カテゴリー: 未分類

  • 身ひとつで

    このごろは、自分でライブを見に行く機会がめっきり減りました。
    それまでも知人が出演する時に行く程度ではありましたが…

    先月の終わりに渋谷のDESEOへ招待され出かけました。
    覚えのない名前のライブハウスなので、地図を確認しながらも散々迷った末に辿り着いたのですが、線路沿いの細い道に入った時に記憶がよみがえって来ました。
    昔、確かに通った道。現役だった頃、ツアーなどでお世話になったバンドのイベントか何かで一度だけ来たことがあったのです。

    普段は目当てのバンドとその前後を見るくらいなのですが、せっかくなので開場に合わせて向かいました。

    癖というか、次第にそうなるのか、入り込むよりは客観的に全体を見ることしかできないのです。

    音色やバランス、立ち位置、チューニングの仕方、PAや客の反応などついつい気になります。

    今回注目していたのはドラムでした。
    ドラムって、こういう所では自分の楽器で演奏できません。持ち込むのはスネアとスティックくらいでしょうか。
    この日は全体を通してコンディションがよくなかったのか、ドラムが苦労しているなという印象でした。
    それが力量だと言えばそれまでですが大変だと思いました。
    10年程前、ベーシストの江川ほーじん氏が「自分の楽器がないとセッションできないのはミュージシャンとは言えない。たとえ何も持ってないときでも音楽を作りだせるのがミュージシャンだ」と話していた言葉を思い出します。

    操体の強みは場所にとらわれない事もあります。
    ベッドがあろうとなかろうと、スペースが狭くても、対応が可能です。
    伏臥位、仰臥位だけでなく、横臥位や立位でも操法を行う事ができます。
    その為には二者択一の第一分析だけではなく、快適感覚をききわける第二分析以降が必要になってきます。
    からだ一つあればいい。
    ありがたいことです。

    辻知喜

  • RT ノー天気

    初めての方、こんにちは。
    また来て下さった方、ありがとうございます。

    今更ながら、大河ドラマ篤姫を見つつ、少々熱くなってます。辻です。

    先日、ノー天気の理事佐伯氏より連絡が入り、手違いで原稿が届いていない旨の報告がありました。
    このブログも開始から2年にして、ついに穴が、というところでしたが、そこは受け取る辻もノー天気がゆえに、まあなんとかなるかと楽観視しておりました。

    3年目ともなればみな慣れたもので、無事ことなきを得たわけであります。

    さて、ノー天気イコール温かい手、というのが成り立つかは別として、かくいう辻も手は温かいです。

    触れた時点で、「これだけでなんかよくなっちゃう気がするわ」と言っていただけるとしめたもので、そこから操法に入っていけるわけです。
    それだけで成り立つ場合もありますが、もちろん、そんな方達ばかりではありません。

    橋本敬三先生の現役時代からの、二者択一の第一分析、晩年の、動きの快適感覚のききわけを進めた第二分析、その後の皮膚へのアプローチである第三分析を学んで初めて対処することができるのです。

    現在、非公開ながらさらにその先も存在します。
    昨年よりゴールドジムでの操体セミナーが始まり、今年はさらにイベントが盛りだくさんで用意されています。
    これから操体を学びたいと思っている方たちにもいいきっかけになればと願っています。

    操体は学べば学ぶほど深いですよ。

    それでは一週間よろしくお願いします。

    辻知喜

  •  あっという間に7日目です。

    あっという間に1週間過ぎちゃいました。
    人様に読んで頂ける事を考えて書かせて頂くと、知ってる筈なのに
    実はあんまり知らなかったなとか気が付くんです。
    今週1週間色んな気付きを頂きました。
    ありがとうございました。
    アバラはほぼバッチリに戻ってます。
    そのうちアバラの治る経過も書こうかな。
    僕はありがたい事に、怪我してもすぐに治っちゃいます。
    産んでくれたお母さんに感謝です。
    最終日は武術の教えを書かせて頂きます。
    昔の武術家の常識であり、現代では、あまり知ってる人が意外にいないお話です。
    操体にも参考になると思うお話を今日は書かせて頂きます。
    門前の瓦
    昔、武家屋敷の門は硬かった。
    そこを手で叩いても大きな音は出ない。
    呼び掛けても返事がない。
    手で叩いても返事がない。
    その時に手近にあった、瓦で叩いた。
    大きな音が出るが、それを気付かれると、困った事になる。
    いつ、自然に捨てるか。
    見つからずに、そして用をなして、捨てるのか。
    虚は実となり、実は虚に変わる。
    いつまでも同じ事は在りえない。
    その変転の機を知り、捕らえる事が妙である。
    力はずーっと継続する事は出来ない。
    力の無い状態も継続する事は出来ない。
    そこに虚実の妙がある。
    そこに武術の変転の意味がある。
    自然な変転にこそ妙がある。
    足から腰、手と動きは繋げる。
    手からではまとまらない。
    最後に宣伝です。
    4月4日 平直行武術セミナー
    場所千葉県行徳 東西線行徳駅より徒歩5分ゴールドジムアスレチックセンター
    時間 14時から16時 武術的な身体運用と技術を学びます。
    料金5000円
    問い合わせ先 ゴールドジム行徳アスレチックセンター ?047−390−3436

    そして東京操体フォーラム分科会
    4月25日開催
    詳細はhttp://www.tokyo-sotai.com/10Apr.html
       http://www.tokyo-sotai.com/10Apr.html
    をご覧ください。
    一週間お付き合い頂きありがとうございました。
    4月に皆さんと、お会いできると嬉しいです。
    来週はクールな2枚目辻君です。

  • 叔母との思い出その2

    仙台の病院に着くと叔母がベットで寝ていた。
    意識はなかった。
    大宮から妹も来ていた。
    妹が小学生の頃にお母さんが亡くなった。
    だから妹もいっぱい叔母さんにお世話になっている。
    2人が揃った時間に、意識が無かったのに、叔母が急に目が醒めた。
    少しお話して。
    ベットの周りに来てるみんなを見て。
    また眠った。
    大丈夫そうだというので、その日の最終の新幹線で帰った。
    翌朝電話が来た。
    叔母が亡くなったと電話が来た。
    そのまま再び仙台に向かった。
    一度帰ってるから、全部お葬式とかに必要なものは用意して向かった。
    意識が無くなって、みんなが揃った時間にみんなと会って。
    そのまま眠って、一度家に帰る時間をみんなにくれて。
    きちんと準備出来る様にしてくれたのかな。
    叔母が意識が無くなる時間、僕と妹は2人とも叔母と会ってる。
    その場にいない筈の叔母と2人とも会ってる。
    大分経ってからそんな話をどちらからと言う訳でもなくした事がある。
    「実は意識が無くなった時間に声が聞こえたんだよ。」
    「たぶん、同じ時間に2人で聞いたんだ。」
    お葬式が終って大分経ってから連絡があった。
    叔母の銀行の担当の方に、叔母はこう伝えてくれてた。
    叔母が亡くなったら、僕と妹にあげてください。
    叔母の貯金だった。
    操体を学ぶホンの少し前の時期だった。
    僕はそのお金を操体を学ぶ時に使わせて頂いた。
    柔整じゃなく、操体を学ぶ時に使わせて頂いた。
    何かの意味があるかもしれない。
    人は繋がってる、記憶の中でも繋がってる。
    繋がってる叔母にも色んな事を聞かせてあげたいな。
    生きてる者の役割は生きる事を楽しむ事。
    こんな楽しい事があったよって聞かせてあげたいな。
    そんな生き方をきっと笑いながら聞いてくれる。
    叔母だけじゃない、お婆ちゃん、お母さん。
    色んな方々、ご先祖様に感謝の気持ちを込めて、日々を楽しく生きたいな。
    僕はそんな事を感じれるようになったんですよ。
    色んな事を学んで日々楽しいのです。
    仙台で生まれた操体っていうの凄いんですよ。
    色んな事を学ばせて頂いて、感じさせてくれるんです。
    僕は学べるのが楽しいんです。
    ありがとうございますっていう言葉って凄いんですね。
    良い言葉だって解かって来ましたよ。
    ありがとうございますが素直に言える
    そんな日々は最高に嬉しい日々なんですね。

    平直行

  •  叔母との思い出その1

    僕は仙台で19歳まで過ごした。
    温古堂の前の道を自転車でいっぱい走っていた。
    実は気が付いたのは数年前なんですが。(笑)
    仙台の春は東京よりも一ヶ月くらい遅れてやって来る。
    自転車で走るのは気持ちが良い。
    もしかしたら、その頃、橋本先生や三浦先生と道ですれ違ってたかもしれない。
    今先生や奥様になる、ミヨちゃんはそれからもっと後にあの辺にいたんだな。
    そんな事を考えると面白くて、楽しい。
    操体を学ぶ少し前に叔母が亡くなった。
    その時に始めて温古堂を見た。
    タクシーで向かう時間。
    偶然信号で止まった時間。
    ふと横を見ると温古堂が横にあった。
    数えきれない程、自転車やバイクで通った道なのに気が付かなかった。
    始めて気が付いた時間。
    不思議な時間だった。
    まだプロの若手だった僕は引退したらどうしようか。
    悩んだ時間があった。
    柔整に通おうかな、そんな事を考えた時期があった。
    ジムの会長がある日、僕に聞いてきた。
    「将来どうしたい。」
    僕は柔整に通いたいって言った。
    会長は知り合いの接骨院の院長を紹介してくれて。
    偶に食事とかご馳走になって色んな事を一緒に考えてくれて。
    色んなアドバイスを頂いていた。
    その先生は区議会議員になった。
    僕はプロとして大きくなって
    いつの間にかプロに専念するようになっていた。
    いつの間にか柔整の道は忘れていた。
    小さな頃から可愛がってくれた叔母。
    その頃にそんな事をお話したら。
    こう言ってくれた。
    「柔整の学校のお金はあたしが出してあげる。」
    「だから安心して、今はプロで頑張りなさい。」
    凄く不思議な安心した時間を僕はもう15年以上も前に叔母から戴いた。
    小さな頃両親が二人とも働いていた。
    朝早く仕事に出かける。
    僕は朝早くからお婆ちゃんの家に行く。
    お婆ちゃんの家は数件先にあった。
    僕の家には風呂がなかった。
    お婆ちゃんの家の風呂にいつも入っていた。
    お婆ちゃんと、まだ若かった叔母さんは一緒に2人で住んでいた。
    僕は叔母さんにいっぱい可愛がってもらっていた。

    平直行

  • 分科会に向けて楽しき日々

    4月25日に行われる分科会。
    実行委員みんながその日の為に日々精進しています。
    僕は甲斐田実行委員と2人で発表させて頂く機会を頂きました。
    甲斐田実行委員は元相撲取り。
    僕は元プロ格闘家。
    2人で発表するテーマは
    合気道部顧問橋本敬三先生(合気道未経験)を検証する。
    ちなみに2人とも合気道未経験です。
    橋本先生は学生にこんな風に
    お話してたらしいです。
    「相手の力を合理化するのが合気道である。」
    合気道の達人のお話みたいでしょ。
    でも合気道は未経験なんです。
    合気道はそんなものじゃない。」
    学生達にこんな風にも言って
    叱っていたらしいです。
    でも合気道やった事は無い筈なのです。
    橋本先生は知らない事を
    知ったかぶりはしないでしょうから。
    やった事ないのに知ってたんでしょうね。
    僕はきっとそうなんだって感じてます。
    普通は見えない部分が良く見えていたに違いない。
    橋本先生の目を通じて見た
    合気道の原理原則とは一体何だったのか。
    原理原則とはそれ程沢山在る訳ではない。
    操体の原理原則が正しければ。
    その原理原則は当然合気道にも当てはまる。
    原理原則がなければ操体にはなり得ない。
    原理原則を学ぶ事が操体を学ぶ事になる。
    操体を学ぶという事は原理原則を学ぶ事でもある。
    原理原則を学ぶのには時には、他の形を通じて学ぶのも理解するには良い。
    形が違った物で同じ原理原則を感じる。
    いつもと違った見え方があるかもしれない。
    僕はそう感じます。
    分科会に向けて日々色んな事を考える。
    それはとてもありがたい学びの時間。
    普段とは違ったスイッチが発表という素材のお陰で入るから。
    そのありがたいという気持ちを参加者にお分けする事で。
    お返ししたいな。
    そう考えています。
    身体の原理原則は同じ。
    それを学ばなければ操体は学べない。
    僕はそう感じます。
    そう感じると面白い事がいっぱいやって来るんです。
    分科会までの日々が凄く面白いのです。
    是非ご参加ください。
    お待ちしております。

    平直行

  •  あばらがばらばらで楽しい(笑)

    3日目よろしくお願いします。
    日曜日に痛めたあばら月曜日の朝、痛いぞ、あばらがばらばらだ。
    起きながら一人でニヤリ。
    あははいつもと違うのは楽しむのです。
    だって目の前の時間は楽しむ方が良いから。
    月曜日は子供空手を2回、それから移動して大人の指導。
    少しだけ出てくる、もちろん出てくるんですよ、今日は誰かに代わってもらおうかな。
    それが出ると気が済むんです。
    昔プロで試合してた頃、試合前の練習とか本当に面倒臭い。
    だから始める前に叫ぶんです、あー面倒クセー、やりたくない。
    言葉は運命のハンドル、操体で学んでます。
    僕は嫌な事は隠さない。
    出してしまうんです。
    言葉にして出すと消えるんですよ。
    嫌だけどやるしかないならやる。
    どうせなら楽しくきちんとやる。
    次に出てくるから、僕は隠さない。
    嫌な物を大好きって言葉にすれば、きっとウソが自分を包むから。
    嫌だって言葉にすると、何が楽しいか気持ち良いか来てくれる。
    僕の中の言葉のハンドルはそうなってるんです。
    嫌な事の向こうに良い事が必ずあるから、嫌な事は嫌だって言葉にして出してしまう。
    昨日もやっぱり面白い。
    身体痛いから鍛錬したくない。
    だったらとりあえずやってみれば。
    痛くないようにやって、無理なら休めば良い。
    あはは全然痛くない。
    身体をいつもより感じれるから、余計な力は抜ける、いつもより抜ける。
    痛いから力む事が出来ない。
    足の裏の感覚が面白い。
    足は親指、それ以外にも足の裏ってある。
    あるものには無駄がない筈。
    力が入れられないから、他の部分、小指側は自転車の補助輪に
    踵側は力のスイッチと安定の元になるんだな。
    親指1点よりも他の2点が助けると身体が変化する。
    3点で分けるんじゃない。
    親指を中心に2点が助ける、親指だけに任せるよりもその方が良い。
    昨日何となく感じたんです。
    あばらを痛めたお陰でやって来てくれた気付き。
    分科会でもしかしたら発表するかです。
    身体が痛いと面白い、力入れられないから、色んな身体の部分に敏感になれる。
    治るからまた良い、ずーっと痛いと困ってしまうから。
    今週は面白いな。
    今日は手で遊んでみようと思います。

    平直行

  • よろこびのうた。

    昨日練習であばら痛めてしまいました。
    多分、肋軟骨痛んでます。
    朝起きる時、身体捻ると、激痛で起きれませんでした。
    昨日スパーリングの途中で、変な体勢で身体使ったのです、途中ピキッと音がしました。
    その場でやったなと分かる感じの痛み。
    スパーリングそのまま30分位続けました。
    痛い時どんな感じで動けるのかな。
    楽しんで実験です。
    若い頃は全然問題なかったから、いまはどうなのかな、調べるチャンスなのです。
    あはは問題なし普通に出来ました。
    先週こんな思い付きが来たんです。
    そのようになってるものを最高に楽しむ。
    そこに一番の贅沢があるんだって気が付いたんです。
    現在を最高に楽しむ、過ぎた過去にこだわったり、まだ来てない未来に支配されない。
    そこに最高の贅沢がいっぱいある、過去や未来に捕われすぎると勿体ない。
    目の前の現在をそれでは捨ててしまっているんだなって気が付いたんです。
    日下実行委員に聞かせて頂いたインドのお話が僕の中で形をかえて染み出てきたんです。
    三浦理事長に聞かせて頂いた、見えない存在のお話も一緒に、気付きをくださいました。
    気が付いた、その日にメールが来ました。
    昨年イベントに出演してくださった、樋口了一さんのスタッフから。
    新しいCDが発売になるという事。
    すぐにアマゾンで注文。
    便利ですね。世の中便利だ、ありがたい事です。
    イベントから、1年近くになるんです。
    一度お話しただけなのに、良い感じで思い出すんです。
    新しいCDは僕が学んだ1年と似たような歌詞がいっぱい。
    ビックリで嬉しい気分でした。
    全く違った1年を過ごして、似たような事感じてる人がいる、嬉しいんですよね。
    よろこびのうたの歌詞を少し引用します。
    もしも 走れないのならば 歩けるよろこび歌おう。
    もしも歩けないのならば 立ち上がるよろこび歌おう。
    それは君には 今は悲しい歌かもしれない。
    けれど本当は いつも変わらないよろこびの歌だよ。
    僕は感じるんです、全ての現象に無駄はないって事を。
    そもそも生きてるって事、生まれてここにいるって最高の贅沢だから。
    その最高の贅沢を無駄にしてしまうのは自分、それを活かすのも自分。
    目の前の現象からしか、決して始まらないって思うんです。
    過去にも未来にも現在はない。
    繋がってるだけ、だから現在を感じると素晴らしい。
    そう感じると全ての事に、嬉しさ、楽しさをいっぱい感じたりする瞬間がある。
    いつもではないのです、もちろん、そうなったら神様ですよね。
    だから偶にでも良いんですよ。
    その時間は気持ちが良い嬉しい楽しい時間だから。
    そんな事を感じてたら、良いタイミングでメールが来て、CDを聴いて。
    面白いでしょ、嬉しい、楽しいが繋がってる。
    臨床もきっと似てる。
    現在を感じると良い、現在の最高は絶対にあるんだから。
    考えた理想はなかなか難しい、こうして治そうって実は難しい。
    感じる力があって初めて知識が活きるって感じます。
    アバラが痛いからジッとしてみた。
    左を痛めたからなのかな、左に側屈が良い。
    そのまま感じてみる、考えないで聞き分ける。
    身体に聞いてみる、左は固い感じ。
    そのうちに首が動き出す。
    首が動いても痛くない、ゆっくりと偶に動いてくれる。
    少し経つと右に少しだけ側屈してきた。
    また左に戻る、首が動いて、足も少しだけ動く。
    段々右側が柔らかくなってゆく。
    なにも考えない、身体に任せる。
    最高を味わう、怪我をしてる現在の最高を味わわせて頂く。
    そのうち左も柔らかくなって来る。
    最高の現在を味わうと、最高の未来が勝手に来てくれる。
    怪我をした過去も嫌じゃなくなったりもする。
    怪我をしたから味わえる最高もあるから。
    いつも最高を探す。
    それは違う、無い物をねだると辛くなる。
    そのままの中にいつも最高が存在してる。
    気が付くのも早いけど、僕は忘れるのも早い。
    怪我が治るまで1週間と少し位。
    調度良いようになってる。
    気分で全てが変わる。
    本当は変わるんじゃない、最高はいつでも存在してる。
    だからそれに気が付けば良い。

    平直行

  • 日々更新してます。

    佐伯さん1週間お疲れ様でした。
    今週1週間担当させて頂きます平直行です。
    学ぶって最高に面白いですね。
    ○○道ってある。
    空手道とか柔道とか。
    お茶も茶道だし、書道とか華道とかもある。
    その道っていったい何なんでしょうね。
    最近思うんです。
    楽しく日々を過ごすと、楽しい事がやって来る。
    気持ち良さで良くなるみたいですね。
    何となく買った本にこんな事が書いてあったんです。
    術とは大陸で生まれた言葉。
    大陸とは中国がまだ群雄割拠の時代。
    遥かな昔の時代中国は大陸と呼ばれていた。
    術とは道を進む前に祈るものである。
    見えない道を進む前に行う。
    それが自分をそして志を守る。
    途中の判断を知る。
    本当にどこかに行く前に行っていたのが術。
    そしてこう続きます。
    その術がやがて羅針盤となる。
    術は道は全てに通じる。
    それは戦術に通じる。
    やがて、あらゆるものに通じる術となる。
    術を持って道を進むと必ず目的地に到達する。
    少し僕のアレンジも加えて書いてみました。
    ○○道には実は術がなければいけない。
    僕はそう思います。
    武術には本当に術が存在します。
    見た目では同じ動き。
    身体の内側には術が存在してる。
    それは弟子になって学ばなければ決して理解出来ない。
    決して術は一人では手に出来ない。
    術がなければ道は進めない。
    ツイテル日々を過ごさせて頂いて。
    僕は師匠から直接術を学ぶ日々を過ごしています。
    術を持って進むと、向こうから教えに来てくれます。
    それが道を歩むという事。
    僕は日々更新して楽しく過ごしてます。
    操体道ってなんだろうな。
    そんな事も想ったり。
    その時間は橋本先生を想ったりもする時間。
    不思議なご縁から始まった操体とのご縁。
    いま太気拳柳生心眼流とのご縁も加わって。
    日々更新して楽しみながら進んでる。
    学びながら術が解かると面白い。
    術が染み込んでくると教えが勝手にやって来てくれる。
    不思議で面白い日々。
    いつもと違った文章で今日は書いてみました。
    今週1週間よろしくお願いします。

    平直行

  • 小松広明の4日間(4)

    こんにちは!今日が私のブログ最終日。
    こんなに、バタバタしたブログ週間は初めてでした。ある程度書きためた原稿を用意してお贈りするのが筋。
    と常々思っており、ふだんから、書きためておくはずでしたが、今回は全く余裕なし。

    まあ〜お陰様で、ノー天気が随所に顔を出し、地が出っぱなし!!なかなか、こういう週間もスリルがあって、良いですね。

    さあさあ、今日が「小松広明の4日間」の4日目。
    最後になって、やっと小松広明の人となりを紹介することとなりました。

    といいつつも、かなりアバウトな紹介。
    とにかく、手足がでかい!
    身長が170〜175cm位の中肉中背にも拘わらず、節々のしっかりした手足をしています。とくに足の第一MP関節の大きさは驚きです。

    先日、施術後、二人でバス停まで歩きました。
    その時の歩き方。大きな足が地にしっかり食い込み、しかも肩胛骨が緩んだ状態で、上肢に力みがない。

    「あれ、岩下に似ている」

    と感じたわけです。
    この岩下とは、以前、このブログにも紹介致しました山海塾という舞踏グループのメンバーで、大学時代からの友人。
    彼の踊りをカメラで収めると、常に美しい姿、自然なたたずまいになっています。
    彼は、東京操体フォーラムの顧問である国際的ヴォーカリスト巻上公一さんとコラボレーションを何度もしています。
    また、彼も手足(手首・足首から下の部分)が大きく、特に第一MP関節の大きさは、小松さん並。

    とにかく、そんな才能のある舞踊家・岩下徹に似た体型と歩き方をする小松広明実行委員は、才能がある。
    と、私は見るのであります。

    さて、アバウトな小松さん紹介を続けます。
    生まれは東京のはずです。その後三重県伊勢市と東京での生活。年齢は、26才。中学2年から、ギターを始め、中学3年にはバンドを結成。
    高校は、伊勢市の皇學館高校。強調したいのは、ここであります。
    日本の中の伊勢市、その中の皇學館高校。
    日本神道の本流を、高校時代からからだに染み込ませているのです、小松さんは!
    なんとも、まあ〜うらやましい!

    そんな小松さんがはまっているのは、仏教発祥の地・インド。
    このぶっ飛び方が素晴らしい!
    インドでの数ヶ月の生活で、すっかりインド人になりきった小松さんは、インド衣装を身にまとい、でかい足で歩く。

    すると、回りの人間が道を譲り、振り向く。
    (ここで、ピーンと来たひとは、東京操体フォーラム通であります)
    誰かに、似ていませんか?
    そうです、われらが師匠・三浦寛先生。
    言わずと知れた三浦先生は三茶の仙人。

    先日も、行徳ゴールドジムに参加した友人が、

    「三茶を歩いてた時さあ。人混みの中、角っこを回ってきた人が居たんだけど・・・明らかに他の人と違っているんだよね。
    あっああ・・・三浦先生だ・・・・と思って、声を掛けようと思ったけど、思わず道を開けちゃったよ」
    そして、振り向き後ろ姿を眺めた訳です。

    これが、三浦先生との出会い初級編。

    その初級編に近い行動を三茶界隈の通行人に取らせる小松さん。
    後ろ姿、特に肩胛骨のたたずまいが、三浦先生に似ています。

    我が師匠の肩胛骨と小松さん肩胛骨が似ているとなれば、もう「操体の申し子」ということになるわけです。

    ただし、私の眼力はノー天気。
    小松さん!一切責任を持ちませんよ・・・

    さて、小松さんが皇學館高校入学当時に、もう一度さかのぼってみましょう。
    高校では、ブラスバンド部に所属。
    自己表現ができないもどかしさを感じながら、名古屋の専門学校に。
    この頃から、アンダーグラウンドの音楽に目覚め、京都で4年間活動。いずれ、その当時のことは小松さんのブログで紹介があると思います。
    それで、ここではあまり触れませんが、かなりのめり込んでいたことが、彼との会話でよく分かります。
    一例をいいますと、
    私が20才後半、ニューヨークで活動していた頃、ダンステリアというデイスコで「ナイトミュージアム」というイベントをしたことがあります。
    その時に参加したジョン・ゾーンとか、イクエ・モリのことを彼は当たり前の様に知っていたのです。小松さんが生まれる以前のことです。
    これには驚き、当時のアートシーン(芸術の流れ)を語ると、やはり理解していました。

    まあ〜そんな小松さん。手技療法に興味を持ち始め、
    操体法の実際」「万病を治せる妙療法」橋本敬三著(農文協)の2冊に出会うことになります。
    その後、友人から
    「今の、操体はもっと進化していて本とは違うみたい!」
    という情報を得て「操体法治療室」三浦寛、今昭宏共著「操体臨床の要妙」三浦寛著(たにぐち書店)に出会います。

    インターネットから東京操体フォーラムを探しだし、美山の山奥に操体をしている人がいる。
    となり、我が家訪問となるのです。

    小松さんが、そこまでして操体を追い求めたのは、操体の根幹となっている橋本敬三哲学。
    他の療法と全く違うのは操体が「生き方」である、ということ。

    手技だけを身につけても、それは操体ではありません。生きる姿勢、そしてからだ、心の有り様がもっとも大切。
    つまり、存在して在る、天然自然の法則を学ぶ学問なのです。

    この法則には、誰一人として逆らうことは出来ません。
    知れば知るほど、この法則に生かされていることに気付き、
    謙虚になっていきます。
    感謝の気持ちで満ちあふれてきます。そして、己の運命を感じて来るようになるのです。
    操体はあらゆることを入れることの出来る「大きな器」と言われる所以です。

    20才後半で、このことに気づいた小松広明実行委員は、偉い!!
    今後のご活躍を期待いたしております。
    そして、今後とも、今まで通りのお付き合いのほど、宜しくお願いいたします。

    1週間の長きにわたってのお付き合い、本当にありがとうございました。

    明日からは、ご存じ平直行相談役の登場!今回は、どんなお話になるのかホントに楽しみです。
    それでは、皆さん21週間後にお会いいたしましょう!

    佐伯惟弘