16年、20年たらづでは、まだ人生は時の花である。
真の花が咲くのはそれから先のことである。
生涯づづく真の花を生み出していくことだ

近頃は終日の猛暑が続く。
脳とからだと心が暑さの中で、蒸されているようである。
お盆も過ぎてご先祖さまに手を合わせ、供養する。
自分が生かされ生きている。この命にも手を合わせる。
このこともご先祖様に対する供養である。
私はこの酷暑のなかで、日々元気に過ごしている。
お陰様で日々の学びは忘れていない。
日誌も欠かさずつけている。
悦境の境地をつかむこと。

橋本先生の晩年、朝目が醒める時間、ふとわいてきた言葉があったという。
それが、原始感覚は圧の変化である、という言葉である。
よく親しんできた内容だが、今再度圧の変化に問いかけてみる。
近頃 くうかん に意識が向いている。
この くうかん には二種類あることに気づいた。
空間と、からだ内部の腔間である。
ごく最近まで、腔間にはほとんど意識がなかったことである。
関心がなかった。

亡き母に生前「地味な仕事につくんだよ」と、聞かされた。
私はその事を守っているようだ。
コツコツと身につけていくことが性にあっている。
長つづきしているってことは、カッコイイんだと思う。
