「信ずるとは、負けて、参って、任せて、待つことである」
藤田一照 老師
(野口三千三先生より)
2024年秋季東京操体フォーラムは11月23日(土)勤労感謝の日、、ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。
「信ずるとは、負けて、参って、任せて、待つことである」
藤田一照 老師
(野口三千三先生より)
2024年秋季東京操体フォーラムは11月23日(土)勤労感謝の日、、ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。
「思いは、アタマの分泌物」
内山興正 老師
2024年秋季東京操体フォーラムは11月23日(土)勤労感謝の日、、ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。
「坐禅が坐禅する」
澤木興道 老師
2024年秋季東京操体フォーラムは11月23日(土)勤労感謝の日、、ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。
※テーマは引き続きフリーです
只管打坐
2024年秋季東京操体フォーラムは11月23日(土)勤労感謝の日、、ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。
本日で最終日になります。
一週間、今までと少し視点を変えて感じたことを書いてきました。
現在素直に思うことは病気や怪我もしてみて初めてわかることが多いということです。
それは健康な状態ではわからないからだからのメッセージがあるということで、それを理解するには自分の主張を貫いてばかりではいけないと痛烈に感じています。
そして病になって何より大事だと感じたのが健康でいるためには日々の中でからだと対等な関係性をいかに構築していくかということ。
からだにじぶんの要求を呑んでもらったら、必ずからだの要求も聞き、そして返していく。
そういう関係を築いていければ、きっとからだは間に合うようにしてくれるように思います。
わたしは今までからだに対して「借り」作ってばかりだったので、これを少しずつ返していきます。
その借りが無くなり、対等な関係になれた時にじぶんの要求も聞いてもらおうと思っています。
一週間お付き合い頂きありがとうございました。
明日からは半蔵さんが担当致します。
お愉しみに。
2024年秋季東京操体フォーラムは11月23日(土)勤労感謝の日、、ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。
体調を崩してからの約一ヶ月の間、からだに対してどのように向き合ってきたのかをずっと考えていました。
ここ数年の間、じぶんの都合をからだに押し付けてきたようにも思いますし、なによりじぶんの負うべき責任の多くをからだ任せにしてきたツケが回ってきたようにも感じています。
医師に病名を言い渡された時に真っ先に思い浮かんだことは「やっぱりな」というきもちであったのも、じぶんがからだに対してずっと負い目を感じていたからだと思います。
からだに対して負い目のきもちや後ろめたさがあると、からだは皮膚や呼吸に何らかのメッセージを送ってくる。
そして時間の経過と共にからだのうごきにも何かしらの障害が起こり、重心の偏差に繋がってくる。
そういったプロセスの中でからだは様々な変化をメッセージとして私達に伝えていますが、大抵痛みや苦痛に捉われ、裏のメッセージに気付けないように思います。
その点においてわたしは痛みと向き合いながらも、それに捉われ過ぎずにからだからの本当のメッセージに気付けたことが本当にありがたいことだと感じました。
お陰様で最近は体調もだいぶ良くなり、少しずつですが以前の生活に戻せてきています。
操体の臨床家として、または操体を学ぶ者として、今回自身の身に起こったことは反省しなければなりません。
しかし、それと同時に患者のきもちやからだのきもちというのも今までと違う角度で見ることが出来るようになりました。
この経験を今後の臨床に生かしていこうと思っています。
2024年秋季東京操体フォーラムは11月23日(土)勤労感謝の日、、ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。
昨日の続きになりますが、からだと良いお付き合いをしていくためには「ながれ」を学習していく必要があるように思っています。
それはからだの動きの道筋(レール)みたいなもので、上手く乗ることが出来れば重さがあった「うごき」は軽くなります。
これは動きと皮膚と呼吸、この3つで学習すること出来る。
この3つを生かし、「ながれ」をからだの記憶として残していければ、どんなからだの状態でも健康維持増進への窓口を切り開いていけるように思うのです。
施術者も患者もどんな状況に陥っても決して「あきらめない」こと。
からだに備わっているもの、またじぶんを生かしてくれているもの、その可能性は無限にあります。
操体の臨床は生命の可能性をあきらめることなく、追及していく学問だと最近つくづく感じました。
2024年秋季東京操体フォーラムは11月23日(土)勤労感謝の日、、ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。
本日は操体の臨床の事について少し書いていきたいと思います。
最近、体調を崩してから週に1回のペースで三浦先生の治療を受けさせて頂いています。
主に皮膚に触れる渦状波が中心の臨床ですが、体調が良くない状態で改めてうけてみるとおもしろい気付きが幾つかありました。
1つはからだの左側に反応が多く、時間の経過と共に右の意識が薄れていったこと。
もう1つは臨床後のことになりますがじぶんを取り巻く空間や周囲の環境の変化に意識が向けられるようになったこと。
最後は日常の動作の怖さが時間の経過と共に薄れていき、それまで痛みによって出来なかった重心の適正に適った動きが出来たことです。
今まで皮膚に問いかけた操体の臨床というのは、日常の中ではききわけられないからだの内部感覚(からだの声)を聞くことが出来るというのが大きな特徴でした。
そのからだの声を基にからだと向き合い、じぶんの意識と感覚、生き方のベースを「きもちのよさ」にしていくことで少しづつ健康維持増進に繋げていくことを目的にしていました。
それは人によって多少の違いはあるかもしれませんが、やはり日常の中での主体となるのは「じぶん」であったように思います。
それが現在はその特性を生かしながらも、正当にからだを使うために必要な情報を皮膚に学習させていくような問いかけになってきているように感じました。
その情報とはからだの動きに乗っ取った「ながれ」であり、それは日常に戻っても皮膚の記憶としていつまでも残るものです。
その皮膚の記憶を頼りに生活していければ、きっとからだと良いお付き合いが出来るのではないかと思います。
2024年秋季東京操体フォーラムは11月23日(土)勤労感謝の日、、ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。
昨日の続きになりますが、治るプロセスにおいて私達はいったいどういったことをからだから学ぶ必要があるのでしょうか?
これはわたしが最近感じたことになりますが
①じぶんの生き方と生活の間違いを見直し、ありのままを素直に受け入れること
②現在のじぶんとからだとの関係性を知ること
③からだの良き理解者になること
④痛みや苦痛と戦わないこと
⑤本当にありがたいものとは何なのかを身をもって知ること
⑥からだの可能性を信じること、そして自己否定をしないこと
こういったことをこの短い期間に学ぶことが出来ました。
この中でも「からだの良き理解者になる」ことが特に大事なことだと最近は思っています。
また病気や怪我をした時にそれと戦うのではなく、良いお付き合いをしていくという意識が何よりもからだが悦ぶ良薬のように感じています。
2024年秋季東京操体フォーラムは11月23日(土)勤労感謝の日、、ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。
2024年秋季東京操体フォーラム | Tokyo Sotai Forum
体調を崩してから一番辛かったことは痛みよりもからだの感覚がわからなくなっていったことでした。
ここ数年の間で風邪や熱、コロナにもかかったことがありましたが、からだの感覚がわからなくなることはありませんでした。
いついかなる時もからだに寄り添い、そのメッセージを頼りに自身の生活と向き合ってきましたが、その指標となるものが失われつつありました。
その理由を自分なりに分析してみたのですが、四肢末端の動きが極度に制限されていたことで全身を使っての動きが表現出来なかったことが大きいです。
それに伴い、目には見えないからだの部位(特に背中)に意識が向けられなくなったことがじぶんとからだの関係性を断ってしまっているような感じです。
これらの部位の感覚はからだからのメッセージを受け取っていくことにおいては非常に重要な部位であり、その感覚が麻痺してしまうと命の営みも自分勝手なものになってしまうように思います。
治るプロセスにおいて痛い箇所だけでなく、目には見えないからだの部位に意識を向けその変化を日々確認していくことも治療には必要なことなのではないでしょうか?
明日はこのことについてもうすこし書いていきます。
2024年秋季東京操体フォーラムは11月23日(土)勤労感謝の日、、ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。
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