投稿者: karib_sotai

  • 「私の操体史 ~子供の頃から出会っていた操体~」

    三浦先生、一週間ありがとうございました。

     

    今週から一週間三浦寛幸が担当致します。

     

    よろしくお願い致します。

     

    テーマは引き続き「私の操体歴」になりますが、私と操体との出会いは他の実行委員の方達とは少し異なっているように思います。

     

    師でもあり私の父でもある三浦先生の下で10年以上の間、操体を学ばせて頂いていますが、振り返ると子供の時から両親から受けてきた教育が操体の学びに繋がるものだったように感じています.

     

    例えば「肘をついて食べない」「ゲップをするまで食べない」といった普通の家庭でも躾として当たり前のようにされていること以外にも「踵を付けて歩かない」といったことまで子供の頃から言われてきました。

     

    それが一体何を意味し、どういったことに繋がっているのかを知らないまま言われたことを実践してきましたが、現在となれば父から受けてきた教育は私自身の人生をより豊かなものにするものだったと思っています。

     

    そんな父に対し、心のどこかに憧れを抱き、いつか父と肩を並べられる大人になりたいという思いで学生、社会人時代をやりたいことをしてこれたのも「自分のやりたいことをしなさい」という父の言葉があったからでした。

     

    そんな私が操体の門を叩いたのも偶然ではなく必然的なことだったように思います。

  • 七日目

    「楽と快はちがう」どう違うのか、そして動診と操法にどう快の問いかけを生かしていくのか、そして「感覚を重視しろ」と話されたこと、これは運動分析から感覚分析への転換を求めているのであった。そのことを書き示したのが、この処女作である。

     

    しかし、未だ多くの者は先生のこのメッセージに対応できずに混迷しているのである。

     

    感覚分析とは右脳的な捉え方である。

    思考的(左脳的)なとらえかたではなかなか理解できない。そもそも理解するものではなく感覚するものであり、からだにききわけてわかることである。

     

    年月をかけ学んでいくうちに、その都度、その都度、新たな課題をつきつけられる。それが操体の学びの深さなのである。

    妥協していられないんだね。

     

    操体を学びつづけて思うことは、操体とは人間(個人、人類)にとって、いつの時代も必要不可欠な智の財産だなと思う。

    智の財産に含まれるものは、何百年、何千年も前の先人達が残していた書物に触れても、ありがたく尊いことである。

     

    どうありがたく尊いのかは、一人一人の人生の中で、つかんでいくことですネ。

     

    つかんだものには、確かな意味がある。

     

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    一週間ありがとうございました。明日からは三浦寛幸が担当します。

     

  • 六日目

    それだけ予約が入っていたということは診立ても、臨床の腕も上がっていたのであろう。

    しかし、自分の時間は極端にそがれていた。

    まさに酸素不足のコイだ。

    では脳ミソが腐らぬ手段はと考える。そうか、自分が学んだことを本にすればいい。

     

    操体に関する作品を本にまとめていくこと、それが39歳で柏樹社の社主中山信作社長から「君が考えている操体法を本にしないか、橋本先生の承諾は得ている」という誘いであった。

     

    それが第二分析の問いかけをテーマにした「操体法治療室」であり、私の処女作である。当時先生が85歳、第一線から手を引いた年、先生は操体法の新たな認識(テーマ)をメッセージとして話されたのである。

     

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  • 五日目

    私は当初、臨床の世界で生きていくとばかりに思っていた。

    しかし、橋本先生の哲学を学んでいくうちに、何かそれは違うなと思いはじめる。私が30代の半ば、仙台の先生から電話がかかってきた。

     

    佐助*、患者ばかり診ていると「脳ミソが腐ってしまうぞ」と灸を据えられる。ハイ、わかりましたと答えてみたものの、脳ミソが腐るとは、どういうことなのか、わかっていない。

     

    東京で開業しろ、と言われた。やっとつかんだ臨床の充実感であったが、そう言われてしまえば、日々疲れきって自宅には食事をとり、風呂に入って眠るだけの毎日が何年もつづいていたから、脳ミソが腐っても当然だなと。
    先生の言われたことは正解だった。

     

    当時の予約帳をみれば、連日、何ヶ月も先の予約つづきであった。このまま続けていれば、脳ミソが腐って若死にするんだなと思った。一人で患者を診るには限度を超えていた。

     

    *佐助 橋本敬三先生が私につけたあだ名

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  • 四日目

    今、そして、操体史が大きな変動期を迎えている。

     

    それを仕掛けた張本人は、私である。

     

    どんなにすばらしいことであっても、時代の流れとともに、弊害がうまれてくるもので、師の後につづいて学ぶものは、必ず「見直し」が必要である。

    私は再度、弊害を取り除くように学んできた一人である。

    埋めていかねばならぬところを埋め、足らぬところを新たに掘りおこす。変化、変化の連続史である。

    そうしてまた新たな鉱脈を見つけ、それを原稿におとしつづけている。

    操体の原石は、これだと確信し、磨きつづけている。手応えは十分にある。

    新たな操体史が誕生する。それをずっとみつめてきた人の心のなかに、確かな真理がある。

    真理とは、遠くかなたに存在しているものではない。

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  • 三日目

    今、学びの中で思うことは、当時の私は、次々に変化し生まれかわっていく操体法の連続史のど真ん中いたということである。

    ハイ、わかりました。と言ったものの、雲をつかむようで、何のことかわかるはずがなかったのである。

    そのヒビキのある先生の言葉が教訓として、今の自分を支える力となっている。

     

    今もどういう意味なのかと、考えている。それは生涯通じ、考え、学んでいくことなのだと思う。

    今まで知らなかった言語の歴史が、私の驚きの操体史でもあった。

     

    そして今、私のところで学んでいる弟子達に、50数年前に受け取った、師の言葉を同じように伝えているのだ。これも、受け継がれていく伝承の文化である。

     

    当時、師のそばにいた者しか、知り得ない言葉が今も生きている。

     

    私がこの言語史を、かみくだきながら、観じたこと、学んだことを、これからの人たちに伝えているのだ。

     

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  • 二日目

    入門し3年、4年と月日が流れる。

     

    先生の診療が終わり、先生と火鉢を囲み、お茶を頂く。

     

    「こんな難しいことに首を突っ込んでよく学んだな。しかし一生愉しめるぞ」

     

    と言われる。

     

    患者には「簡単な」ことと言い、私達には「こんな難しいこと」という。

     

    学問にしていくということの違いなのだろう。

     

    しかし、私は根っから難しいことは嫌いである。

    この橋本敬三の世界はただならぬ空間の世界である。

    難しい。そう思考する私自身が輪をかけて難しくしているのだ。

     

    しかし、先生のそばにいられることは、私にとって最高に自由で解放されていることであり、自分が愉しんでいる世界であった。

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  • 私の操体史(初日)

    今日から三浦寛の担当です。よろしくお願いいたします。

     

    「私の操体史」が今回のブログのテーマになっている。

     

    私の操体史は、橋本敬三先生の操体史に重なるもので、その史観は私の生命観で有り、人生観である。

     

    私が先生の内弟子に迎え入れていただいたのは、18歳の時である。

    入門当初、驚いたのは、橋本先生の世界だった。

    私が知らぬ言語が飛びかう世界に飛び込んでしまった。

    俗の、ちまたの世界とは、まるで違っていた。

    なぜ、先生から、私がほとんど知らない言語が飛び出してくるのか、いったい、私の師匠は何者なんだろうという思いであった。

    入門当初、先生がやっておられることの名称は、と尋ねたところ

     

    「名称など、どうでもいい」と一喝され、

     

    「真理が真理の力で立てるように学びなさい」と言われ「自然法則の応用貢献を成せ」

     

    とも言われた。

     

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  • 私の操体史(最終日)

    私がこれに気がついたのは、自分自身が「いわゆるスポーツ」が嫌いだったというのもあります。(ボールを使った集団競技が苦手です笑)。
    からだを動かすのは嫌いではないのですが、ヨガとか太極拳とか、「自分で練る」のが好きなのです。
     
    また、これも何かあるのかもしれませんが、私は勝ち負けに興味があまりありません。
    なので、ゲームなどをやってもどこか醒めているところがあります。
    つまんない、と言われることもあります(笑)。
     
     

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    松島円通院の庭園
     
    この辺り、私が曹洞宗(道元禅師@私は曹洞宗で在家得度しています)が好きな理由のひとつかな、とも思うんですが、同じ禅でも臨済宗は、悟るために坐禅します。しかし、曹洞宗は「ただ座る」のです。悟りを開くために坐るのではなく、坐るために坐るのです。
     
    「健康を勝ち取る」というのも、実はあまりピンときません。死んだら負けなのか?病気になったら負けなのか。それなら人間はいつか死ぬんだから、最後は負けるってのは変だよね。。。
     
    私はちょっと回り道をして三浦先生のところに辿り着いたのですが、それは決して無駄ではなかったと思っています。というのは、ここに書いたように「あ、こういうことやってるんだな」というように色々知ることが出来たし、気がつくこともあったから。
     
    操体を勉強する上で運がよかったこと。
    • 三浦先生の本を読んで操体を志したが私淑ではなく実際に師事することができた
    • 何故か巻上公一さんとご縁があり、全国大会の前夜祭に出席することができた
    • その後、東京操体フォーラムの母体で、色々な先輩方とご縁を持つことができた
    • 出版の話が外から来た(そして出版できた。操体の本は出したいと思っていた)
     
    そして、自分でも「私ってラッキー」と思ったのは、
    「操体法治療室」の著者、今昭宏先生と、三浦寛先生と、共著で「操体法 生かされし救いの生命観」を上梓することができたことです。
     
     
    一週間ありがとうございました。明日からは、三浦先生の登場です。

     

    操体法 生かされし救いの生命観

    操体法 生かされし救いの生命観

     

     

     

     

    今年も操体マンダラ、海の日に開催致します。

    ※「操体マンダラ」とは?

    三浦寛が一日、操体の最新情報について語る、操体三昧の一日です。 弟子一同にとっては「師匠孝行する日」。

     

    昼食会 サイン色紙&ツーショット撮影会

    足趾の操法®アドバイザー認定

    開催日時:2019年7月15日(月)海の日 10時〜21時 ルーテル市ヶ谷センター

    ★予約制で、当日の参加受付はありません。ご注意下さい

    https://www.sotai-miura.com/?p=1314

  • 私の操体史(六日目)

    また、私が痛感したのは「操体のすごさ」でした。
    第一分析と第二分析、第三分析は、まるっきり違う。

    言葉だけで「快方に動かして瞬間的に脱力」と言っているのは「楽な方」であって、決して快方向ではなく、快方向は二者択一ではない、色々なことを含めて「操体における快」ということを深く考えることになりました。
     
     
    当時の私の受講生の中には「何で今までやっていたものを変えるのか」という人たちもいましたし、強烈に頑固に、私自身が次のステップにいこうとしているのに、自分の知っているやり方にこだわる人もいましたし、
    受け入れがたいという人もいましたが、そういう人とはさようなら、ということです。
     
    また、それらの方々は、渦状波をバカにしていましたが、その後「皮膚を捻る」「皮膚を絞る」とかに手を出したようで、「捻るとか絞るって刺激じゃん」と私は少しトホホな気持ちになりました。

     
    今でもたまに間違えて?そういう方々のサイトとか見てしまうと
    「きもちよさを探す」←(さがすんじゃないっつ~の)と言っているようです。
     
    「きもちよさを探す」「きもちよさが出てくる」と書いている人は、操体における「快適感覚」のあり方を理解していません。
     
    もう一つ。私は彼らからあることを学びました。彼らは、運動能力に長けているとか、武術や格闘技をやる人が多かったのです。
     
     
    1. からだを壊している人は、そもそも運動能力に長けているとは限らないし、長けていてもそのレベルが落ちている
    2. 運度能力に長けている人は「ほら、こうすると体が自然に動いてくるでしょ?」と言ったりすることがあるのですが、症状疾患を抱えている被験者の場合、それどころではないことが多いので、被験者が「動いてこないしわからない」ということになり、自信をなくしてしまうこと
    3. また、運動能力に長けている人は、きもちよさも聞き分けやすいようで(彼らは何故か一様に「きもちよさが出てくる」と言います)、「ほら、気持ちよさが出てくるでしょ」「きもちよさを探して」という指導をしているようですが、普通の人や、症状疾患を抱えている人はそういうわけには行かないということです
    4. つまり、元気で運動能力が高い方のメンテナンスなどはこれでいいのですが、体力がない方や、何か問題を抱えている方には「操体ってわからない」という感じを与えかねないということ
     
    ★その後も色々調べましたが、運動能力が優れた人は、快適感覚をききわけやすいし、無意識の動きも発動しやすいことがわかっています。
     
     
    ★「原始感覚」に近いということなのでしょうが、現代の人間はそれが鈍っていて、トラブルを抱えているわけですから、快適感覚もききわけにくいし、無意識の動きも発動しにくいことがあります。
     
    一方、身体能力に優れた方は「自分ができるから、相手もできる」と思うのです。
    これは、大きな間違いです。
     
    これは「身体能力の高い方」の一人、元総合格闘家の某氏に聞いて確認したことですが「自分ができるから、相手もできると思った」とのことでしたが、通じないことがあって困ったことがある、と言っていました。
    のちに某氏は「やっとわかった」と言っていました。
     
     
    「きもちいいでしょ」という、操体施術中の、操者の決めつけや押しつけ(きもちよくないのに、きもちいいかとしつこく聞かれてイヤになったという話は、ゴマンと聞きます)、「からだが勝手に動いてくるでしょ」(動かない人もいますが、それと感覚は別モノです)というようなものも「運動能力が優れている人の落とし穴」かもしれません。
     
    ちなみに私はスポーツプログラマと健康運動指導士の資格を持っています。
    この二つはどう違うかというと、スポプロは、文科省系です(私が取得した頃は文部科学大臣公認資格でした)。文科省は、Sports for All(みんなにスポーツを)というのを謳い文句に、スポーツを推進しました。こちらは、スポーツが好きな人にスポーツを勧めるのですから、当然のように簡単です。相手はスポーツしたい人だから。
    これが、先の「運動能力に長けたスポーツ寄りの操体指導者」です。
     
    もう一つ。健康運動指導士というのは、例えば心臓病の方のリハビリプログラムや、運動が嫌いな人、運動が苦手な人に、心理的な手法も使って、どうやって習慣にしてもらうか、というような働きかけを求められます。
    運動好きに運動を勧めれば、勝手にやってくれますが、運動嫌いに運動を勧めるのは大変なのです。運動をする理由よりも、やらない理由を考えるからです。
     
    運動嫌いに運動をやってもらうには。これは大きな課題です。

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    さて、操体をセルフケアでやってもらうには、どうすれば良いでしょう。
    「からだにいいからやれ」と言われても、運動系が嫌いだと、イヤになります。
     
    「きもちよさ」をききわけ、味わいにくい方に、どうやって提供するか、なのです。
     
     
     

    今年も操体マンダラ、海の日に開催致します。

    ※「操体マンダラ」とは?

    三浦寛が一日、操体の最新情報について語る、操体三昧の一日です。 弟子一同にとっては「師匠孝行する日」。

     

    昼食会 サイン色紙&ツーショット撮影会

    足趾の操法®アドバイザー認定

    開催日時:2019年7月15日(月)海の日 10時〜21時 ルーテル市ヶ谷センター

    ★予約制で、当日の参加受付はありません。ご注意下さい

    https://www.sotai-miura.com/?p=1314