カテゴリー: 三浦 寛幸(みうら ひろゆき)

  • 「からだ ~吸気~」

    本日で最終日になります。

     

     

    昨日まで正当にからだを使うため、もしくはからだからのメッセージを素直に受け取っていくために大切なからだの部位について書いてきました。

     

     

    これらにはそれぞれ重要な役割があり、日々対話していくことが大切です。

     

     

    しかしそれ以上に大切なのはこれらが1つ1つ単独ではなく、1つに繋がっているということ。

     

    そしてそれは全て吸気がより多く取り入れることに繋がっています。

     

     

    自身のからだに痛みや異常が生じた時に吸気が入りやすいのか否かを確認してみてください。

     

     

    きっとそういった状態の時は吸気が取り入れにくくなっていると思います。

     

     

    それが吸気が取り入れやすくなれば、自ずとからだは快方に向かっていきます。

     

     

    1週間お付き合い頂きありがとうございました。

     

     

    明日からは半蔵さんが担当致します。

  • 「からだ ~膝~」

    昨日は膝の裏筋について書かせて頂きましたが、本日は膝の事について少し書いていこうと思います。

     

     

    膝に痛みを抱え日々悩まされている方も多いかと思いますが、そもそもなぜ症状を抱える人が多いのでしょうか?

     

     

    膝はからだの中でも非常に複雑な関節の1つだとされていて、軟骨や半月板等の年齢と共に少しずつ負荷に弱くなっていくものも存在します。

     

     

    日々の生活の中でこの部位の負担をどれだけ無くしていくかも健康寿命を長く保っていく秘訣の1つです。

     

     

    わたしもリウマチで患ってからは水が溜まるようになり、手足の末端の痛み以上に膝関節の痛みには悩まされました。

     

     

    この痛みはなかなか改善することが出来ませんでしたが、改善されていく過程の中で気が付いたことが幾つかあります。

     

     

    1つは痛みがひどくなる時は鵞足と膝の運動ベクトルがブレてしまうこと。

     

     

    次に膝の裏筋の奥にある足底筋に非常に大きな圧通・膏血が出来ること。

     

     

    そして膝を庇うように腰を使ってからだを動かしてしまうこと。

     

     

    この結果足の裏の第3趾の裏にタコみたいなもので出来、1年間程ずっと消えませんでした。

     

     

    こういったからだの変化の中で痛みを改善していくことにおいて1番意識し、効果があったのは膝の運動ベクトルを常に意識したことでした。

     

     

    膝の向きと鵞足が重なる第1歩の踏み出し方だけで、からだ全体は呼吸と動きを軽くしてくれる器を作ってくれるのです。

     

    明日に続きます。

  • 「からだ ~膝の裏筋~」

    人が立つこと、そしてからだを使うことにおいて膝の裏筋の状態にその使い方は大きく変化してきます。

     

     

    以前のブログでも触れたことがありますが、膝の裏筋は「緩む」「伸びきる」「曲がる」という3つの表情があります。

     

     

    操体におけるからだの使い方・動かし方の歴史とその進化はいかに膝の裏筋が自然に「緩む」という状態を作っていくかと言っても過言ではありません。

     

     

    その状態を本人の意識操作なしに作ることが出来れば、昨日までに書いてきた骨盤と足の裏(母趾球)は自ずとからだの動きに必要な状態になってくるのです。

     

     

    しかし大抵の人は「膝の裏筋が緩む」という感覚をなかなか掴むことが出来ません。

     

     

    理由はいくつかありますが、大きな要因として挙げられるのが「力み」のように思います。

     

     

    最近体調を崩していたこともあって、よく理解出来たのですが、病んでいたり、疲れていたりすると人は上半身に力が入り、そこに支えを作ろうとします。

     

     

    そうすると膝の裏筋の状態は伸びきった状態でからだを使うことになり、結果的にはからだ1つ1つの繋がりは絶たれからだに不必要な歪みを作ることになります。

     

     

    このような見方や捉え方をしていくと橋本敬三先生が臨床の中で膝の裏筋をよく診ていたのかがよく理解出来ます。

     

    ただ単に全身の歪みを調整するためだけではなく、患者が正当にからだを使うためのその下地を作っていたように見えます。

     

     

    膝の裏筋に着目した橋本敬三先生は本当にすごいなと感じる今日この頃です

  • 「からだ ~肩甲骨~」

    操体を学ぶ前と現在の自身のからだの変化について考えていました。

     

     

    色々な変化がありましたが一番変わったと実感しているのが肩甲骨です。

     

     

    当時はよく腰痛や肩凝りで悩まされたりしていましたが、それが全くなくなった要因の1つが肩甲骨が開放されたからだと思います。

     

     

    肩甲骨というのはすごく不思議な骨で、これが上手く作動していない時は自身の立ち方やからだの動きもどこか不自然になる。

     

     

    きっとその不自然さが生じるのは肩甲骨を介して呼吸と動きが重なっていないからだと思います。

     

     

    呼吸と動きが重なり螺旋の回転が生まれて、はじめて動きは軽くなり、内圧と外圧のバランスがとれる。

     

     

    それを成していくためには肩甲骨を自由に開放していくことです。

     

     

    その自由は重心の適正に適った自然な立ち方によって生まれる。

     

  • 「からだ ~足の裏~」

    昨日書いた背中と同様に「足の裏」というのは非常に重要なからだからのメッセージが送られてきているように感じます。

     

     

    関節リウマチを患ってからの一年間、毎日足の裏を注意深く観察してきましたが、からだの中でこれだけ目まぐるしく様々な変化を示してくれる部位はないように思います。

     

     

    またセルフチェックだけでなく臨床においても皮膚の色や張り、その形状やしわに至るまで沢山の診断ポイントがあり、その変化を辿っていくこともとても大事なことです。

     

     

     

    こういった足の裏が送ってくれるメッセージにはどういった意味があるのでしょうか?

     

     

    わたしが最近感じているのは足の裏はからだの内圧と外圧のバランスの変化を忠実に表現してくれている部位だということです。

     

     

    そのバランスは母趾球と地面との接地感によって保たれているように感じます。

     

     

    体調が優れない時、心やからだに重さを感じた時、この接地点と感覚を確認してみてください。

     

    この感覚を磨くことこそが原始感覚を磨くことにも繋がり、そしてからだとよいお付き合いをしていくために欠かせないことです。

  • 「からだ ~背中~」

    今月になり、コロナになり喉の痛みと咳が続きました。

     

     

    そういったからだの状態になってはじめて気が付いたことがあります。

     

     

    人は体調が悪くなった時は胸椎が使えなくなり、それに伴い肩甲骨も全く作動しなくなるということです。

     

     

    その状態が続くと結果的に背中の筋肉や横隔膜に緊張を作ることになり呼吸のバランスが崩れてしまうことがよくわかりました。

     

     

    普段はあまり病気になったりした時にはじぶんがどのようなからだの使い方をしているのかまでは意識することが出来ないかと思います。

     

     

    しかしからだはからだの内部環境に合わせて動きを表現し、痛みや苦痛を和らげてくれています。

     

     

    特に背中と腰等の私達が目に触れることが出来ない部位の動きや形状には沢山の情報があります。

     

    それらをからだからのメッセージとして受け止めていくことも治療や薬を飲むことと同様に大事なことなのではないでしょうか?

     

  • 「からだ ~骨盤~」

    三浦先生、一週間ありがとうございました。

     

     

    本日からは三浦寛幸が担当致しますのでお付き合い下さい。

     

     

    最近は「骨盤」に非常に興味を持っています。

     

     

    人のからだを診させて頂くことはめっきり少なくなりましたが、身の回りの人やすれ違う人を見たりした時、つい骨盤に目がいってしまいます。

     

     

    骨盤を観察しているとその人がどのようにからだと向き合い、そして使っているのかが何となく見えてきます。

     

     

    姿勢がとても美しい人や歩行が美しい人、またトップアスリートの動きを見ていても骨盤が非常に重要な役割を果たしているのは確かなことです。

     

     

    その使い方はまるで木の根っこのようにどっしりと安定させているかのようです。

     

     

    その安定感によって肩甲骨が解放され、からだの動きが軽くなっているように見えます。

     

     

    逆に腰を使い、からだを動かしていくとからだの動きは繋がりがなく、局所的な動きとなりとても窮屈になります。

     

     

    そこで生じるのは「力み」であり、時間の経過と共にからだの歪みにも繋がっていきます。

     

     

    明日に続きます。

     

  • 「からだとじぶんの間にあるもの ~その7~」

    本日で最終日になります。

     

     

    1週間色々最近思っていることやからだと向き合っていく中で受け取ったメッセージを書かせて頂きました。

     

     

    今回皆様に一番伝えたかったことは先日少し触れましたが「からだの軸」の重要性です。

     

     

    健康でいる時も、体調が優れない時でもわたし達は常に目まぐるしく変化する環境の中でからだ共に生かされている。

     

     

    その変化に適応していく為に必要なことの1つはからだを正当に使っていくための「からだの軸」であり、その軸がどのように立っているのかを感知するためには「意識の軸」というのも必要です。

     

     

    わたしもこの軸についてはまだまだ勉強しなければなりませんが、この意識の軸とからだの実際の軸が上手く重なっている時は動きや呼吸に軽さを感じることが出来ます。

     

     

    逆にからだの動きや呼吸に重さを感じると時はこれらの軸が重なっていないように感じます。

     

     

    これについてはまた次回に触れていきたいと思っていますのでよろしくお願い致します。

     

     

    1週間お付き合い頂きありがとうございました。

     

     

    明日からは半蔵さんが担当致します。

  • 「からだとじぶんの間にあるもの ~その6」

    最近はからだの「軸」というものの大切さを実感しています。

     

     

    健康で元気でいる時はあまり感じられなかったのですが、病気になった時や疲れている時等にからだを支える軸がどこにどのように立っているかで疲労度も大きく変わってくるように感じます。

     

     

    私は立ち仕事をしていて動いている時は呼吸や動きのバランスが取れた状態なのですが、立っているだけの時に腰や膝の裏筋に力が入った状態で立ってしまうことがあります。

     

     

    その姿勢でいると腰は反った状態で背中に力が入り、両方の肩も挙がった状態になります。

     

     

    この時に感じられるからだの軸は股関節の横軸の中央、もしくは右側でからだを支えている感覚です。

     

     

    この軸の立ち方の問題点は幾つかありますが、最も問題なのは呼吸のバランスが崩れることとじぶんの意識の中に「楽」が根付いてしまうことです。

     

     

    この軸の中で本人が選択していることのほとんどはからだの要求に反することが多く、その積み重ねが病の根っこにあるような気がします。

     

     

    日常のわずかな時間に自身のからだを支えている軸がどこにあるのかを意識することはからだと良い関係を構築していくことにおいて非常に大切なことだと思います。

  • 「からだとじぶんの間にあるもの ~その5~」

    先月の初旬位から再度リウマチの症状に悩まされてきましたが、治療薬を飲むようになりだいぶ痛みは落ち着いてきました。

     

     

    正直、治療薬のからだに大きな負担がかかることを身に染みていたので薬に頼らず治療していきたいという想いがずっとありました。

     

     

    しかし実行委員の先輩達から現代医学と操体を併用していくことも大事だというアドバイスを頂いたことで薬による治療も行っています。

     

     

     

    個人的な感想になりますが、この1ヶ月現代医学の治療を続けてみて感じたことメリットとデメリットがあるということです。

     

     

    例えば薬を飲み続けて感じることは確かに痛みが消え、からだは楽になりますが、それに依存してしまうことで失われてしまうものがあります。

     

     

    1つはからだの素直な感覚、もう1つはそれに頼りきってしまい自己責任に対する意識が薄れてしまうということ。

     

     

    また先日書いた意欲の消失もその1つのように感じます。

     

     

    それに対し、操体は現代医学で失われつつあるものを取り戻す問いかけをしているように感じますが、その土台を作ることにおいては現代医学の手を借りなければならないこともある。

     

     

    どちらが良くて悪いのではなく、互いが互いのメリット、デメリットを認め、足りないものを補いながら共存していくことが未来の医学には必要なことではないだろうか?

     

     

    薬の治療をあまり受け入れられなかったじぶんも、これからは考えを改め、からだに必要なものは全て素直に受け入れていこうと思います。