カテゴリー: 寺本 雅一(てらもと まさかず)

  • 些細な違い

    人から何か贈り物をいただいたとき

    「それ」が 自分が欲しい欲しい!と思っていたものだったりして

    「うれしいなぁ」と感じることがあります。

     

    一方で、自分が欲しいと思っていなかったものを

    プレゼントされることもあります。

     

    自分が欲しいと思っていなかったから、

    「これはいらないなあ」と感じる。

     

    自分が欲しいと思っていなかったけど、

    「これは面白いなあ」と感じる。

     

    よくあることですが

    ほんの少し何かが違うと

    感じ方も変化してくるのが不思議です。

     

    その「些細な違い」というのは

    プレゼントの内容というより

    恐らく、それを前にしたときの

    自分のなかのなにかによるのだと思います。

  • 「ハンドル」に手をかけるまえに

    自分と自分自身との対話のプロセスを通して

    NGワード」の存在に段々気が付きます。

     

    操体の創始者である橋本敬三先生は

    「言葉は運命のハンドルである」という

    なんとも味わい深い名言を残しています。

     

    何気なく言葉を使ってきたのは

    何気なく運命のハンドルを切ってきた

    ということなのかもしれない

    と、ハッとする。

     

    ハッとする経験を繰り返すことで

    自分自身にとって「後味の良くない言葉」が

    なんとなく浮かび上がってくる。

     

    その実感を重ねていくと、

    後味の良くない方向を目指して

    「ハンドル」を切ろうと

    まさに「ハンドル」に手をかけようとしている

    自分の存在が感じられてきます。

     

    2016年春季東京操体フォーラム 4月29日(金)昭和の日 開催決定

    速報などの詳細は東京操体フォーラムHPをご覧ください

     

  • 気付いてしまった瞬間

    操体法東京研究会の講習に参加すると

    いきなり「実技」を指導されるのではなく

    「座学」から始まります。

     

    しっかり日数をとり、

    操体の肝である

    哲学について学ぶのです。

     

    いまでも興味深く思うのは

    この座学に参加している期間、

     

    それまで私自身が抜け出せずにいた

    ポジティブな気持ちになったり

    ネガティブな状態になったり

    という「渦」のなかから

      

    『あれ?

     いま抜け出しているんじゃないか?』

     

    と感じる瞬間、体験が始まったことです。

     

    自分を取り囲む、「自分以外の存在」や

    逆に「自分のこと」ばかりに意識が及んでいた状態から

    フッと離れて

     

    「自分」と「自分自身」が 素直に対話をし始めている。

    その出来事に、気付いてしまった瞬間。

     

    「座学」とは言うものの

    操体という実践哲学の指導を通して

    「自分」と「自分自身」との対話。

     

    目に見えない静かな「実技」は

    すでにこのときから

    始まっていたのだと思います。

     

    2016年春季東京操体フォーラム 4月29日(金)昭和の日 開催決定

    速報などの詳細は東京操体フォーラムHPをご覧ください

  • それは、他でもない

    おはようございます。

    瀧澤さん、一週間ありがとうございました。

    私もブログを読んで、日々「充電」しています(笑)。

     今日からは一週間、寺本が担当します。よろしくお願いします。

     

    「ネガティブなエネルギー」という言葉から

    一番にイメージされてくるもの。

    それは、他でもない「昔の自分」でした。

     

    そういえば…

    以前は随分とこういったことを

    悶々と考えたり、

    鬱々と感じたり、

    ムクムクと膨らませ続けてきたり、

    時には、とらわれてみたり

    していたな、と思うのです。

     

    そういった自分の姿は

    「むかしむかし…」のことではないのに

    何故だか、遠い記憶のようにも感じられてきます。

     

    昔といまで、何がそんなに変わったのか。

    それは、他でもない「自分」だと思います。

     

    2016年春季東京操体フォーラム 4月29日(金)昭和の日 開催決定

    速報などの詳細は東京操体フォーラムHPをご覧ください

  • 陽の時代から陰の時代へ その6

    家に帰ってテレビをつけて見ると

    最近は毎日同じような内容が映し出されているような気がします。

     

    今流行のファッションのこと

    評判のいい飲食店のこと

    理想的な住居のこと

     

    むかしはテレビっ子だったもので

    よくテレビにかじり付くようにたのしんでいましたが

    最近はこういった内容のものには

    あまり興味を持たなくなっていることに気が付きました。

     

    テレビに限ったことではなく、周りを見渡せば

    人が生きる上で

    「生活」を豊かにする

    「衣食住」に関しての情報が

    溢れかえっていることに気が付きます。

     

    一方で

    人が生きていく上で

    「生命活動」を豊かにする

    「息(呼吸)食(飲食)動(身体運動)想(精神活動) 環(環境)」に関しての情報は

    まだまだ少ないように感じます。

     

    陽の時代から陰の時代へ

    刺激的な情報から少し離れて

    感覚的な情報を受け取ることに近づいてみる

     

    「息食動想(生命活動)」から「衣食住(生活)」を見直してみると

    その中身を自分自身で準備しながら

    本当に豊かな「衣食住」の営みを

    自分らしくエンジョイできるのではないでしょうか。

     

    2015年冬季東京操体フォーラム 12月5日(土)6日(日) 二日間開催します

    詳細は東京操体フォーラムHPをご覧下さい

  • 陽の時代から陰の時代へ その5

    「太極図」というものがあります。

    黒と白の勾玉のようなカタチが組み合わさった意匠で

    道教」のシンボルとしても有名なあの独特のデザインです。

    きっと誰もが一度は目にしたことがある図象ではないかと思います。

     

    昔からチラチラ目にしていたデザインだったこともあり

    深く考えたり、じっくり見たりすることがなかったのですが

    それでもなんとなくアタマの片隅で 気になっている、

    好奇心をくすぐるテーマでした。

     

    この「太極図」。

    最近になって 左右対称(シンメトリー)じゃないことに気が付きました。

    「今更か!」と自分自身に対しても 突っ込みを入れたくなりますが

    本当に今まで気が付きませんでした(汗)

     

    そもそも「色」が黒と白で違う点は置いておくとして

    あの勾玉のようなカタチも左右対称ではなく

    ある方向性をもっています。

    ですから、黒と白の勾玉のカタチは

    スライドさせていくとピッタリと重なります。

     

    このことに気が付いて

    「陰」と「陽」という捉え方は

    単に左右対称的な目に見える差異だけを示してのことではなく、

    目に見えない質的な識別のことも含めて言っているのだと感じました。

    これもまた、当たり前のことかも知れません(汗)

     

    例えば「陰陽表」で

    「陰」が「左」で、「陽」が「右」に配置されていますが、

    これは「左」には「左」の、「右」には「右」の

    それぞれの質が在るということ。

    目には見えない、それぞれの「性格」や「役割」のようなものが在る

    ということを表しているのではないかと思います。

    そういった捉え方は、特に最近の操体の学びに繋がる

    うんと納得できるポイントです。

     

    それにしてもこの太極図。

    それぞれ質の異なる陰と陽が

    ある方向性を示し続けながらおさまっているというのは

     まだまだ、この意匠のなかに

    何かメッセージが潜んでいるような気がしてなりません。

     

    2015年冬季東京操体フォーラム 12月5日(土)6日(日) 二日間開催します

    詳細は東京操体フォーラムHPをご覧下さい

  • 陽の時代から陰の時代へ その4

    陽の時代から陰の時代へ

    操体が進化してきたプロセスを学び

    また、陰の時代の先を見据えて

    「感覚」を大切にしながら

    未開の地を歩むように

    名前のない領域のことを学ぶ。

     

    現象の世界を「陰陽」という識別で

    見渡した時に気付くことは

    物事のある一面だけをみていた

    自分自身に気付くこと。

     

    普段馴染みのある「乾電池」にも

    陽極と陰極があり

    例えば、「豆電球」の導線が

    どちらか一方だけに接触していても

    電流は流れず、灯りはつきません。

     

    でも、意外とどちらか一方のことに

    意識を集中させていることも多いように感じます。

     

    そんな時に「陰」と「陽」という意識をもつことで

    その偏りから少し離れて

    目の前のことを捉えられるようになるのではないでしょうか。

     

    「陰」と「陽」という分極した在り方を通して

    「陰陽」をセットとして捉えることに繋がり

    そのことが「陰陽未分の一」なる「太極」に気付く

    糸口になるのではないかと感じます。

     

    2015年冬季東京操体フォーラム 12月5日(土)6日(日) 二日間開催します

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  • 陽の時代から陰の時代へ その3

    陽の時代から陰の時代へ、その移行のプロセスを学んでいると

    陽の時代には見向きもされなかったことに目を向けるようになる。

    そういったことを、操体を学んでいると感じます。

     

    いままでそれほど重要視されてこなかったこと

    役割のよくわからなかったもの

    丸ごとひっくるめての「総称」としてしか取り扱われてこなかったこと

    そして、いまだ「名前」すらついていないこと。

     

    「からだ」に関しても

    今まで日が当たっていなかった陰(かげ)の部分に

    ようやく意識を向けるようになり、

    日が当たるようになってきました。

     

    陰陽に関する石田実行委員のブログを読まれた方は

    感じられたかもしれませんが、

    そういったからだの部分の多くは

    「陰陽表」で「陰」として捉えられているようです。

     

    なぜいままで”気付かなかった”ことに

    “気付き”はじめたのでしょうか。

     

    それは「『感覚』というものが、うんと大事だ」

    ということに 気付いたところから始まっているのではないかと思います。

     

    陰(いん)は隠(いん)であり、

    いままで思考的に捉えてもわからなかったこと、

    思考のヴェールに隠されてきた事象

     

    「思考」ではなく、『感覚』を重視して捉えていくと

    覆っていたものがクリアになり、その中身が見えてくる。

     

    操体が陰の時代の流れのなかで

    その先を見据えて変化し続けていられる理由が

    ここにもあるように感じています。

     

    2015年冬季東京操体フォーラム 12月5日(土)6日(日) 二日間開催します

    詳細は東京操体フォーラムHPをご覧下さい

  • 陽の時代から陰の時代へ その2

    その時代に合った学問を学ぶことが出来る。

    これはとても魅力的なことだと思います。

     

    歴史の遺物として消え去ることなく

    また「過去のもの」として、博物館に展示してあるわけでもなく

    現代に息づき、生きている学問。

     

    まさに、師のもとで学んでいる「操体」は

    そのような、生きている学問だと感じます。

     

    「生きている」というのは

    操体に関する最新の情報を学ぶことが出来る

    という意味もありますが、

     

    橋本敬三先生が成し、成そうとしてきたこと

    その意志を継承し、「進化」と「深化」を遂げてきた、その道筋。

    世代をこえた、操体という学問の生き様を まるごと見せていただいているので

    そのように感じるのだと思います。

     

    陰の時代に生きる人間にとって

    陰の時代に息づく学問を学ぶことはとても有意義です。

     

    しかし、本当に有意義なのは、陽の時代から陰の時代へ移行する

    そのプロセスを理解した上で

    陰の時代に生きている学問を学ぶことではないかと感じています。

     

    800年という周期で陰と陽を行き来する時代の流れの中で

    人が人へ、学問を通じて伝えていくものは

    まさにこの「移行」のプロセス。

    学問の生き様なのではないかと思うのです。

     

     2015年冬季東京操体フォーラム 12月5日(土)6日(日)

    二日間開催決定 詳細は東京操体フォーラムHPをご覧下さい

  • 陽の時代から陰の時代へ

    おはようございます。

    東北から毎朝届く、清々しくて、どこか妖しくて、でもとっても気になる便り(笑)。

    瀧澤実行委員からのバトンを受け取って、今日から一週間寺本が担当します。

    宜しくお願い致します。

     

    今回のいただいたテーマが「陰陽」ということで

    今まで操体を通して教えていただき、学んできたことを最近振り返っていました。

     

    そこで、まず思い浮かんでくるのが「陽の時代から、陰の時代へ」というキーワードです。

    これはいままでも本ブログで時折語られてきたことだとは思いますが

    「800年」という世代をまたいだ周期の、その流れのなかで陽の時代から陰の時代へ

    大きな流れの変化が生じているという説に基づいています。

    ちょうど1945年を境に陽から陰へ、時代が変わったとされています。

    操体」という日本医学が生まれたことの背景にも、この時代の流れと変化というものがたしかにあるように感じます。

     

    橋本先生の時代に体系化された「操体」、そして「操体法」。

    陽の時代に生きた人間によって育まれてきた、それまでの東西医学や民間療法などから抽出されたエッセンス。

    しかしそれは陰の時代を予見した、まさに時代の先を見据えたものだったのだと感じます。

    一方で、陽の時代の学問をベースにしている、もしくは陽の時代に生きてきた人間のなかで体系化されてきたものですから

    当然のことながら橋本先生の時代の「操体」にはその「名残」のようなものが含まれているようにも思われます。

     

    「楽か辛いか」という二者択一の問いかけから始まった操体の診断分析法ですが

    あるときを境に「楽と快は違う」という大きな転換期を迎えました。

    そういったプロセスのなかにも、陽の時代の名残を感じとることができます。

     

    この「陽の時代の名残」とどう向き合っていくか。

    陰の時代に生きる人間にとって、重要なテーマではないかと思っています。

     

    橋本先生の直弟子である三浦先生のもとで、操体を学ぶようになって数年経ちました。

    そのプロセスのなかで学べば学ぶほど強く感じるのは、三浦先生が現在していることは

    生前の橋本先生が「成してきたこと」を咀嚼すること。

    そして「成そうとしてきたこと」を見据えて、実際に成していくということを

    ただ一途に続けているのではないかと感じます。

     

    それは言い換えれば、橋本先生が「成してきたこと」のなかに未だ遺っている陽の時代の名残を、陰の時代に即した状態におさめていくこと、とも言えると思います。

     

    世代をまたいだ意志の継承があり、大いなる流れの変化の中にあっても、操体は今なお進化し続けていることができる。

    そういったことが、学んでいるなかで自然に感じられてくるのです。

     

    2015年冬季東京操体フォーラム 12月5日(土)6日(日)二日間開催決定

    詳細は東京操体フォーラムHPをご覧下さい