カテゴリー: 寺本 雅一(てらもと まさかず)
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宿っているものを前にして
本人の記憶
からだの記憶
細胞の記憶
日々の生活を送るなかで、様々な記憶がからだのなかに宿っていく。
こころが大きく動いたとき、その経験の記憶はどこへおさまっていくのだろうか。
また、何か思わぬ怪我をした時、何らかの外傷を治療してもらったとしても、その怪我の衝撃やからだ全部で受け止めた経験の記憶のようなものは、どこへおさまっていくのだろうか。
もしかしたら、誰に触れられることもなく、からだのなかに静かに埋もれていく記憶というものがたくさんあるのではないかと思う。
そういった記憶の燻りのようなものがふとした時に、表立った何らかのからだの不調和として感じられてくる。そんな目にみえないつながりだってあるだろう。
からだを前にして何ができるのだろうか。
からだは何を要求しているのだろうか。
からだに宿っている触れられてこなかった記憶に触れるようなこと。
それはからだの要求に適うことにつながることなのではないかと感じています。
一週間ありがとうございました。
明日から友松実行委員にバトンを渡します。
どうぞ、おたのしみに。
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本のなかに宿っているもの6
朝目が覚めたときに感じる呼吸。
自然と呼吸が入ってきている。
そのことに意識が向く。
眠りという大切な空間。
そのなかでからだに起こっていること。
呼吸が教えてくれていること。
からだからのメッセージ。
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本のなかに宿っているもの5
重心の適性にかなうこと。
そういうものにからだは素直な反応をみせてくれるようだ。
いや、からだだけではなく、わたしもそのなかにいて、
もしかしたらわたしも素直に受けとることができているのかもしれない。
素直な空間のなかで
わたしとからだは重なっている。
息が在る。






