16年、20年たらづでは、まだ人生は時の花である。
真の花が咲くのはそれから先のことである。
生涯づづく真の花を生み出していくことだ

16年、20年たらづでは、まだ人生は時の花である。
真の花が咲くのはそれから先のことである。
生涯づづく真の花を生み出していくことだ

近頃は終日の猛暑が続く。
脳とからだと心が暑さの中で、蒸されているようである。
お盆も過ぎてご先祖さまに手を合わせ、供養する。
自分が生かされ生きている。この命にも手を合わせる。
このこともご先祖様に対する供養である。
私はこの酷暑のなかで、日々元気に過ごしている。
お陰様で日々の学びは忘れていない。
日誌も欠かさずつけている。
悦境の境地をつかむこと。

圧とは重さではない。
重さを感じない生命くうかんのことである。
それが圧である。
三浦寛

運動系のヒズミも、重心の不正も、からだの動きと流れ、息の適性も、圧の変化、内圧の変化である。

この二つの くうかん が 圧の変化に重要な影響を与えていることに気づいた。

橋本先生の晩年、朝目が醒める時間、ふとわいてきた言葉があったという。
それが、原始感覚は圧の変化である、という言葉である。
よく親しんできた内容だが、今再度圧の変化に問いかけてみる。
近頃 くうかん に意識が向いている。
この くうかん には二種類あることに気づいた。
空間と、からだ内部の腔間である。
ごく最近まで、腔間にはほとんど意識がなかったことである。
関心がなかった。

亡き母に生前「地味な仕事につくんだよ」と、聞かされた。
私はその事を守っているようだ。
コツコツと身につけていくことが性にあっている。
長つづきしているってことは、カッコイイんだと思う。

先々週は七日間、先週は四日間継続して臨床と指導の場に立っている。
さすがに今日は昼頃まで眠っていた。
休診日一日、好きに使える真乃時である。
解放される。

毎年6月になると印税が振り込まれてくる。
額はともかく、出版から37年間絶版にもならづに、
今でも読者がいることに感謝である。

重心に対応する、からだの動きと流れがある
重力に対応する、からだの動きと流れがある
三浦寛
