋がっているのかと疑問になります。それは私達臨床家にも当てはまることで決して他人事ではない深刻な問題でもあります。

     

    もし本当に週刊誌で書かれているように医療の進歩が人々の幸せに繋がっていないのなら、その根本にある原因はどこにあるのでしょうか?

     

    幾つか読んできた記事の中で最も印象に残ったのは週刊ポストの「日本人にあえて問う 死ぬ勇気」という特集の記事で掲載されていた曽野綾子さんの「日本人には死の義務教育が必要」と題したコラムです。

     

    その記事では日本人は誰もがやがて訪れる「死」に対して否定的に捉えるのではなく、肯定して生きるべきだと書かれています。

     

    私も曽根さんの意見に賛成で、医療批判が起こるのも、技術の進化が人々の幸せに結びついていないのも国全体の死生観の捉え方に問題があるように感じています。

     

    この記事の前振りでも書かれていますが、延命治療をされている方が「穏やかな死」を望んでいる一方で簡単に逝かせてくれない現実がある。それは国全体が死に対し否定的な意識があるからではないでしょうか?

     

    そういった現実からも今以上に私達は健康寿命に意識を向けていくことが大切だと思います。健康寿命を伸ばし生きることの悦びを得ていく為にも、医者任せにしない、自分の健康は自分で勝ち取っていくという意識がこれからの時代に必要なことだと思います。

     

    それには操体で説いている「自己責任」を全うしていくことに目を向けること。そして医療の進歩、進化は人々の意識の改善、そして国全体の死に対する捉え方を変えていくことに繋がるようになっていくのだと思います。