新宿に住んでいる住人の60%が一人暮らしの住人だという。それが30代の若者にも蔓延しているのだそうだ。定職もなく、結婚できる、したいという希望もなく、このまま生涯一人ぼっちで生きて行くことを余儀なくされている。自分がない人生を続けて行く・・・。そうした人生しか見えてこない人達が命が尽きるまで耐えられるのか。貯えがないことも、身にしみることだが、心のよりどころがない、家族がない、友人もいない、話せる人がいない、これほど不安な自分はないという。本当にその人達は孤立、孤独を余儀なくされている。極度に人生の孤独を、さびしさを背おい、生きているのだ。ある小老は、故郷で死を迎えたいと言った。しかし現実に帰れるアテは全くないのだ。この小老は、毎日その孤独にたえきれづ、新宿の街をひたすらあてもなく、ただ歩き続けて、孤独と戦っているのだという。そうでもしないと、自分を忘れ、人生を忘れてしまうのだという。生きているのに生きていけない、生きているのに自分が消えていく。心が消えていく。心が痛まないか。同じ人間として、そんな人達より少しでも余力のある人よ。この人達と会話しないか。言葉をかけ、なにか、できることをしてあげられないか。人の生き方にはこれほどの温度差があるのか。報いの報酬にはこれほどまでの落差があるのか。第三者が介入できないほどのものなのか。神の手が、力が及ばぬところのものなのか。いや、人ごとの無神経さ、オレには関係ないことだという。他人事のこころ。自己責任にしても、皆が幸せじゃないと息苦しいのだ。無関心ではいられない。この現実に目をそらすな。目をそらすな。自分がもしそうだったらと、少しは感じて生きること。
投稿者: karib_sotai
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写真撮影
先々週の土曜日の夕方、東京操体フォーラム実行委員のうち有志が集まって写真家のプロ、白井氏に一人一人写真を撮っていたヾいた。公私用に使える、写真である。プロの目で撮る、撮っているのだから、最高のものを撮るツボを心得ているから、さすが、撮られているその対象の緊張をほぐすのもさすがである。たヾ、意識して作られる表情には、どこか硬さや無理がある。どうしたら納得いくような写真を撮ってもらえるのかを考えてみると、顔や、からだの緊張をほぐすことを考えてみればいい。細胞そのものをほぐす手段がある。細胞フェイスをつくる。それが生きた被写体となる。僕がこころがけることは、尊敬している人、一番愛せるものをイメージすること。それをイメージしながら、撮れたものは最高に表情が生きているのだ。表情がゆるむ。又しまる。その無意識がつくり出す。つくり出せる表情とは、このイメージが大切なのだ。このイメージを描くことによって、細胞そのものが最高でステキな表情を生み出すのである。ですから、自分の人生の中で、尊敬する人がいない、一番愛せる存在がない、ということは、いくら美人でもその表情には写し出せるものがないのである。ゆたかなものがないといふことになる。つまり、これという表情が自分に無いってことになる。ですから、自分の美しさ、かわいらしさというのは自分の生き方にかかわってくる。尊敬しうる存在を育ててきたか、ご縁を持たせていただいたか、最も尊敬でき愛せるものが自分であるのが最高である。会ったことがなくても、本をとおして、それらの存在を見いだせることだって可能である。それによって細胞が輝いてくる。生き生きとしてくる。そこにこんなステキな自分が写し出されていたんだと新たな気づきをもつであろう。
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近頃というより
近頃というより、ブログを書きはじめてこの方、小生の順番がまわってくる頃になると、必ず何かと重なり、ワタワタ、バタバタさせられてしまう。例えば今回は分科会の一週間前だったり、それにたにぐち書店の連載の校正が重なったりするのだ。まあ、クリヤーできないことではないけど、気ぜわしくて落ち着かない。せわしいのだ。好きじゃないけど・・・・・。
たにぐちの連載で思い出しだけど、お陰様で『シリーズ操体』は、四月号の連載で100回目となりました。100回の連載を毎月重ねると、8年と4ヶ月かかる訳ですネ。これも継続していくことの重みでしょう。重みだけではなく充実です。息を吹きかけていくことで、命を持つ、といふことです。同志の協力、ありがとうございました。一昨年から同志の協力を得て、連載を続行していました。1回目は山野、そして日下、中谷、秋穂、福田の順でふっていきました。かなり一人一人の原稿の校正には苦労させられましたが、その分、私も勉強させていただきました。かなり私からお灸をすえられ、もうこりごりと思っているのなら大間違い(大間違いだよ)。
いつ、なんどき、そのような依頼が舞い込んでくるかもしれないという可能性を真っ向から否定することができるのか。そうしたことは全くないとイメージすらできないのか?
何故己れの可能性をイメージできないのか。創造できなければ何一つ可能になることはないのだよ。鳥羽湾の日の出
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ふとした思いつきや気づきが大いなる進化を生むことがある。
ふとした思いつきや気づきが大いなる進化を生むことがある。しかし、その進化には思いつきや、気づきに、どれだけ意識をむけてその現象をみつづけ、意識を刻みこんでいくか。その積み上げられていく心、いや魂の問いかけが必要だ。己れ(おのれ)のイノチとして、息をしつづけていける思いなのか気づきなのか・・・・という、自分への問いかけがあるかということなのである。
瞬間湯沸かし器であっても、3日坊主のテイであってもならない。
それは自分にとってたのしい事かも知れないけど、人様(ひとさま)がどれだけ、その気づきを共有して生かすことができるのか。人生のよろこびにかえられるのか、である。人様(ひとさま)とそのよろこびを共有できないことこそ、つまらぬ楽しみはない。
一人よがりのたのしみに終わらぬように、その気づきを、思いを育てていくことです。
そのことに息を吹き込み続けていくことです。おかげ横丁で一服
伊勢神宮門前の猫。
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近頃、自分の影にドキッっとすることがある
近頃、自分の影にドキッっとすることがある。都会の生活のなかで「影」を意識させられることが少ないからだ。「ドキッとさせられる」というのは、誰れの影が写っているのだろうかという、ドッキリ感でもある。そう云えば自分にも影があるんだとその時気づくんだね。姿、影なき亡霊でもあるまいし生活している中で、自分には影があるんだって、すっかり忘れて過ごしていたんだなァ〜ってネ。だからと云って自分の存在を忘れている訳じゃないけど。たとえ影がないからといって今あわてることもない。影がなくても十分存在して、たのしめる余裕がある。意識感覚は存在しているわけだから。
私もずい分、ツラの皮が厚くなったなァ。5年〜10年前の自分、どこがかわっているのか、意識のレベルが変わっている。5年〜10年前に存在していなかった自分が居るってことだな。かなり、そんな自分がいるようだ。だからといって違和感があろうはづはない。過去の自分を引きづっている訳でもない。今ここの自分を生きている。今ここの自分が最高であるように、生かさせて頂きたいと、そうある自分を今生きている。
どうしてですか、どうしてですかといちいち説明を求めてくる者がいる。子供でもあるまいし、どうしてですかと聞く前に、自分で考えるのが大人である。こうした人間は、へりくつばかりを口にする。自分で考える、大人になれ。
人は今、想いの中で生きる。今の想いを語り生きている。それは今の想いの中に未来があるからである。しかし現実は、老いたものは過去を語り、若者は未来を語る。その老いたるものにも、その若きものにも今がない。今を語るコトバがない。今を見つめる心がない。
この歳を迎えて、自制していく生き方の中に、なにかしっくりと納まりがついてくる。味わい深き、快適空間が己れの中にあることに気づくのだ。ワクワク、ドキドキ感の快ではなく、しっとりとなじんでとけ込んでくるような、やすらぎというのか癒されてくるおちつき、である。それが静寂と沈黙の我の空間にあるようだ。足がすわるというか、腹がすわるといふのかな・・・・。自分そのものを、自分の次元を越えた観の世界からみれる、みている、それが四次元、五次元なのかはわからないけど、不可視な次元から自分をみるとかなり自分がわかってくるものだ。
写真:伊勢神宮にて
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同 志
いやぁ。。今週も長かったぁ・・毎度のことながらブログの順番が回ってくる週は妙に長く感じます。最後までお付き合いを願います・・・
今年はNHKの大河ドラマがご存じ“龍馬伝”ということで高知・長崎・京都は軒並み観光客が増加しているようです・・・
私がこの様に?歴史マニアになったきっかけは以前のブログにも書いたように、司馬遼太郎先生の「竜馬がゆく」でした。文庫本で全八巻だったのですが、一気に読み切ってしまったのを覚えています。
読後に感じたのは“竜馬のような生き方がしてみたい”ということでした(現在は高杉晋作の様な生き様に憧れているのですが)。
それからというものは取り憑かれたように司馬遼作品を次々と読みました。「花神」「世に棲む日日」「翔が如く」「坂の上の雲」などなど、スッカリ司馬遼ファンになってしまいました。司馬遼作品はビジネスマンにも非常に好まれており、以前、プレジデント誌で多くの経営者・管理職の方達が好きな司馬遼作品ということで、アンケートに答えていました。
1位 坂の上の雲
2位 竜馬がゆく
3位 翔ぶが如く
4位 この国のかたち
5位 街道をゆくという結果でした。やはり組織者として社会の第一線で活躍されている方達が選んだのは「坂の上の雲」であったり「翔ぶが如く」といった“組織”を題材とした作品であるのは頷ける。「竜馬がゆく」に関してはビジネスマンの仕事に対してのモチベーションを上げるのには最高の作品ではないだろうか。
個人的(幕末好き)には1位「世に棲む日日」で「峠」、「花神」とかも好きですけどねぇ。。。司馬遼作品は人物評には、かなり偏った部分も有りますが、そのぶん魅力もあり、特にビジネスマンにとって、組織とは如何に運営すべきか!組織の中での個人の役割といった部分で特に勉強になる部分があります。
私も今は臨床家として日々活動している訳ですが、18歳で高校を卒業し、この業界に入るまでの約18年間はサラリーマンとして、社会の波に揉まれていました。18年間の殆どを“営業職”という業種で過ごし、中小様々な企業で仕事をさせて戴いたのは今の私の宝だと思っています。
その中で強く感じたのは「強い組織」と「弱い組織」の違いでした。入社当時はどちらも同じ規模の会社であったにもかかわらず、一方は倒産、一方は株式の店頭公開をする企業にまで成長と、勤めた会社で雲泥の差が出てしまいました。
その違いはと言えば、「リーダーの意志」と「厳しさの中での成長」でした。
伸びていく組織の共通点はリーダーをはじめ、組織内に甘えや妥協が一切ないという部分でした。前者の社長は信長の如く妥協ない果断の人で、平社員の時は怖い社長だなぁ位にしか思いませんでしたが、役職がついてきて、管理職になった時にその厳しさを改めて味わうこととなりました。
平均年齢も若い会社で、社長・専務自体も私より一つ上という中で、年下の上司の下で毎日怒鳴られながら、営業したのを覚えています。
「年齢や性別で人を判断するな!」「年上でも部下は呼び捨てで呼べ!」が口癖でもあり、それまで上司だった人を管理する立場になった時でも、ためらっていると「降格したら悔しいとか、何故、自分が部下になったかを理解さす為にも遠慮をするな!ハゲって呼んでやれ!!」と言われていました。
「組織を管理する人間に変な優しさは要らない!!部下を正しい方向に導き、稼がせてやることがお前の役目であって、友達作りが目的ではないんだ!!勘違いするな!!」と甘い顔をするのを見るといつもそう言いながら殴られていました。
ビジネスの基本である「報・連・相」を特に重視する社長で、どんな手柄をあげても報告や連絡がなければ、実績を一切認めず、支店長でも当月の給料半額などは当たり前でした。
人事も朝一番で営業所の所長付けのFAXが全社に送られても、報告がないからと夕方には一般社員に降格というのも当たり前の光景でした・・・
逆に実績を上げた社員に関しては入社歴にかかわらず昇進させ、重要なポストをどんどん与えていき、やり方を見ながら適材適所に配置をして行くやり方でした。女性社員でも月収100万以上の社員が何人もいました。
社長は常に「俺らの目標は日本一だ!絶対!日本一になるぞ!」と管理職や一般職にも顔を合わすと大声で言っていました。
その言葉の元、気が付けば松江市で一番、島根県で一番、中国地方、西日本と徐々にその売り上げを業界の中で着実に伸ばして行きました。
“組織は厳しさの中にこそ磨かれ強くなる”がその会社で学んだ教訓でした。
因みにその会社は株式の店頭公開をして、当時、社長は資産数百億の億万長者になり、島根ではじめて平成12年度の全国長者番付20位内に載る快挙となりました。総従業員数40名の時に入社していた身としては何となく嬉しい感じでした(退社時に持ち株を手放したので恩恵には与れませんでしたが。。)・・・一方で後者のケジメのない組織は社長が目標も明確でなければ、怒ることもなく、ニヤニヤと笑っている姿しか、記憶にありません。銀行回りが社長の仕事のような人で、ひたすら金策、仕事は現場の役職任せという人でした。
現場の管理職も厳しさとはほど遠い、ぬるま湯状態でした。部下が実績を上げようが上げまいが、自分に火の粉がかからなければよいという感じで、ひたすら自分の生活を守る為の業務に勤しんでいる感じでした。ノウハウは教えると自分の業績に関わるからと有耶無耶にされるといった雰囲気で、共通目標などは存在せず、個人目標のみといったいわばバラバラの会社でした。
結果として私が退社して数年でその会社は倒産し、別の会社へと吸収されてしまったようです。東京操体フォーラムは組織としてはいわば自営業者やそれに準ずる方達の集団です。当然雇用関係がある訳ではないので、企業とは違う訳ですが、操体を純粋に追求する人達の一つの組織です。学びとはどんな世界でも決して甘いものではなく、厳しくて当たり前、馴れ合いや妥協は後者の会社のように倒産や解散の憂き目にあうでしょう。
これから操体を学ぼうしている人達は私達にとっては同じ学びの中にある「同志」です。楽しさは厳しさの中にあり、厳しさの中にこそ“成功”があるのだと固く信じています、いよいよ来週に迫った“東京操体フォーラム分科会ですが、そんな新たな”同志”との出会いを心待ちにしたいと思います。
今週、一週間本当にありがとうございました。来週からは私達の素晴らしき師匠である三浦理事長の登場です、お楽しみに!福田勇治
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スポーツ選手考
先週、またもや悲しいニュースが届いた。。読売巨人軍の木村拓也コーチ(37歳)がクモ膜下出血でお亡くなりになりました。
未だ37歳という早すぎる死に、ショックを受けた方もたくさん居ただろうと思います。
皮肉なことに木村コーチがお亡くなりになってから、若い方達からの病院への脳ドックの申し込みが急増したそうです。巨人の一軍コーチということは、一般社会で言えば大手企業の中間管理職的存在であり、
ましてや今年一年目のコーチということであれば、半端じゃないストレスがかかっていたのではないかと思われます。
しかも、あの業界は「勝てば官軍負ければただの野球馬鹿」という世界ですので、リーグ優勝当たり前、
日本一が与えられた目標の巨人というチームでは尚更、プレッシャーのかかり方は半端じゃなかったと思います。
ご冥福をお祈りしたいと思います。。ところで、日本にプロスポーツ選手と呼ばれる人達がどれ位居ると思いますか?
自称ではなく一応、公的に認められている?であろうと思われる、財団法人日本プロスポーツ協会なるものに登録されている団体からその人数を考えてみると。- 財団法人日本相撲協会(700名強)
- 社団法人日本野球機構(約750名)
- 社団法人日本プロゴルフ協会(毎年上位50名がトーナメントプレイヤーとして合格)
- 社団法人日本女子プロゴルフ協会(毎年上位20名がトーナメントプレイヤーとして合格)
- 社団法人日本プロサッカーリーグ(約1,000名弱)
- 日本プロボクシング協会(約3,000名前後)
- 社団法人日本プロボウリング協会(男女計約1,000名)
- 有限責任中間法人日本ダンス議会(会員数約3,500名)
- 株式会社日本レースプロモーション(不明)
- 新日本キックボクシング協会(不明)
- 日本中央競馬会(約170名前後)
- 地方競馬全国協会
- 財団法人JKA(競輪)(約3,700名)
- 財団法人JKA(オートレース)(約1,000名)
- 財団法人日本モーターボート競走会(約1,500名位)
多すぎてあくまでもこれはざっくりとした数字でしかないので、詳細はお調べ下さい。
ざっと財団に加入しているだけでも、17,000人弱の方々がプロスポーツ選手としてスポーツを職業として選択している計算となります。
実際はこれに非財団系や自称プロという人々も入れていけば、もっと多い数字にはなるのでしょうが・・・その中でも一般的に知られているプロ野球選手で考えると、12球団の中でも年俸総金額が多い、
ご存じ読売ジャイアンツを例にすると平成21年末での支配下登録選手数が73名、球団年俸総額 約49億円、
最高年俸 イ・スンヨプ選手6億円、最低年俸240万円、平均年俸 約7千万円、平均年齢26.5歳です。
このうち年俸1億円を越えている選手は投手7名、捕手1名、内野手2名、外野手3名です。
ですから夢の1億円プレイヤーは巨人で13名だということです。平均年俸だけ見ると高給取りのように見えますが、あくまでも平均ですので、最低年俸である240万円の選手でも
6億円の選手と割れば、金額は上がりますから、実際、高給取りの選手はどのプロスポーツでも一握りでしかありません。華やかな部分だけが取りざたされるプロスポーツ界ですが、実際は一年ごとに訪れる契約更改に怯える日々であったり、
どんなに素晴らしい選手でも怪我をしてしまえばお払い箱になってしまう明日の見えない道を歩いています。スポーツ選手はプロアマ問わず、真剣に日々競技に取り組んでいます。個人的にはもう少し、
オリンピックを含めたアマチュア・スポーツ界に手を差し伸べても良いのではと思います。
野球やサッカーなどメジャーな競技であればプロまでの道筋がありますし、最近はプロへの門戸を広げるようにとの配慮
(当然それだけではないですが)で野球であれば“育成選手制度”などというものも出来てきて、最低年俸の240万円から
巨人の山口選手の様に1億円プレイヤーになるような選手もいますし。。。
今では各地に独立リーグなども誕生し、地方からプロ野球へという門戸も広がってきています。
Jリーグに関しても地方密着型リーグ等の誕生によりアマチュアからプロへの門戸がより身近に感じられるようになってきました。それに比べいわゆるマイナー・スポーツであるが故に大変な競技も山ほどあり、オリンピックの代表選手であるにもかかわらず
練習よりも、食べる為に仕事を優先にしなければならない選手の方が多数を占めています。
一方で現在の不景気な状況下にあっても、先日の冬期オリンピックスピードスケート代表の加藤条治、長島圭一郎選手の
所属企業である長野県諏訪市の日本電産サンキョー株式会社の様に金メダルなら2,000万円、銀1,000万円、銅600万円といった
破格の報奨金を支払う企業もある訳で、JOC等からの報奨金も合わせると臨時ボーナスとしてはモチベーションも上がると思います。スポーツ選手、歌手、俳優・女優などなどあげるとキリがないですが、人には“持って生まれたもの”があります。
2m近い長身を持つスポーツ選手は神から選ばれた領域にいる人だと思いますし、こればかりは努力をしてなれるものでもありません。
遺伝も含め人の意志を離れたところにいる人達です。これを生かすも殺すも本人次第ですので、
素晴らしい出会いを祈るだけですが、プロアマ問わずオリンピック出場が可能な人材はまさに“人財”であり、
可能な限りの援助等をするべきだと思います。
国やマスコミをあげて散々持ち上げ、煽っておいて、オリンピック等が終われば潮が引くようにほったらかしといった
余りの扱いに、憤りを感じずにはいられません。競技のバックボーンすら理解せず、服装が常識違いと一方的に人格までを叩いてみたり・・・
中には「オリンピックに出るような人達だけを特別扱いするのはおかしい!」などと声高に言う人達もいますが、
その一人の存在に数千万人の人達が歓喜し、勇気をもらうなんて、誰でも出来ないことであり、
まさしく選ばれた人だからこそ出来ることであり、それに対し援助補助することは得はあっても損は無いと思います。国の施策としても訳の判らない○○公団とかに貴重な税金を年間数十億円も突っ込む位なら、
この様な一国の代表として国を背負って戦う戦士達にこそ税金を投入してもらいたいと節に願います。
民○党の「何で二番じゃ駄目なんですか!?」などとKYな発言をするとんちんかん事業仕分けをする位なら、
「何で一番を目指さないんですか!」と言って数十億円の補助金を強化費に拠出する方がよっぽど支持率上がりますぜ・・・
何だかどんどん毒吐き状況になって来ましたので、これ以上突っ込みませんが。。一流大学を卒業し、大手企業に就職した人だけが笑える社会ではなく、勉強は出来ないがスポーツでは誰にも負けない!
オリンピックに出て金メダルを取って一生の補償を手に入れてやる!!みたいな話しがあった方が、
夢があると思いますよ!「金を惜しむな!人財を惜しめ!」だう!福田勇治
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江戸しぐさに学ぶ
どうだろう、最近日本人が少しずつ壊れはじめているように感じて仕方が無い。
- 「小便かかった」で会社員に重傷負わせ五千円強奪、容疑の二人組逮捕
- 女子中学生に因縁付け土下座強要・・・28歳男「お姫様抱っこさせろ!」
- 「自転車に乗ったまま挨拶」と集団暴行 容疑で少年四人逮捕
- 「何見てるんや!」言いがかり 駐車場で現金26万円奪われる
- 「乳首が傷ついた!」出会い系で知り合った男性を恐喝 30歳女を逮捕
ってタイトルだけ見ると、吹き出しそうなものばかりですが、全てここ最近に起きた事件の見出しです・・・
男女問わず呆れかえる内容なのですが、これが日本の現状かと思うと何だか寂しい限りです。
これら一連の記事の共通項は「不寛容」と「稚拙さ」だと思います。昨今、世の中全体がピリピリしたような妙な緊張感があり、特に私の様な田舎者が都内を歩いていると尚更、強く感じます。
電車に乗っても、以前より遅延が多くなっており、理由を聞くと人身事故によるものが圧倒的に多いと・・・自殺数もここ数年増え続けている。景気が悪く先が見えない現状の中で、過敏に自分の身を守るという防衛反応が働いているというのも
このピリピリ感の原因の一つかもしれません。
信じられるものは自分しかない!自分以外は全て敵である!この様な感覚が無意識のうちに誰をも寄せ付けない
不寛容な要素を作っているのではと思います。セーフティー・ゾーンの範囲がどんどん狭まってきていて、半径2m以内は他人を近づけない的
オーラを醸し出している人もたくさん居て、危なくてショーがないです。。
人混みの中で肩が触れても、何も言わないで歩いて行く人や、ごめんなさいってこちらが言っても
知らぬ存ぜぬで不機嫌そうに歩いて行く人など、反応は大概が無関心です。
たまにお互いが同じタイミングでスイマセンって言おうものなら、何だかそれだけで暖かい気分になり、笑顔が思わず出たりします。先日、NHKだったかテレビ局は忘れましたが、「江戸しぐさ」なるものを広めているNPO法人 江戸しぐさの越川禮子氏(多分)が出演され、江戸しぐさとは何たるかを実演を交え、説明されていました。
そもそも「江戸しぐさ」なるものは、江戸商人のリーダー達が築き上げたリーダー行動哲学とでも言うべき行動規範で、良く考えられた「人間関係円滑コミュニケーション法」です。
- 作者: 越川禮子,林田明大
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その中に先程のスイマセンにピッタリのしぐさがあったので紹介を・・・
「肩引き」というしぐさだそうですが、これは当時の江戸の路地裏は細くて縦横に路地がたくさんあり、
当時左側通行であった江戸では、狭い道ですれ違う際に、お互いタイミング良く右肩を引いて、
ぶつからない様に歩いたのだそうです。更に狭い道になると「カニ歩き」と言ったお互いが完全に顔を見合わす形ですれ違ったそうです。
何だか粋ですねぇえ。。すれ違う際には多分、お互いニッコリ笑ったりもしたのでしょうねぇ・・・
更にもう一つ、人混みで良くある光景ですが、特に女性の方のようにハイヒールなどの高い靴を履いている際に
ウッカリ他人の足を踏んづけてしまうということがあると思うのですが。
ここで登場するのが「うかつあやまり」と言うのだそうですが、人混みで足を踏まれた際に、江戸では踏まれても先に謝れと言ったそうです。けんか腰になってトラブルを起こしたくないという意味があり、それプラス「自分がうかうかしていたから、足を踏まれた」
という危機管理が出来ていなかった自分に対しての自戒の意味もあったそうです。
外国では「私の足が大きくてごめんなさい」という台詞もあるのだそうです。むむむ。。。どうですかぁ・・何だか聞いているだけでホンワカしてくるような気分になりますが、実践は結構難しいと思われますが、
ギスギス・ツンケンとして生きるよりは、よっぽど心豊かに生きられるような気もします。
ちょんまげをして明日から生活は出来ませんが、先人の知恵とでもいうべき“日本人らしさ”を取り戻し、
ほんの少しだけクスリと笑える毎日を送ろうではありませんか。。福田勇治
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ずっと好きだったんだぜぇ
多分、誰しも人生の中で一度は、ミョーに耳について離れないフレーズだとか歌だとかがあったと思います。
私も古くは小学校時代の担任が算数の時間に直角三角形って言うフレーズが何故だか必ず、
「直角〜↗」って発声する部分でいつも声が裏返る先生や、高校時代の原動機教科(工業高校だったもので)の先生の
ディーゼルエンジンと言うべき発音が昔ながらの、ジーゼルエンジンとしつこく言っていた某先生など今思い出しても笑ってしまう。
そんな中でも特に耳につくのはやはり歌ではないだろうか、フレーズが気になって気になってしょうがない!とか、
歌う気もないのに気が付くと取り憑かれたように口ずさんでいたりなど・・・歌はMagicである。特にCMソングはその影響が大で、昨年のヒット曲の殆どがいわゆるタイアップと曲が大半を占めており、
サビだけをしつこく聞かされていると悲しいかな覚えてしまったりと、まんまと企業戦略に乗っかってしまっている自分がいる訳です。特に家内はCMソングにツボがあるようで、家内の口ずさむCMソングにイラッとしたり突っ込んだりと、
過去にも数々のやり取りがありました。そのバトルの最初は原田知世がヘンテコな渦巻き状のワンピースを着て、20年位前にエアコンのCMで歌っていた
「回る回るよスクロール♪とっても速くて力がつよぃい♪弱いエアコンはいりませぇん〜」と言う間抜けな歌?でした。
特に最後のフレーズが音程が微妙にフラッとするので余計にイラッとするのですが、今でも音程に関しては家内と意見が合わず、
未だに二人で「弱いエアコンはいりませぇえ〜んん♪」などと音程比べをしたりしています・・・その家内の第二弾は中尾ミエが紅茶のTESS(テス)と言う商品のCMソングを数十年前に歌っていて、それが
「あなたも私も紅茶っちゃぁ♪紅茶っちゃぁのTESSなのよぉ♪」ってこれ又、微妙な音程ソングとして夫婦の間ではブームでした・・・余談ですがこの曲は以前、今は知りませんが、オリックスバファローズの応援歌にあったようです・・・
共通は数日間はぼーっとしている時にふと口ずさんでしまっていると言うことです。そんな私が最近、よく口ずさんでいるのが斉藤和義の「ずっと好きだった」という曲です。
今、割にガンガンCMで流れているので耳にされた方もいるのではと思います。
「ずっと好きだったったんだぜぇ♪」ってフレーズの曲です。
斉藤和義自体も結構好きだというのもあるんですが、寧ろ出演者にインパクトがあるというのも今回ツボに入った原因であろうと思います。
このCMは資生堂の「IN&ON」って化粧品のCMなのですが、出演者はほぼ我々がお世話になった世代?と言いますか、
細目で見ると未だいけるかな?などと一人つぶやいてはおりますが・・・薬丸(石川)秀美(43歳)、伊藤つかさ(43歳)、荻野目洋子(41歳)、河合その子(44歳)の四人が出演しており、
おニャンコやら少女人形やらダンシング&ジタバタ薬丸など、懐かしさ満点の顔触れです。
自分の若かりし頃をフィードバックして妙に懐かしいなぁと思いつつも、時は残酷なりと思ってしまいました。
この感覚って数年前にも味わったなぁと思ったら、42歳の本厄の同窓会の時でした。
しょっちゅう会っている同窓生もいれば、数十年振りに会った同窓生もいて、驚きと感激で怒濤の数時間でした。一番ビックリしたのは外見上の変化でした。これは男女共に感じました。
キレイに頭が禿げ上がって親父さん来てるんだと真剣に思った同級生や、○○ちゃん所のお母さん、
変わんないなぁと思ったら本人だったとか・・・
中には逆にあんなキレイな子居たっけ?って思っていたら、全然クラスで目立たない存在の子だったのに、
べっぴんさんに成っていたりと、まぁ楽しませてもらいました。
中には同窓会の度に名前が変わっている強者も居て、新しい名前を覚えるのが面倒で旧姓で呼んでいる子など、
顔は明らかにおっさん・おばさんなのに、気持ちだけは中学校時代に戻って大笑いをした記憶があります。安心したのはその当時好きだった子は変わらずにべっぴんさんだったことでしょうか・・・
久々にきゅん!ってなりました。。(=^_^;=) デヘデヘ但し、年の取り方と言いますか、昨今の風潮には結構戴けないなぁと思うことも多々あり、
某テレビ局の魔女の何ちゃらって番組があるのですが、戸籍年齢がそこそこ行っている方達が、
私こんなに若いのよぉ!みたいな感じで、20代位の女の子が着るような服を着て無理矢理若見せしている光景は、イタイというか
ちょっと戴けないと思って見ています・・というよりすぐチャンネル変えるんですけど。。勘違いしているのは、若く見えるからその女性が素敵と思う男性は居ないってことですね。
50歳の方が20代の服着ていたら頭大丈夫?って思いますし、逆に20代前半の子がブランド物のバッグを持っているのも、
似合いませんしねぇ。。
40代には40代の方にしか出せない魅力がありますし、50代・60代の方でも私らから見ても格好良いなぁとか、
素敵だなぁと思う女性はたくさんいらっしゃいます。
魅力ある女性・男性とは自分が何者かを知った上で、自身の良さを充分に出し、コーディネート出来る人のことを言うのではないかと思います。一つの道をきわめた人から出る独特のオーラは凄味を感じますし、存在そのものがブランドになるのだなぁと、
先日、実行委員である京都の小松氏の知人の方で、韓流スター御用達プロカメラマンの方に著者近影用写真の撮影会をお願いしました。
三浦理事長、畠山先生、小松氏、辻氏、山本氏に私と参加したのですが、その時のカメラマンの方が言われたのが、
「さすが、三浦先生は違いますねぇ。。」「最初の一枚目でもう、終わってるんですよ」と
「一枚で止めちゃうと何なので、後も撮りましたけど、本当に最初の一枚目で決まってました。。」
要は最初に一枚撮った時の姿に全てが集約されていて、有無を言わせぬ凄味が其処にあったということのようです・・・むむむ。。さすがです・・私、何枚撮ったか覚えてないです・・・
福田勇治












