投稿者: karib_sotai

  • 虫が騒ぐ

    毎回のことなのでいい加減呆れられているのではと不安に思いつつも、懲りずに私の中で静かに
    ブームとなっているものを話したいと思います・・・
    私は自分で言うのも何ですが、ゴリラのような見かけに似合わず、細かい作業が大好きな人でして、
    チマチマと物作りに勤しむこと多々あり、家内にも半分冷たい目で見られています。
    そんな冷たい家内の目や、邪魔だよと言いたげな小太郎の視線を浴びつつも、居間のテーブルの大半を私の工作キットが独占しております。

    という訳で現在のマイブームはと申しますと、ペーパークラフトです・・・
    は?というブーイングを一心に浴びている私でございますが、馬鹿にするなかれ結構はまります。
    海外のサイトやら何やらいっぱいあるのですが、私のお勧めはCanonのペーパークラフトのサイトです。
    ジャンルが多いのと、一つ一つの完成度が高いというのが理由です。
    何のことはなく、昨日つぶやいたTwitterの戦国大好き系のフォローしている方の情報で、
    ペーパークラフトでお城を作ったとの記述を読み、完成写真を見てその完成度の高さに驚嘆し、Canonのサイトを覗いたのがきっかけでした。
    「姫路城・大阪城・熊本城」など城マニアの私にとっては手をつけずには居られなくなり、
    早速、熊本城の築城に着手しました。

    液体のりとカッター、はさみさえあれば出来るようでしたので、軽い気持ちではじめたのですが、
    まぁあ大変なこと、大変なこと。。思った以上に築城が難航し、人柱でもやらなきゃ駄目かと思う位に、難しいものでした。
    しっかりと設計がされているが故に、いい加減に切ったり、折ったりしていると少しずつズレが生じてくるのです。
    気が付けば六割方組み上がった熊本城は落城寸前の姿となっており、屋根はズレ壁は隙間が空いて
    とんでもないことになっているやらで、加藤清正が生きていらっしゃれば真空飛び膝蹴りを食らうような完成度となっておりました・・・

    ここで冷静になって、今回の築城の問題点を挙げてみました・・・
    先ずは(1)液体のりを甘くみていた(2)谷線やら山線やら折り方の精度に問題がある
    (3)初心者に熊本城は厳しかったと、この三点が挙げられました。。

    そこで生まれた改善点としては、液体のりに関しては乾燥した際に、ノリをタップリ付けていると反りなど変形が生まれやすくなるので、

    出来るだけ薄く伸ばすようにする。谷線やらの線に関しては書けなくなったボールペンで点線を絵取って折りやすく細工をする。

    そして三番目は熊本城を廃城とし、新たに姫路城を建造するという抜本的な解決でした。
    これらの反省を踏まえ、早速、姫路城建造へと着手致しました。
    サイズが熊本城よりも大きいことと、それまでの失敗があったので、割とすんなり築城が進み、
    着手から一週間で姫路城が完成致しました・・・

    え〜っと、今日初めて、このブログを見た方が「こいつ、そーとー暇人じゃん!」って思われるのも癪(しゃく)なので言っときますが、
    これをチマチマ作っていた先月は一応、クライアントをみさせてもらった人数、及び売上も過去最高で、
    私的にはとんでもなく忙しい一ヶ月でした・・・
    自分自身で分析するに、忙しくなって精神のバランスをとるのにどうやら私はこういうチマチマした作業が
    無になれてストレス発散になるようです。。

    人それぞれバランスの取り方があるのだと理解して戴けるとありがたいと感じております・・・

    因みに次に狙っているのが更に本格的な株式会社ウッディジョーという木製の模型等を製造販売している会社があり、
    そこのレーザーカット加工の日本の名城シリーズを狙っております・・・
    え〜っとこれ以上書くと実行委員を辞めろと言われそうですので、これ位にしておきたいと思います・・・
    皆様も心豊かになる趣味をどうぞ・・・

    福田勇治

  • Twitter

    最近巷を騒がせているツイッターなるものを私も始めました。。何だか冷麺はじめましたのノリですが、
    最初は訳も判らずやっていたのですが、少しずつ要領が分かってくると何故、世間が騒いでいるのかが
    何となく分かるようになって来ました。あ、因みにSOTAI_FUKUで登録しております・・・

    特に最初、誰も知り合いが居ない中で、新規登録をした時の画面のもの悲しさと言いますか。。
    当たり前の事なんですが転校生が初めて登校してきて自己紹介をしているような気分になりました。
    Twitterってまさに“つぶやき”とか“さえずり”などと言われるように、自分の今の状況とかを
    140文字という制限の中で文章化していくのですが、これって中々勉強になります。

    まずはブログと違い長文を書く必要が無いという気軽さです。ブログは今書いているので尚更そう思うのですが、
    自由度が高いが故にポイントがずれてしまう場合があるのですが、Twitterは140字という制限があります。
    制限があるということは当然“まとめ”が必要となってきます。まとめなければ字余りになり、
    はたまた字足らずといった間抜けな状態になりますので、自分の言いたいことを140字に凝縮して表現をしていく必要があります。
    これが簡単そうで難しく、文章を削り、はたまた文字を盛り、四苦八苦しながら文章を作ります。

    まさに140字の格闘技といいますか、よりメッセージ性の強いものであれば140字に感動や、怒りを覚えたりと結構楽しめます。
    どうせ“つぶやく”のであればと、自分なりにテーマをみつけてつぶやいていると、
    その“つぶやき”に賛同する方からリツイート(他の方の発言を引用する感じでの発信※RTと表記)されたりすると、
    何となく励み?になったりと面白いです。

    中には140字の中に素晴らしい言葉をちりばめている猛者もいて、時には大笑い、時にはしんみりと改めて言葉の凄さ、
    素晴らしさを実感させられます。
    相手の顔は見えないはずなのに、不思議と相手の顔やら考え方など見えてくるのもTwitterの特徴とも言えるかもしれません。
    限定の中で表現すると言うことはその人の情報処理能力なり、表現力が試されることになるので、
    言葉を選択し、最上の言葉を発することとなるので、無駄を省いたシンプルな言葉となります。
    余分のない言葉はよりストレートに心に響いたりするものだなぁなどと一人で感心している今日この頃です・・・

    Twitterで私が一番便利だと思っているのは、やはり情報です。自分の興味がある情報ソースをフォローしておくと、
    その事柄に関しての情報がこれでもかと入ってきます。主に私がフォローしているジャンルは
    “フォーラム関係者”“猫様関係”“アコギ関係”“造型関係”“幕末関係”“戦国関係”
    などなど大概仕事に丸っきり関係ない(爆)フォローですが、情報としてはリアルタイムで興味ある情報を流してくれるので
    非常にありがたいです。

    但し、悩みは私のつぶやきは同業者向けのつぶやきが多いので、フォローしているジャンルの人達には
    割に冷遇されていることでしょうか・・・(T^T)ウッウッウッ
    まぁ、今後も付かず離れず微妙な距離感を保ちつつTwitterを楽しんで行きたいと思っております。
    岡村さんたまにはつぶやいてね・・・

    福田勇治

  • いよいよ

    いやぁ。。今週から出雲の住人福田が担当でございます・・私がかねてから訴えておりますブログの順番も変わることなく、
    両師匠に挟撃される格好で青息吐息でございます、めげることなく今週も宜しくお願い致します。
     早いものでつい先日、自宅で正月用の餅をついていた様な気がしますが、あ!っと言う間に四月となってしまいました。
    もっとビックリするのはこのブログも私が最初に書いたのが2008年の5月からですので気がつきゃ
    これまた二年が経過していたというこの恐ろしさ・・・

    時間というのは、どんなに楽しくても辛くても本人の意志とは無関係に正確に平等に時を刻んで行きます。
    気の合う仲間と楽しく酒を飲んでいる時と、接待で飲みたくもない酒を飲んでいる時は明らかに時間に不平等な流れを感じます・・・
     年配の方と話しをすると必ず、「いやぁ一年があっという間だぁ」と、毎年話しています。
    どうやら年を重ねると確実に時間は短くなり、年々勢いが増すようです・・・子供の頃って一学期どころか一週間が異常に長く。。
    いやいや一日が長かった記憶がハッキリとあります。
     むむむ・・ここで矛盾が有るのですが、楽しい時間は経過が早いのは解るのですが、
    果たして年を重ねるごとに日々が楽しくなっているのだろうか?という疑問です。
    幸いなことに私の周りにはご年配の方が公私ともに多い?ので伺ってみると、そんなに日々楽しい訳でもないが、早いのだと言います。
    書けば書くほど益々解らなくなりそうなので、ひとつ線引きをするとすれば、
    人生における“目標・目的”を失ってからが一つの境目になるようです。

     
     男性であれば長年勤め上げたサラリーマン生活を終え、定年後の人生設計であったり、女性であれば子供達が成人になり、
    一つの区切りがついた頃が第二の人生への分岐点になるようです。
     目標・目的の無い人生ってどうでしょう?サラリーマンで考えれば、かなりしんどい状況だと思います。
    ノルマを与えられ、部下を管理し、日々やることがあるからこそモチベーションも上がり、意欲も沸くでしょう。
    しかし、取りあえずデスクだけが有り、自由にやってくれともし上司から言われれば、
    数日間は何か自由を与えられた様で楽しいでしょうが、そのうちに疎外感から耐えられなくなると思います。
    目指す所が無いというのは大海を漂う小舟の如く、彷徨うだけで何処に行き着くかなど誰にも分かりません。

    我々、自営業者はサラリーマンの方々とは違い、目標も目的も自分で決めなければならず、
    叱ってくれる上司もいなければ、褒めてくれる上司もいないので、常に自身に問いかける必要があります。
    まぁ、上司とかが嫌で独立したっていうこともありますので、こればっかりは職業選択の自由ってことでご勘弁を・・・
     話しがどんどん脇道にそれまくっているので元に戻しますが、自営業者であるはずの私の目標の一つが迫っております・・はい。。

    4月25日(日)第一回東京操体フォーラム分科会青山コンフォートにて開催されます!
    東京操体フォーラムは年一回、母体であるフォーラムが毎年秋に2Daysで開催しています。
    今回、分科会は初の試みで、通常フォーラムで発表しない様な、より突っ込んだマニアックな内容だったり、
    かなり実験的な内容で見所は満載です。

    操体初心者の方や東京操体フォーラムっていう集団はどんなことをやっているんだ?
    など操体に興味のある方であれば一日楽しめるそんなワンダホーな内容となっています。
    私も今回は小代田実行委員と「食」について対談という形で発表したいと思っています。
    お互い暴走しない様に気を付けて発表出来ればと思っていますので、是非!お楽しみに!!
    それでは今週一週間宜しくお願い致します。。

    福田勇治

  • 女子的相談とカウンセリングと「乗り移り人生相談」

    以前数人に『○○さんったらワタシにこんなこと言ったんですよ』と訴えてみたことがある。
    Aさんは『そりゃひどいですね〜』と言ってから『悪気はないヒトなんですけどね。気にしないほうがいいですよ』と言った。Bさんは『そんなことないですよ。悪気はないんだから。気にしないほうがいいですよ』と言った。
    おまけであるが、別の方は『けしからん。許せんな』と言った(いや何もそこまで言っていただかなくとも)。

    AさんもBさんも言っている内容自体は同じなのだが、決定的に違うのは、前者はまず私に同調してから『あるヒト』を擁護した。後者は否定してから『あるヒト』を擁護した。

    Aさんには『そうなんだよね〜(笑)』で、済ませる事ができるのだが、Bさんのように最初から『そんなことないですよ』と否定されたら『もうこのヒトに話すのはやめよう』と思うものだ。私は最初にAさんのように『そりゃひどいですね〜』と、同調してもらいたかったのである(笑)

    よく、夫婦喧嘩の発端に出される例だが
    その1
    ♀「仕事でいやなことがあってさあ・・・」
    ♂「オレにどうしろっていうんだ」
    ♀「誰もそんなこと言ってないわよ」

    その2
    ♀「仕事でいやなことがあってさあ・・」
    ♂「そんならやめちまえ。オレにそんなこと言うな」
    ♀「むかっ」

    その3
    ♀「職場で上司にセクハラされてとても嫌な目にあって落ち込んでるんだ」
    ♂「オレにどうしろっていうんだ。オマエにスキがあったんじゃないか」
    ♀「ぶちっ(堪忍袋の緒が切れた音)」

    超モデルケース:こんなオトコが実在するのか不明だが)
    ♀「仕事でいやなことがあってさあ・・・」
    ♂「大変だったね。なにがあったの?」
    ★ここで「なでなで」とかしてくれれば、大抵はここで終わる(笑)
    ♀「これこれかくかくしかじか・・・・」
    ♂「なるほど、でもそれは理不尽だね。でも仕事は続けたいんだろ」
    ♀「話したら少しすっきりした。ありがとう」

    というように、女子はまず同調して話を聞いて欲しいのである。べつにどうしろと明確に回答を要求しているわけではない。何だか話しているうちにアタマがクリアになってきて、落ち着くのである。それを『オレにどうしろって言うんだ』と言われても返答のしようがないのが事実なのである。

    ちなみに、クライアント(特に女性)が、姑への不満や家族への不満などを話はじめて、話し終わったらすっきりして帰った、という体験をしている方は多いのではないか?女性が何か不満や不安をぶつけてきたら同調するのが一番いいのである。

    ここまでは「女子目線」の話。

    ここからは『男の話』。毎週「日経アソシエ」のwebに連載されている島地勝彦氏(元週刊プレイボーイ編集長)の『乗り移り人生相談』が遂に書籍化されたのである。私はこれを非常に楽しみに愛読している。

    『これはただの人生相談ではない。何しろ今は亡き昭和の文豪たちが天国から降臨し、ある男に憑依してあなたの悩みに答えるのだから。
    その文豪たちとは次の三人である。眠狂四郎の生みの親、不羈の想像力で時代小説の新地平を拓いた柴田錬三郎氏。天台宗大僧正にして参議院議員そして直木賞作家…天衣無縫の怪物、今東光氏。世界を股にかけ珠玉の文章を残した行動派作家、開高健氏。彼らの言葉を口寄せするのは「週刊プレイボーイ」の編集者時代に、三文豪を回答者に据えて人生相談コーナーを担当した島地勝彦氏だ。柴田錬三郎氏には息子のように、今東光氏には孫のように、そして開高健氏には弟のように可愛がられた島地氏は、人生相談コーナーを通じて門前の小僧よろしく人生の様々な奥義を教えられた。
     島地氏は言う。「従って、シマジの言葉はシマジの言葉にしてシマジの言葉にあらず。剣豪作家シバレンの、今東光大僧正の、開高文豪の言葉なのである。心して聞けい』

    乗り移り人生相談 -柴田錬三郎・今東光・開高健、降臨!!

    乗り移り人生相談 -柴田錬三郎・今東光・開高健、降臨!!

    今回は、webと違ってシマジ氏の人生相談への回答への反論も載せられている。それに対するシマジ氏の回答もなるほど、と頷けるのである。中にはシマジ氏の回答を読んで『気持ち悪くなるけれど読んでしまう』という方もいるらしい。私は勿論気持ち悪くはならない(笑)。珠玉の名言集だと思うのだが。

    『自分はいつも正しいと思っているような奴にロクなのはいないからね』って確かにそうだ。何故、いつも正論を言っている輩はつまらないんだろう。と思っていたら、
    『最近の男性週刊誌が面白くないのは、不寛容すぎるからだよ。むっつりと不機嫌で何でも道徳的に断罪するモテない男のような匂いが誌面から漂ってくる。そんなものを読んでいてもまるで愉しくないだろ。不寛容な人というのは、正直者である自分が損をしているという思いがあるんだね。自分は正しい、少なくとも間違ったことはしていない。なのにうまく行かないことばかりだ。そんな鬱屈が人を不寛容にする』と書いてある。そうか、だからつまらないのだ。これは男性に限ったことではない。

    また、シマジ氏が尊敬の念を込めて「オヤジ」と呼ぶ今東光大僧正の「毒舌身上相談」も面白い。私は非常に面白いと思うのだが、中にはこれを呼んで『下品だ』と『気持ち悪くなる』と怒った人もいた(笑)

    毒舌 身の上相談 (集英社文庫)

    毒舌 身の上相談 (集英社文庫)

    シマジ氏はシバレン師匠から、『上質な脳みそに裏打ちされたえこひいきをされるようになれ』と教わったそうだ。

    えこひいきされる技術 (講談社+α新書)

    えこひいきされる技術 (講談社+α新書)

    最後に、もう一冊。

    甘い生活 男はいくつになってもロマンティックで愚か者

    甘い生活 男はいくつになってもロマンティックで愚か者

    さて、色々好きなことをかかせていただいた一週間だった。2010年東京操体フォーラム分科会は4月25日に青山コンフォートで開催される。事前申し込みは4月15日まで(それ以降は参加費用が変わる)。
    皆様のお越しをお待ちしております。

    明日からの担当は、「龍馬」と三浦理事長に呼ばれている島根の福田画伯です。

    それではごきげんよう

    畠山裕美

  • 好きなモノ、好きなこと。

    いよいよ週末。明日は『足趾の操法集中講座』、明後日の朝は『東京操体フォーラム実行委員勉強会』が開催される。私の週末は殆ど操体漬けなのだが、操体漬けが臨界点を越えると、量が質に変わるのは確かかもしれない。しかしこれくらい打ち込めるモノを持っている私はつくづく幸せ者だと思う。

    今、何が欲しい?と言われると真剣に『勉強したいなぁ』と思う。『勉強』はモノではないが、操体は勿論のこと、例えばもう少ししたら師匠の鍼を学ぶために鍼灸をやろうと思っているし、海外で操体を広める為には英語のブラッシュアップもしたい。スペイン語の勉強(挨拶程度でもいいのだ)もしたい。田中宥久子さんの造顔マッサージのワンデーレッスンにも行く予定だ。十数年前にやっていた太極拳を忘れてしまったので、どこかでおさらいしたい(多分、今度は『身体運動の法則』が習慣づいているから、上達が上手いのでは?ともくろんでいる)。筋力アップのためにトレーニングもしたい(笑)。それから、東京操体フォーラムのサイトのリニューアルをしたいし、現在進行中案件をスムースに進めたい。
    この中で結構具体的なのは、造顔マッサージのレッスンと、スペイン語のレッスン、現在フォーラムのサイトのリニューアルだ。これは近日中にやる予定。

    あまり物欲はない(そんなことはない??)と思うのだが、iPadは欲しい。
    その他私が『これは欲しい・・』というものがある。コレクションもしているのだが、デンマークの名産品?トロールビーズである。私はこれに目がないのだ。書くと長くなるのでやめておくが、シルバーとガラス、天然石が中心のアクセサリーである。男女兼用のデザインで、基本のブレスに好みのロックをつけ、好みのビーズを通してストッパーで止める。このビーズは本当に見ているだけで幸せな気分になる。昨年はトロールビーズの神様?に願いが通じたのか、デンマーク大使館で開催された、プレス向けレセプションに出席することができた。何故か3000人の応募者の中の3組に選ばれたのである。ちなみに『トロールビーズをプレゼントされても、既に持っているビーズだと面白くないでしょ』と聞かれたが、そんなことは全くない(笑)

    「お猫様」も私の「好き」を占めている。昔は実家に座敷犬(懐かしい言い方・・)がいたが、現在の私はお猫様至上主義なのである。猫はぐにゃぐにゃしている。呼んでも来ない(来ることもある)。ゴハンを用意するまで執拗にねだってくる。ドアを開けるが絶対閉めない。猫の仕事は「可愛いこと」だと真面目に思う。私の黒猫「ととこ」は今年16歳(推定)になるが結構元気で可愛い。人間で言えば約80歳になるが『化け猫になってもいいから長生きしなさい』と言い聞かせている。
    ちなみに私はmixiで「飼うというより同居人」という、グレート義太夫氏が管理人をしている猫コミュに入っている。そういえば義太夫氏が操体を受けた体験記はこちら。ご縁があって三浦先生をを紹介したのだが、猫好きの義太夫氏は三浦先生のところの大猫シモン(私は『ちもっこ』とか『ちもちも』と呼んでいる)を見て『大きいなぁ〜』と絶句していた。彼は結構重量級で、抱っこするのに『よいしょ』と言わなければ抱っこできない。

    畠山裕美

  • でじたるらいふ あなろぐらいふ。

    昨年から結構はまっているのが「スキャン」なのだ。ゼロックスScanSnapを使っているが、非常に便利だ。何が便利かというと、何でも素早く両面スキャンできるので、書類を無くすことがなくなった。チラシや記念に取っておきたいものなどもまとめてスキャンしてPDFにして保存しておけばいいのだ。雑誌の切り抜きなどもスキャンして紙は処分する。裁断機を使って、雑誌などはまるごと一冊スキャンする。捨てようかどうしようかと迷うものも取り敢えずスキャンしておく。単体で買うとバカ高いAdobeAcrobatがついてくるのも嬉しい。

    FUJITSU ScanSnap S1500 FI-S1500

    FUJITSU ScanSnap S1500 FI-S1500

    操体を学ぶ者にとってのバイブル、『生体の歪みを正す』は現在絶版になっている。一時期中古でもなかなか入手できなかったのだが、最近少し出回っているようである。私は勿論持っているが、この前時間があったので、この本を全部スキャンした(正確に言えば、コピーしたものをスキャンした)。大事な本は『スキャン用』『保存用』と二冊買う場合もある。これが役に立つのだ。PDFにしてOCR(Optical Character Reader:光学式文書読取装置)を使うと、文字の検索ができる。例えば私は前日「たしか『からだの設計にミスはない』に、骨盤と外来の婦人用お手洗いが云々・・』って話があったっけ・・」と思いつき(どの本に書いてあるか位は把握しておく)、キーワードで検索すると、どこに書いてあるかわかるという次第。これは原稿を書くときに非常に重宝する。

    でじたると言えば、近々出ますね『iPad』。アップル好きの私にとっては、docomoで使えるようになってほしいところ。また、これだったらうちの師匠(注:三浦理事長)も使えるかも!という期待つきだ。

    iBUFFALO iPad 液晶保護フィルム 指すべり加工/防汚加工 BSIPD01FT

    iBUFFALO iPad 液晶保護フィルム 指すべり加工/防汚加工 BSIPD01FT

    これは現物ではなく、保護フィルムです。

    ところでアナログといえば、本はいくらネットブックが流行っているといっても紙をめくる手触りは何ものにも代え難い。文房具も大好きなので万年筆やペンもよくチェックする。古典的だがノートにも凝っている。今一番使い勝手がいいなと思うのは、コーネルメソッドノート。

    [rakuten:staytam:10001817:detail]

    デジとアナログの微妙な共存がきもちいい。

    畠山裕美

  • 雪隠考。

    最近、男性でも洋式トイレで座位で「小」をする人が多いと聞いた。周囲に聞いてみたところ『そんなことは絶対しない』『オトコが座ってやるなんて言語道断』という立位派、家で奥さんに言われてやってみたら案外悪くないので座っている派が存在した。座る派の圧倒的多数意見は『掃除が大変だからと奥さんに頼まれた』ということ。また、立位の場合、飛沫の飛び散りを考えたら何だか不潔だなぁと、座ってやっていたらそのまま習慣になったという意見も聞いた。また、男の子がいる友人に聞いてみると、小さい子はやはり失敗するのだそうだ。そういう場合、子供が余所の家に遊びに行ってトイレを借りた場合、余所の家のトイレを汚さないという躾の面もあるらしい。
    男性の場合、立位のほうが簡単?と言えば簡単な気がするが、掃除や衛生面を考えたら何だか座ったほうがいいのかな、という気もしてきた(無責任ですいません・・)。
    橋本先生は本の中でこんなことを書かれている。
    『ついでだから、尾籠(びろう)なことを申上げるが、病院外来で、一番の困りものは婦人御手洗所でしょう。殿方は手放しで御用達もなさるまいが、悲しいかな、御婦人はそうはいかない。よほど、たしなみのよい方でなければ、御腰のむきを調整してからの行動をおとりにならない。その結果が、あの始末というわけである。御婦人だけをくさすわけではない。殿方は、ちょっと便利に出来ているだけのことである。どうも、話は終末に来たようだ。』(からだの設計にミスはない 111ページ)

    私が最初に入った小学校は、千葉市内でも二番目に大きい巨大な小学校で、生徒が入り切らなくなると広い校庭にプレハブ校舎を建てていた。最初に、と書いたのは3年生の時、同じ千葉市内のモダンな新設校に転校したからである。1年生の時は普通の校舎で普通の水洗和式トイレがついていた。ところが2年生になって教室がプレハブ校舎に移ったのである。プレハブ校舎は水洗トイレではない。いわゆるクラシックなトイレだった。
    2歳の頃から団地の水洗トイレで育った私は、やはり怖かった(爆)。小学校1年のころから、本屋で少年誌を立ち読みしていたので、『うしろの百太郎』とか『恐怖新聞』などを読んでいたからである(私が小学校の頃は『トイレの花子さん』はまだいなかった)。
    いわゆる『トイレから手が出てくる』とか、手が出てきて驚いて窓の外を見ると「大入道」がいるとか、クラシカルなトイレはそれだけで小学生の想像力を揺さぶったのである。この話は確か「ちびまる子ちゃん」にも出てきたような気がする。

    うしろの百太郎 (KCデラックス )

    うしろの百太郎 (KCデラックス )

    恐怖新聞 (1) (秋田文庫)

    恐怖新聞 (1) (秋田文庫)

    それはさておき、プレハブ造りのトイレの床はタイルではない。木の床だ。なので向きを誤って小用を足すと木の床に染みができる。前に入った子がそういう鮮やかな「痕跡」を残していると、私は『なんで、ちゃんと便器内に収まるようにやらないんだろう?』と、真面目に考えていた。ちなみに仲良しだったKちゃんに聞いてみたところ、『まっすぐ座るんだけど、はみ出ちゃう』と言っていた。私はそれを聞いて『Kちゃんはしっこが出るところが曲がってついているのか?』と、勝手に真面目に悩んだものだが、あれはKちゃんが腰の向きを微調整?していなかったからに違いない。
    今現在は洋式が殆どなので、腰の向きの調整をせずとも、女子はトイレの床を汚す心配をすることはなくなった。

    しかし今度は男性諸氏が『飛沫を飛ばす』と、言われてしまう時代になったのである。

    私は毎週末午前中、あるいは午後、三茶のターミナルビルで施術なり講習をしている。使う前は必ずトイレ掃除して床も拭く。ターミナルビルは、昭和の香りのする和式の水洗である。掃除していて思うのは『やはり飛沫が飛んでいる・・・』ということだ(笑)。
    あと、女性はトイレでぱんつの上げ下ろしをしても床に『毛』が落ちることはまずない。女子の雪隠内行動は和にせよ洋にせよトイレット・ボウルの上で行われるのである。よってトイレの床に落ちている『毛』は殿方の落とし物である。殿方はどうしても出入りの際に『毛』が落ちるらしい。私はトイレに落ちている『毛』が妙に気になるのである。

    トイレついでにもうひとつ。トイレットペーパーを使った後、三角に折っておく人がいるが、私は「やるな」と言われて育った。どういうことかと言えばトイレットペーパーの末端を折るのは『掃除をしましたよ』のサインなのだそうだ。普通に用足しをしてからペーパーの端を折るのは、どう考えても『手を洗う前に折る』ことになる。つまり、次の人が使うトイレットペーパーを、洗ってない手で折ってるわけで、かえって失礼だというのである。折るのは『掃除をしてから』なのだそうである。これもクライアントをお迎えする店舗などだったら臨機応変ということだ。

    さらにもう一つ。私の友人F(♀)は、当時女性二人とルームシェアしていた。友人のルームメイトによると『Fさんはいつもちゃんと流さない』というのである。そういえば私は『水洗っ子』なので、親に『ちゃんと流れたか確認してからトイレから出なさい』と言われていた。なので結構最後まで見届けてから出るのだが、F曰く、田舎のトイレ(クラシカル)で育ったので見届ける習慣がなかったんだそうである。

    見届けたほうがいいと思う

    何だか訳の分からない話になったが今日はこんなところで。

    おまけ。操体法東京研究会講習の動画。上肢の押し込み、引き込みによって生まれる膝の傾倒の連動。

    畠山裕美

  • 『一人所長』が多いわけ。

    操体の先生方の多くは、完全予約制で一人でやっておられるケースが多い。何故かと言えば『感覚のききわけ(感覚分析)』をするので、普通の治療院のように、ベッドを何床か並べ、カーテンで仕切ってそれぞれの担当者が施術する、とういう業態では施術ができないのである。私が完全予約制をとっているのは、私自身にも『心構え』が必要だからなのと、お待たせしたくないからなのと、お互いの時間を有効に使いたいからでもある。

    基本は静かな部屋で、一対一で行う。または接骨院整骨院だったら別枠で診ているケースが多い。

    一般の治療院のようなところでやるのだったら、どうしても『楽な方に動かして瞬間急速脱力』という第1分析をせざるを得ないのではないだろうか。
    十年近く前になるが、受講生の中にこれからすぐ整体院を開業するから、操体をすぐ教えて欲しいという人がいた。どうするのかと思ったら『自分が私から習った操体を、すぐアルバイトに教えて整体院で使う』という計画だった。流石にそれではお客様に失礼だろうと、そのアルバイトの子達にも基礎の基礎の基礎を一日教えたが、勿論それっきりでブラッシュアップも何もしていない。結局その受講生は整体サロンの仕事が忙しくて講習は最後まで終わらなかったのだが、HPには「整体と操体」と書いてある。アルバイトにも自分が教えた操体をやらせているのだろう。こういう中途半端に覚えたものを自分のところのアルバイトに安易に教え、それをサロンでやらせているというのは如何なものかと思う。結局やっているのは第1分析で、あとは本を見たりして試行錯誤してやっているケースが多いのだ。ここで『何かおかしい』と思って操体の専門家の治療を受けてみるとか、基礎講習を受けてみるとかのアクションを起こせる人はまだいいのだが(そういう方は是非東京操体フォーラムにお越し下さい)、そうでない場合は『操体ってよくわかんない』と、投げ出すケースが多いのである。

    なお、もっとヒミツを話すと、『はじめての相手や慣れない相手に瞬間急速脱力させる』のは、難易度が高いことなのである。難易度が高いというのは、慣れない相手というのは、操者の思った通りには動いてくれないからである。橋本敬三先生の古いフィルムを見ると、橋本先生でさえ、操体が初めての被験者に瞬間脱力させるのに苦労されている様子が写っている。
    なので、中途半端に習ったことを、アルバイトに教えてそれを整体サロンでやらせる、というのは非常にナンセンスだということだ。
    結果は出ないし、お客様には満足していただけないし、アルバイト料は払わなければならない(笑)それだったら、自分がしっかり勉強して自分がやればいいのだ。

    復習になるが、第1から第3分析の特徴をあげる。
    第1分析:対なる動きを比較対照してする分析。楽な動き、痛くない動きの方に動かして、瞬間急速脱力に導く(橋本敬三先生の時代の分析法)
    第2分析:一つ一つの動きに快適感覚をききわける分析。ききわけられたらそのきもちよさを味わう。瞬間脱力には導かない
    第3分析:皮膚に接触することによる分析
    第4分析以降

    第1分析は、操法の選択も、たわめの間も、脱力のタイミングも、操法の回数も操者が決める。上手下手は抜きにして、患者を早くまわす場合に、『操者にとっては』楽だが手、『患者のからだ』にとってはいささか不親切と言える。ここで上手下手と書いたのは、慣れないクライアントに瞬間急速脱力させるのは、経験を積んだ操体指導者でも手こずることがあるからだ。接骨院や治療院で数台のベッドを並べて、何人か同時に「操体をやっている」と言った場合、殆どは第1分析を行っている。というか、第1分析しかできないだろう。また、第1分析では、「楽な方に動いて、動きをたわめて、脱力」という過程が『操法』であるが、第2分析では『快適感覚を味わい、脱力の方法はからだに委ねる』過程が『操法』となる。つまり『動き主体』の動診・操法から『感覚主体』になってくるのである。

    『感覚主体』の第2分析以降になると、やはりある程度「場所」が必要になってくる。クライアント自身にリラックスしていただき、感覚のききわけという世界に入っていただくには、セッティングが重要なのだ。

    しかし、環境がベストでなくとも、「快」が勝る場合もある。先日の話だが、私が土日の午前施術をしている三軒茶屋のターミナルビルの隣は現在マンションの工事中だった。日曜は工事は休みだが、土曜は終日工事をしている。その工事の音が結構うるさい。機械音のみならず、現場監督の声や、作業員の声も相当響く。こんな環境の中、クライアントには本当に申し訳ないと思う。しかし、クライアントはその騒音の中で深い眠りに落ちてしまうのだ。起きた後『ゆっくりお休みだったようですが、工事の音は気になりませんでしたか?』と、聞いてみると、全然気にならないとのことだった。この方が工事の騒音の中で深い眠りについたのは一度や二度ではない。これは、工事の騒音もシャットアウトしてしまうような『快』を味わっているからである。

    おまけ。操体法東京研究会講習から、「膝の傾倒」。よく『膝倒し』と言って、膝を左右に倒す動診を行うが(第1分析)これは比較対照の動診ではなく、「この動きに快適感覚がききわけられますか?」という動診を行っている。快適感覚のききわけを促すには、ゆっくり動きをとらせる他、操者の巧みな介助・補助が必要になってくる。瞬間急速脱力だけが操体だと思ったら大間違いだ。

    畠山裕美

  • まつげのエクステ。

    ここ2年くらい、まつげのエクステに凝っている。最初に鏡を見た時はは自分でも『すごいよこりゃ・・・』と思ったが、慣れとは恐ろしいもので、最近はすっかり慣れている。男性陣にはなかなか分からない世界かもしれないが、女子にとって「まつげ」は重要なポイントなのである。

    そういえば、消費者センターに寄せられるまつげエクステに対する苦情が増えているというニュースをやっていた。多くのトラブルはグルー(まつげを自まつげに貼る特殊なノリ)が目に入ったとか、エクステが目に入ったからとか、グルーの固まりが目に入ったというものだ。これを見て『エクステって危険』と思うのは少し早計だ。これはまつげエクステが一気に流行ったために低技術のサロンが増えたためだと考えるのである。これらのトラブルはいずれも技術が未熟なケースだと思われる。需要が増え、参入が増えるとまず人材の確保が必要になる。まず、企画が先でスタッフを集めるのは二の次だ。技術水準の低いスタッフを雇わざるを得ないし、あるいは素人を雇ってから一日講習に参加させて、すぐサロンに出しているということも考えられる。なので技術的にお粗末なサロンが増えるのも納得がいくのである。実際、まつげエクステというのは、自まつげの生え際から1ミリ位のところから貼るので、まぶたにグルーがつくことはない。グルーは速乾性なので、つけた直後は少ししみるが(私は使い捨てコンタクトをしているので、ほとんどしみない)、それも一過性のものである。

    『流行る』→『参入企業が増える』→『店舗が増える』→『人材不足』→『技術力の低いスタッフを雇わざるを得ない』→『業界全体のレベルと印象の低下』→『衰退』

    という一連の流れをみると、クイックマッサージなどの衰退を連想してしまう。

    昔、カイロプラクティックでも米国留学して学んだ人がいた一方、3日研修して白衣を着れば誰でもすぐセンセイ、というのが流行った。この前後、カイロプラクティックで事故が増えたのはやはり経験の少ない技術者が流行で増えたからだ。

    私がお世話になっているエクステのサロンは、いわゆるワンルームの部屋でオーナーが一人でやっている。一人では、数はこなせないが一人一人にきめ細かいサービスを提供することができる。私がエステやサロンを選ぶ時、オーナーサロンをよく選ぶのはこのためだ。ちなみに、東京操体フォーラムの実行委員面々も「オーナーサロン」「オーナー治療院」「一人研究所長」である。

    まつげで思い出したが、日本女性のメイクのポイントは、長らくファンデーションだった。アイメイクや口紅よりも白粉を塗るとか、肌を塗る時代が長かったのである。このお陰で、「化粧=厚化粧」というイメージが日本の男性に植え込まれたのではないかと思う。

    ここ20年位は圧倒的にパウダリーファンデが多く、夏はマックスファクターの「パンケーキ」のような、汗に強いパウダリーファンデが主流だった気がする。しかし、ここ10年位の間に、ファンデーションは劇的に進化した。現在の主流は、多分男性諸氏も聞いたことがあると思うが、韓国生まれの「BBクリーム」やリキッドファンデなどである。パウダリーファンデも粉っぽさから脱却し、仕上がりがとても自然になった。また、ナチュラルメイクの流行によって、より「素顔っぽい」メイクが主流になってきたのである。

    ところで「ナチュラルメイク」を勘違いしている殿方も多い。顔を洗って眉毛を描いて、リップクリームでも塗るのが「ナチュラル」なわけではない。男性諸氏が『厚化粧が嫌い』というのは、おそらく20年前、あるいは30年前に流行ったようなメイク、つまり顔にべったりファンデーションを塗って、ブルーやグリーンのアイシャドウを縫っていた時代のトラウマ?があるのかもしれない。
    実は「自然なナチュラルメイク」というのはテクニックが必要なのである。素顔っぽいな、と思ったら実はナチュラルメイクが上手かったということもある。

    海外ではファンデをしっかり塗るのではなく、どちらかというと、ポイントメイクに力を入れ、ファンデーション(大抵はリキッド)は、気になるところにつける程度なのだ。実際、私もアメリカの友人数人に聞いてみたが、一番力を入れるのが「マスカラ」(まつげ)なのである。アメリカ女子は「マスカラ命!」が多い。
    日本も最近、肌は極めてナチュラルに、しかしアイメイクはバッチリ!というのがメインになってきた。口紅も最近はリップグロスが主流である。リップグロスは年配の方は「若い人のものでしょ」と敬遠していたが、そうなのだ。化粧=厚化粧という時代ではなく、化粧=ポイントを押さえたメイクになってきたのである。

    あと「素顔が好きだ」という男性諸氏もおられるが、どうもこれは『自分以外の男に化粧した顔を見せるな』(媚びを売るな)の、裏返しのような気がする。一度友人の彼と三人で食事をした際、彼女が『最近、メイクがカラーレス(色をあまり使わない)なんだよね』と言ったところ、彼の方が『色つきメイクなんて絶対許さない』と言ったのには驚いた。まさに『オレ以外の男に化粧した顔を見せるな』だったのだ。

    素顔といってもどの程度を素顔というのか分からないが、眉毛を揃えたり、うっかりすると鼻の下にうっすらヒゲ?が生えてくるのでそれを剃ったり、むだ毛の処理をしたり、日焼け止めを塗るのもメイクではないだろうか。逆に「眉毛も揃えなくていいから、髪の毛に気を遣わなくてもいいから、日焼けしていても構わないし、むだ毛ボーボーでも、日々のお手入れに気を遣わなくていいから、ありのままのキミでいてほしい」というのは逆に怪しい(笑)。

    そういえば、一時田中宥久子さんの「造顔マッサージ」が流行ったが、あれは元々俳優さんからのリクエストだったそうだ。確か橋爪功さんだった気がする。「赤かぶ検事」の撮影前に「造顔マッサージ」を受けていたそうだ。一見、美容とは無関係のような橋爪さんが「造顔マッサージ」というのを聞いて私は感動したのを覚えている。

    今度田中宥久子氏主宰のスクールで、造顔マッサージのレッスンに行こうと真面目に考えている今日この頃であった・・・

    畠山裕美

    男も見た目の時代 「今様」いい男の造り方

    男も見た目の時代 「今様」いい男の造り方

  • 私的やじうま論

    お久しぶりです。東京操体フォーラムの畠山裕美です。今週一週間よろしくお願い致します。

    4月25日(日)2010年春季東京操体フォーラム分科会が開催されます。今までは運営企画を私が進めていたのですが、分科会は若手にそろそろ勉強してもらおうと、今回は「まかせるから相談と報告はしてね」というように運営しています。ちょっとひやひやするところもありますが、電信柱の陰からそっと見守っています(笑)

    まだまだ参加申し込み受付中です。
    今回は鍼灸学校の学生さんも結構いらっしゃるようです。また、鍼灸の学校で「操体法」のクラスがあるところもあるそうですが、いかんせん、そういうところで紹介されているのは「楽な方に動かして瞬間急速脱力」という、古典的第一分析なのです。また、「楽」と「快」の区別をつけておらず、言葉だけは第二分析の「きもちよさ」で、実際は第一分析をやっているという状況が非常に多いのが現状です。
    これはどんな結果を生むかといえば、「きもちよさってよくわかんない」「操体ってよくわかんない」「結果が出ない」という結果です。操体のプロとしてそれは困る。
    今回私は「操体法について」(仮)というテーマで講義しますが、この辺りを話そうかなと思っています。

    操体法とは」という問いに「天然自然の法則である」と言っても、あまりにも枠が広すぎてよくわからないことがあります。操体は森羅万象に通ずるので、「天然自然の法則」とか「命の法則」とも言えるのですが、こういう言葉は間違ってはいないのですが、解釈が難しい場合があります。解釈が難しいというのは親切な言い方で、もっと意地悪な言い方をすれば『曖昧でも、もっともらしく聞こえる』ということです。それを避けるためにも、操体の実際をわかりやすく紹介したいと思っています。


    三軒茶屋ターミナルビル前の桜の木。

    さて本題。語調を「である」に変えましょう。

    橋本先生は単なるヤジウマになれと言ったのではない。「ずるいヤジウマになれ」とか「オレがヤジウマの大親分だな」と言われたそうだ。この「ヤジウマ」というのは結構私達が操体の学びの中でよく聞く言葉でもある。今日はこの「やじうま」という言葉について考えてみたい。たまに『橋本先生がやじうましろと言ったから、色々な事に首をつっこんでみてもいい』という声を聞く。また『効きそうなことだったら何でもやる』というスタンスの方もおられる。それはそれで構わないと思うのだが、「ずるいヤジウマ」には意味があるのではないかと思う。何せ単なる「やじうま」ではなく、「ずるいヤジウマ」なのだ。

    中谷実行委員が3月24日のブログで紹介していたが「万病」に書かれている言葉を再度引用しよう。
    「・・・私の弟子に対しては有名な人のところに行ってぬすんでこいといっています。原理がわかっているからすぐわかる。ハハー、こんなうまいことやっているなという具合にわかります」

    なお、やじうまというのは「自分に関係のないことに、興味本位で騒ぎ立て、見物すること。また、人のしりについて騒ぎ回ること。また、その人々。」という意味だが、橋本先生は決して悪い意味で使っておられるわけではない。中谷実行委員は『つまり、全ては自然法則の中にあるのだから、一つの方法にこだわらずに、いろいろとヤジウマして学んでこいということなのでしょう。』と書いている。ここでそれに少し付け加えてみる。

    橋本先生が、弟子に盗んでこい、と言ったのは『原理がわかっているからわかる。原理が分かっていなければわからない』ということではないか。むやみやたらに首をつっこんで盗もうと思っても原理が分かっていなければ盗めないということだ。なので、原理原則をしっかり学べと言われたのではないか?ずるいヤジウマというのは、原理原則が分かっているのだ。

    そして余り知られていないことかもしれないが、橋本敬三先生が臨床で操体だけをされていたのは、80歳からなのだ。それまで色々なことを試し、その結果やはり「操体に間違いない」と確信され、操体一本に絞られたのである。橋本先生が60年近く医師として過ごされ、その歳月の中で80歳にして操体一本に絞られたというのは、長年のヤジウマの積み重ねの結果である。それを三浦寛先生が受け継ぎ、深めている。今現在私が知っている操体は『楽なほうに動かして瞬間急速脱力』ではない。『快適感覚をききわけ、味わう』という操体なのである。

    私が今やろうとしているのは、操体の軸で、操体の目線でみたやじうまだ。操体の軸で、操体を深めるヤジウマだ。

    あ、結局これが「ずるいヤジウマ」か。

    畠山裕美