投稿者: karib_sotai

  •  ことわざ

    ネットを見てたら、こんなことわざを発見しました(中国のことわざらしいです)。

    1時間幸せになりたいなら、酒を飲みなさい
    3日間幸せになりたいなら、結婚しなさい
    1週間幸せになりたいなら、牛を飼いなさい
    一生幸せになりたいなら、釣りをしなさい

    酒を飲むと、1時間幸せ?これは何となくわかるような気が。
    結婚しても、幸せは3日間?(オーコワイ)。
    何故牛は1週間?
    牛ではなく、8日間幸せになりたかったら、豚を食べなさいという豚バージョンも発見。
    牛でも豚でも、深い意味はよくわかりません。
    最後に釣りをすれば一生幸せとありますね。釣りキチでヨカッタ。

    話しはちょっと変わって、橋本先生は「操体は面白いぞ。一生楽しめるからな」と言われたそうです。

    釣りと操体の両方ならば、一生幸せで、一生楽しめるわけですな。

    両手に宝箱を抱えてるようなものですね。
    特に操体という宝箱の中にある、同志というお宝は何者にも変えられません。

    その最高の同志たちが集う、東京操体フォーラム
    ぜひ多くの方に参加していただき、一生楽しめる操体というものを共に味わっていきたいなと思っております。

    1週間ありがとうございました。来週はハマの操法士、西田さんです。

    中谷之美

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  •  何で?

    だんだん釣り道具屋さんのブログになってきそうなので、最近あった患者さんとの対話を。
    受診3回目のご婦人。この間の施術でだいぶ軽くなったが、左足と腰と肩にちょっとまだ張りがあるかなと言われる。
    2、3の操法を通した後にご婦人が

    ご婦人 「この方法て何て言うんですか?」
    私    「操体て言うんですよ」
    ご婦人 「友達にどんなことするの?て聞かれても、説明が難しいんですよ」
    私    「そうかもしれないですね」
          「痛いことしないって言えば、いいんじゃないですか」

    などと、足の指をゆらゆらしながら、たわいもないことを話した後、足首に渦状波を行う。

    少ししたらスースーと寝息がしてくる。そのまま寝かしておいた。
    しばらくしたら起き上がり、正座をしてゴソゴソからだを動かしている。

    私    「どうしました?」
    ご婦人 「からだが軽くなってるんです」
    私    「ヨカッタですね」
    ご婦人 「肩には触ってないですよね?」
    私    「そうですね」
    ご婦人 「でも軽くなってるんです」
    私    「凄いじゃないですか」
          「足も手も肩もみんな繋がってますからね」
          「気持ちのよさで治っちゃうんですよ」

    ご婦人の顔に「何で?」と書いてある。でも、この「何で?」に気づくことが大事だと思うのです。
    「先生に治療してもらったから治った」ではなく、「何で?」から自分の意識が変わってくることが大切だと思うのです。
    友達にどう説明するのか楽しみです。

    中谷之美

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  •  危険な目

    雑誌などで、釣りで危険な目に遭った記事なんか読むと結構面白いのです(ご本人は死ぬ思いだったでしょうが)。
    遭難、漂流、転覆、転落、心霊体験?・・・皆さんいろいろな目にあっているみたいです。
    私などは源流に入るわけでもないし、荒磯に渡るわけでもないし
    今はそれほどボートに乗るわけでもないし(ボート免許をただ更新しているだけという寂しい状態)
    特別に死ぬ思いをしたという体験はないのですが
    泥底に足をついたら一気に膝まで埋まって抜けなくなり、周りの草木に捕まって脱出したとか
    腰上までの長靴を履いて釣りをしていたら、深みにはまって長靴の中まで浸水し
    ブクブク沈むところだったとか、かわいいトラブルは結構あります。

    あと、釣りでは生き物によって危険な目にあうこともあります。日本にはトラやワニはいませんが
    山などに入って「熊出没注意」の看板などがあると、ちょっとビビリますね。1番出会いたくないお客様です。
    万が一、襲われたら金太郎やW・ウイリアムスじゃあるまいし勝てるわけがありません(平相談役なら勝てる?)。
    他にもマムシや毒虫、野犬なども考えられますが、1番身近で恐ろしいのはスズメバチです。
    奴等は危険です。話し合いも通じません。
    何度か追っかけられたことがありますが、タイミングが悪いと目があった瞬間に襲ってきます。
    ある時、襲われて後頚部で羽の振動がわかるくらいまで接近された時などは
    「そこだけは刺さないで〜」と絶叫ものでした。

    何かの本で読んだのですが、ヨーガでは徹底した非暴力という修行で
    あらゆる生あるものの心を平穏にしてしまうことができるそうなのです。
    そのため熟達したヨーガの行者は森の中でも猛獣や毒蛇に襲われることがないらしいのです(本当?)。
    それを読んでピンときたのが、スズメバチの巣に近づいても襲われないのだろうか?ということ。
    う〜む、とても気になるのです。
    では操体の行者はどうなのだろう?快の波動でスズメバチを抑えられるのだろうか?少なくとも私には無理ですけどね。

    文とは関係ありませんが、私は水路や小川での釣りが好きなんです。

    のどかですしね〜。

    中谷之美

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  •  メインターゲット

    以前のブログで秋穂理事が書いてくれたように、私の釣りのメインターゲットは雷魚という魚です。
    つぶらな瞳と美しい紋様をもち、カエルや魚のみならず、水鳥の雛などの小動物までガブリと襲い
    キラリと光る鋭い歯がとってもお茶目な魚なのです(マトモな感覚の方?は気持ち悪いと表現されることが多いです)。
    元々日本にはいなかった魚ですが、現在はカムルチータイワンドジョウ、コウタイと3種類の雷魚が生息し
    私がいつも釣っているのは朝鮮半島からいらしたカムルチーさんです。
    このカムルチーさん、大きくなると1メートルを超えるモンスターに変身することもあって
    マニアにはたまらない存在となっています。

    ヒシモやハスといった水生植物が生い茂った池や沼、旧河川などが主に釣るポイントで
    その魅力は何といっても静かな水面を叩き割るような捕食、重量感ある引きの感触
    水生植物を吹き飛ばすようなヘッドシェイクやジャンプ
    静寂な空間が一瞬にして荒々しい空間に変わってしまう静と動のギャップがたまらないのです。
    しかし、こんな素敵な朝鮮半島からのお客様も、今ではその数が減ってきているようです。
    特に首都圏では狙って釣ることのできるポイントは、かなり少なくなっています。
    埋め立て、護岸工事、農薬、更には釣り人自らによる釣り場の荒廃 ・・・
    これらは首都圏にかぎったことではありませんので、仕方のないことなのかもしれませんが。

    雷魚釣りは感覚的な要素が強いゲーム性を高くもつような気がします。
    雷魚はヘビーカバーと言われる、水面が見えないほどに生い茂った水生植物があるポイントで釣ることがほとんどです。

    水生植物の葉の1枚か2枚が揺れるのを見て魚の動きを感じたり
    捕食音や呼吸音といった音によって魚の居場所を感じたりと
    からだのレーダーをフル作動させる神経戦のような局面が多いのです。
    そこがまた面白いところで、マニアを熱くする理由の1つかもしれません。
    まぁ、どんな魚を釣るにせよ、釣りは自然と生き物が相手ですから感性は大切な要素です。
    自然の中で養った感性は臨床にも活かせるのではないかと勝手に解釈して、いろいろと楽しんでいます。
     

    中谷之美

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  •  皮膚には皮膚を

    今日は早く目が覚めたので携帯望遠鏡を持って(何で?)、近くの(というより目の前ですが)川まで散歩に行きました。
    川の周囲は公園になっていて、ジョギングやウォーキングをしている方が結構いらっしゃいます。
    連日の雨で川は増水していました。
    川に下りてテトラの間を覗いて見ると小魚がたくさんいて
    こんな小魚も細かい仕掛けで釣るとプルプルした手ごたえで案外面白いのです。

    コイでもいないかな?と思ってテトラをウロウロしていると、大きなコイがヌオ〜と出てきました。
    「うぉ、いやがったな。今度はナマズでもいないかな?」と、ウロウロしだすとキリがないので
    ちょっとテトラに座って、ゆったりと呼吸を味わってみました。
    すると何となくイイ感じになり、自然に左手が内旋して
    今度は自然に右手が外旋してきて、自然に左足の小指が反り始めました。
    からだ全体がフワ〜となってリセットされたようで、朝から得した気分です。

    からだが自然に動く・・・いわゆる無意識の動きですが、私はある臨床中の出来事がきっかけで
    からだの無意識(の動き)というものの見方というか実感が変わりました。
    三浦先生の言われる通り、からだの無意識は刺激で反応するものではないと言うことがハッキリわかったのです。

    そして、無意識の動きというものは基本的に快です。
    無意識の動きを引き出すことで、からだの要求を十分に満たすことができるのです。
    操体で無意識と言えば皮膚ですから、臨床において皮膚というものが大変重要な鍵になってきます。
    しかも、なるべく刺激ではない皮膚へのアプローチが必要なのです。

    ここ数カ月、私はいつも相手の無意識と自分の無意識が、いかに共感できるか?ということを考えています。
    そして最近、頭に浮かんだ2つのことを今は実行してみています。
    そのうちの1つとして、「肌で感じる」という言葉がありますが
    最近はこれを「皮膚で感じる」とイメージしながら臨床をするようにしているのです。
    皮膚で感じて、皮膚で通して、皮膚で触れて、皮膚で視て・・・
    相手の皮膚が無意識への扉なら、こちらの皮膚も自分の無意識への扉かもしれませんしね。
    何か違いがあるのかどうかはわかりませんが、やってて面白いからいいのです。

    中谷之美

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  •  バイブルは釣りキチ三平

    今週の担当は髪型1000円カットの中谷です。ちなみにジャルはつけてません(ぷぷぷ・・・)。

    早いもので、8月も終わりです。ここ数年、私がこの時期になるといつも思うのが
    「今年もほとんど釣りに行けなかった〜」なのです。そうなんです。私は釣りが大好きなんです。
    バイブルは「釣りキチ三平」であり、釣りバカ日誌のハマちゃんは神なのです。
    埼玉という海のない土地に育ったせいか、ほとんど淡水魚専門なのですが
    以前は休みになれば釣り!休みでなくても釣り!(サボリ?)という生活をしていたのです。

    川でも、池でも、沼でも、湖でも、魚がいればトコトコと出向いて
    そこにある自然の中にいられることが、とても気持ちがよく
    気の合う仲間が一緒なら更に楽しく気持ちがいいのです。
    気持ちのいい空間に身を置くことは、それだけで心もからだもウキウキワクワクするものですから
    同時相関相補性の中に環境というものがプラスされているのも頷けます。

    しかし、ここ数年はまとまった時間がなかなかとれず
    思うように釣りに行けなくてムラムラしているのです。
    あまりにムラムラすれば犯罪に走る危険性があるため
    暇をみてはちょこちょこっとコイやナマズなどと遊んでもらって危険を回避しておりますが
    (幸いにも自宅の目の前に川が流れています)
    もう少し危険を回避すべく今回のブログは釣りを絡めて書いてみようかなと思っておりますので
    一週間よろしくお願い致します。(操体のブログになるのか若干不安ですが)

    中谷之美

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  • 床屋にて

    一週間どうもありがとうございました。
    週半ばに文字化けした記事を出したり、引っ込めたりしてすみませんでした。
    パソコンの扱いにいつも、おっかなびっくりの私は壊しちゃったかな〜と不安だったのですが、いつも講習でサブ講師をなさっている畠山先生に忙しいなか、丁寧にアドバイス、協力をいただき、何とか来週にバトンが渡せそうです。これまで私はパソコンのコピー、貼り付けという機能を使ったことがなく、その都度、手入力していたのですが、この機能を使うと大変スムーズで時間も短縮できることを知りました。感謝です。
    もっともパソコンをいつも使っている人からすれば基本中の基本なのでしょうが、この基本中の基本がわからずに苦労してしまうまたはちょっと頑張れば出来てしまう事なので基本中の基本に目が向かないということが、日常生活のなかにもまだまだ沢山あるんだろうなと感じました。苦労している中でなにかに気づくことも大事だと思いますが、苦労のなかに埋没して心とからだがカスカスに渇いてしまっては元も子もないのではと思います。

    このあいだ床屋にいったときのことなのですが、私が顔を剃ってもらっていると、隣の男性は整髪段階にはいっていて、店員さんから「なにかつけときますか?」と聞かれ、この男性は「じゃあ ジャルでおねがいします」と言っていた。
    ジェルのことをゲルとか言ってしまうのは、なんとなくわかるがジャルとは。
    盗み聞きしていたわけではないが、これは予想外だった。
    心の中では聴いた瞬間「うわはっはっひゃひゃ」大爆笑の満点大笑い状態だった。
    ジャルってなに?航空会社の事?ジャルはないだろう?やっちまったな〜と思うと、また、可笑しさが込み上げてきて口元が緩む。とても顔剃りどころではない。
    隣の男性にも失礼のないよう必死になって咳き込むふりをしてその場を取り繕う。
    どんな人かなとチラッと横目で見ると、ポッと赤くなっている。
    こんななにげない一瞬が私は大好きだ。

    ということで来週は、いつも短髪がきまっている中谷さんです。
    どのくらいのペースで床屋にいっているのだろうか。ん?床屋ではなく美容院かも。
    それはさておき来週もよろしくお願いします。

    友松 誠。

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  • 尖っちゃダメ

    うちに来る人のなかには、来てからひとしきり喋らないと落ち着かない人が結構いる。仕事の事。家族の事。嫌な人の事。
    最初は軽い挨拶程度だったものが、どんどんエスカレートしていってしまう。

    昨日いらした60歳代の女性もひとしきり喋った後、ベッドの上で一番くつろげるポジションで休んでもらった後もまた仕事の事や嫌な人がいるということを喋りだしたのですが、「でも、この歳までまだ元気に仕事ができているんだからありがたいことなんだよね〜」と言った。

    この言葉を聞いて、こちらもなんだか嬉しい気分になってしまい、見えていなかったもの、見よう見ようと頑張っても触れることができなかった部分に自然に手が伸びたのを感じた。
    そこには飛び上がるほどの圧痛があり「痛いよッ!」と一瞬怒られてしまった。

    自分自身が緊張し、神経を尖らせていたのでは解らないような小さな硬結だった。
    相手が痛みや不快症状で気持ちが尖っている時に、こちらも何とかしなければと過剰に緊張して気持ちが尖ってしまうと、相手も尖っている、こちらも尖っているで調和がとれなくなってしまう。尖っているものと尖っているものがぶつかれば火花も散るしお互いが傷ついてしまう。
    相手のからだはもうこれ以上傷つきたくないと願っているだろう。だから一番安楽なポジションをとっても、こちらの気持ちが変に気負って尖ってしまっていれば、自身のウィークポイントを素直にさらけ出してくれないのだと思う。
    相手のからだは不快から快に向かおうとしており、この快は刺激的なものではなく、ゆったりだとか、くつろぎ、リラックスに通じる快なので、こちらがそれを妨げるような緊張を表していれば、相手のからだも快に向かおうとはせず、これ以上痛くされないようにと身構えてしまい、ウィークポイントを見せてくれないのだと思う。

    からだは、どうやってこちらの緊張を感じとっているのだろうか。
    相手のからだとこちらとの間には必ず空気があり波動が存在する。
    尖った荒い波動、やさしい波動、おだやかな波動。相手のからだは、こちらの波動を感じとっているのではないかと感じます。
    尖った荒い波動を発していれば、相手のからだは閉ざされるでしょうし、おだやかな波動を発していれば相手のからだは開放してくるのではないでしょうか。

    自分の波動をおだやかにするには、「ありがとう」という感謝の気持ちを持つことだと思います。
    そしてそれを言葉にすること。
    昨日来た60代の女性は「ありがたい」と口にしたことで自分自身をおだやかにし、こちらの気負った緊張も解いてくれ、私の手を自身の病んでる部分に導いてくれたのではと思います。
    この人なんだかすごい人なのかも。

    友松 誠。

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  • 卓球

    今回の北京オリンピック日本選手団の旗手を務めていたのが卓球の福原愛選手ですが、この愛ちゃん小さな頃によくテレビにでていて、当時幼稚園児ぐらいだったと思いますが、明石家さんまや、とんねるずと卓球の試合をして負けたり、ズルをして点を入れられると泣き出してしまったりしてたのが思い出されます。しかし今は中国リーグでも活躍し中国でも人気者で、世界的な選手に成長しています。

    この卓球についてなのですが、橋本敬三先生の著書「万病が治せる妙療法」にも、からだの調子がおかしいと治療を受けに来た卓球選手を診させてもらった時のことが書かれており、この卓球選手は右ききでありながら、右足の親趾に重心をかけて打っていると言っており、本人はそれが正しいんだと頑張るので、それでもよしとしておいたが、からだのあちこちに歪みがあり、痛めていたとあります。少し写しになりますが、右手を動かすときは左足に重心をかけるとらくに動けるように人間のからだはつくられています。四つんばいになって歩くばあいは、右前足(右手)を前に出すと左後足(左足)が前に出、逆に左前足(左手)が前に出るときは右後足(右足)が前に出ます。このように左右の動きと重心のバランスがとれるようになっているわけです。また、かまえたときと、行動するときとでは重心が移動しますが、それには一定の法則があります。この重心移動の法則にしたがって動かないと必ずからだにむりがかかり、歪みの原因になります。動きもスムーズにいきません。先日の卓球選手が本当に逆の動きをしているとすれば、この法則をしらないままにむりな動きを繰り返し身についてしまったものと考えられます。そして、動きにむりがあるのでからだもあちこちわるくなったのだと思います。と書かれております。

    テレビで卓球の試合を見ていると、動きが早くて、急にフォアハンドに速い球がきた場合など、右ききの人が右足に重心をかけたまま打っている場面もみられますが、ゆるい球をスマッシュする時などは左足に重心をかけて打っているのがよくわかります。ですから「万病を治せる妙療法」にでてくる卓球選手は、はやい動きのなかで、どこかでからだの使い方を勘違いしてしまったのではないかと思います。

    この卓球選手は時代的にもラケットをペンホルダーグリップで握っていたのだと思いますが、私の考えではどうもこの握り方は動きの勘違いを生みやすいのではと思います。

    卓球のラケットの握り方はシェークハンドグリツプとペンホルダーグリップがあり、インターネットにあった初心者の為の握り方を見てみると、シェークハンドグリップはラケットのラバーに人差し指を固定し、他の4本の指でグリップを握るようにもちますとあり、ペンホルダーグリップは、その名のとおりペンを持つように握りますグリップを親指と人差し指で囲むように握り、中、薬、小指はラケットの裏面にコンパクトにまとめる感じですと書かれています。この時点でシェークハンドグリップのほうが重心安定の法則の、手は小指側を使うということとマッチしているような感じがします。

    そして気になったのが、ペンホルダーグリップで握る時の注意点なのですが、裏側の3本の指を開くとバックハンドで打つときに手首が返しづらく打ちにくいのでラケットを持つのではなく添えるくらいで握るようにしましょうと書いてある点で、ここで今勉強している連動性とつながってくるのですが、人差し指を親指に寄せるようにして全指が開いてくるオープンをさせれば遠心性の動きとなり、人差し指を中指に寄せるようにして全指が閉じてくるクローズをさせれば求心性の動きとなります。

    連動性としては仰臥位で脚を伸ばした状態から、人差し指を親指に寄せるようにしてオープンすれば肩甲骨が上がり同側の下肢は伸展してきて、人差し指を中指に寄せるようにしてクローズすれば肩甲骨は下がり同側の下肢はちぢんできます。

    この人差し指を寄せるようにしてのオープン、クローズを、例えば右手関節の外旋だったら外旋していく右手の動きにクローズをミックスしたり、連動により内旋してくる左手の動きにオープンの動きをミックスしたりと、より運動痛、運動制限のない開放された状態のなかで快適感覚が聞き分けられるような動診を今勉強しています。

    これをペンホルダーグリップで握る時の注意点にあてはめてみますと、グリップを親指と人差し指で囲むように握り裏側の3本の指を開くと、先程のオープンの格好になり求心性の動きと相反する遠心性の動きがミックスされることになってしまい、バックハンドを打つときに手関節にロックがかかってしまい、手首が返しづらく打ちにくくなってしまうのではないでしょうか。フォアハンドでも同様で右手で打っていたら右の脇が空き、重心も右足にかかりやすくなってしまうのではないでしょうか。

    「万病を治せる妙療法」にでてくる卓球選手も、このようなことも含めて右ききでありながら右足の親趾に重心がかかるようになってしまい、不自然な動きが身についてしまったが為、自分のやり方が正しいと言い張ってはいても、からだのほうは歪んでしまい動きにむりがあるので、あちこちわるくなってきてしまったとも考えられるのではと思います。

    ちなみにシェークハンドグリップの握り方の注意点は、ラケットの根元と手を近づけるようにしてくださいラケットの根元から手が離れてしまうと、人差し指でラケットを固定できなくなってしまいますと書いてあります。

    これも固定できなくなってしまうということの他にも、人差し指と中指、薬指、小指が近づくようにすれば、求心性の動きと求心性の動きがミックスされ、よりスムーズな動きになるのでラケットの根元と手を近づけるようにしたほうが良いということも考えられるのではと思います。

    また今年の春の東京操体フォーラムでやりましたが、ONの固定とOFFの固定というのがあり、人差し指の指背に親指を重ねるとOFFの固定となり、この固定をすると動きにロックがかかり
    極端に動きの可動域が制限されてきてしまいます。ペンホルダーグリップでラケットのグリップを親指と人差し指で囲むように握る時、もし人差し指の上に親指をのせているとしたら、この場合も不自然なからだの動きにつながるのではと思います。

    ペンホルダーグリップとシェークハンドグリップ、競技においては、それぞれ一長一短があり、どちらのほうが有利なのだということは一概に決め付けられないと思いますが、からだにとってどちらが身体運動の法則に則った動きが表現しやすいかといったらシェークハンドグリップのほうが表現しやすいのではと思います

    友松 誠。

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  • 水中に立つ

    先週の平さんの話で思い出した事があります。

    幼稚園か小学校低学年だかの頃、夏休みの地域のイベントで、市営プールへ行ったことがありました。

    すぐ隣は海だったような気がするのだが…

    一般用のプールと子供用のプール、大きな(と思っていた)すべり台がある。

    子供用の方でひとしきり遊んだあと、やや飽きてきていたので、大人の目を盗んで姉と一般用のプールの方へ行ってみた。

    子供用のプールは、当時でも浅く感じ、泳ぐという雰囲気ではなかったのだ。

    大人用のプールは広く、人口密度も低かった。

    嬉しくなって来たので、ちょっと入ってみることにした。

    姉にはやや止められたような気がしたが、子供用のプールで強気になっていたので、はしご?からやや離れた位置(縦側の方)で足から(静かに)飛び込んだ。

    プールは予想外に深いものだった。
    別に溺れたとか、焦った覚えはないのだが。

    幸い、母譲りの脳天気さのゆえか、焦って溺れるということはなく、落ち着いたものだった。
    (おかげで、姉も助けを呼ぶのを一瞬忘れたようだ)

    溺れたというよりは、沈んだといった方がいいか。
    あれっ?届いてないや、くらいの感覚だった。

    印象に残っているのは空の青さと、覗きこんでいる姉の顔と、水の中で目を開けられるという感動だった。(どうも苦手だったようだ)
    後から姉に「すごいね」といわれた覚えがある(それより誰か呼んで来て(笑))
    姉も脳天気だったようだ。

    その後の記憶はないのだが、トラウマにもなってないし、たいしたことはなかったようだ。

    まあ、そんなところでオチもなく次週の友松さんに繋ぎます。

    ありがとうございました。

    辻知喜

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