
共に生かされていることは、
共に生かしあっていることだと気づく。
くうかんにみちる愛を自覚する。
からだのおかげで、確かな実感としていただける。
生命由来の想念になっていく。
からだは何をききわけているのか、
感覚意識で自覚していく。
生命由来の縦軸に貫通する「からだの重心」は
想念を良心にみちびく。
主語は変わると、
よきことはおもう。
よきことばはかたる。
心の変化にもていねいに気づいていこう。

共に生かされていることは、
共に生かしあっていることだと気づく。
くうかんにみちる愛を自覚する。
からだのおかげで、確かな実感としていただける。
生命由来の想念になっていく。
からだは何をききわけているのか、
感覚意識で自覚していく。
生命由来の縦軸に貫通する「からだの重心」は
想念を良心にみちびく。
主語は変わると、
よきことはおもう。
よきことばはかたる。
心の変化にもていねいに気づいていこう。

くうかんにていねいにふれていると
くうかんにふれられていることに気づく。
「わたしが息(吸気)を吸い込んでいる」から、
「からだは息(吸気)を吸い込んでいる」へ。
そして、
「息(吸気)はからだに入ってくる」へ。
素になると主語は変わり、「息」そのものになる。
「息」がしやすい。
生命にとっての安定、安心。
それは空間と腔󠄂間の調和。
非対称性の縦軸が貫通する「からだの重心」で感じとろう。

くうかんにていねいにふれていく
ふれよう、と意識をはたらかせるよりも
くうかんとからだに貫通する縦軸を感じとること。
息(吸気)とからだのながれとうごきは皮膚でかさなる。
対象は消え、快そのものになる。
人間であることの前に、
生命としての生の在り方を学んでいく。
生命感覚の快にゆだねよう。

じぶんの意識は重いが、からだの無意識はかるい。
からだは重力感覚をききわける。
目に見えないつながりはくうかんの悦。
じぶんが診るのではなく、からだは原始感覚の快にゆだねる。
なにもしないということを共有できる学びはある。
それは、からだのながれとうごきに気づく学びでもある。
息(吸気)にていねいにふれていこう。

くうかんにからだとからだ
ひびきあう息(吸気)
くうかんとからだにかさなる縦軸は生命感覚の快をききわける。
からだからのメッセージにゆだねるアプローチ。
最小エネルギーで最大限の効果を発揮するそのままのからだ。
からだの声を素直にきいて、
からだの表現に素直にゆだねる。
それを可能にする力学にふれよう。

息(吸気)は皮膚感覚
からだのながれとうごきを感じとる。
くうかんはひびきあう生命感覚の快。
岡村さん、縦軸で感じとる一週間のブログはふかい感謝です。
今週担当の瀧澤です。
一週間よろしくお願い致します。
からだは立ち位置をききわけている。
ここ(生命)からはじめよう。
『快とともに生きるという選択』
7日間を通して見てきたように、
「からだ」は「憶の快」を手掛かりに自然と調和し、
意識はしなやかに良心へと導かれて変化し、
人生の選択はより自然で安楽なものになっていきます。
「からだ」は、いつも答えを知っています。
その声に耳を澄ませるだけで、
私たちはもっと快適に感覚し、もっと軽やかに生きていけます。
どうか、これからの日々が
快適感覚を選ぶ生き方で満たされますように。
終わりのようでしたがもう少し、お付き合いください。
「新重心理論」とは、人生の手引き書ではなく、「生命の手引き書」です。
「からだ」が重心の適性にかなうことで、意識が変わります。
意識が変わると、行動が変わり、関係性が変わり、
それが周囲に、温もりあるやさしさとして広がります。
このとき分泌されるホルモンが「オキシトシン」です。
安心・信頼・温かさを育み、周囲と調和していくことで、
攻撃性や争いを自然に減らす作用があります。
人が快で満たされると、世界の見え方が変わります。
自分にも他者にも、温かく、やさしくなれます。
それは宇宙的リズムとも調和する、統合の状態なのです。
「新重心理論」に基づく「操体」が目指しているのは、
単に痛みを取ることでも、姿勢を整えることでもありません。
「市井」への広がりを導く「百一匹目の猿」の意識が広がること。
一人ひとりが「生命軸」である「からだ」本来の羅針盤を取り戻し、
自分らしく、しなやかに良心から生きる姿を大切に味わうゆとり(間)、
その波紋は、必ず世界を優しく変えていきます。
橋本敬三師の願った操体は、個人から世界へ広がる“快の連鎖”なのです。
明日からは、瀧澤副実行委員長の登場です、お愉しみに!
病気とは「からだ」の快・不快のバランスが崩れた状態と言えます。
痛み、疲労、炎症、停滞――。
これらは敵ではなく、「からだ」が重心の“偏り”を知らせるサインです。
しかし、多くの人はこのサインに過度に意識を向け、
不安を強め、「からだ」を緊張させて縛り付けてしまいます。
このような緊張が続くと、自然治癒力は働きにくくなります。
「新重心理論」に基づく操体法が大切にするのは、縛らないこと。
重心の適性をはかることで調和の道へ戻す方向は、生命軸なのです。
好きなことに集中し、自然な動きを選び、
心地よい呼吸をし、安心できる環境に身を置く。
生きていることは、「息」づいていること。
それだけで、身体は本来の流れを取り戻していきます。
治癒とは、「からだ」を過度に操作することで起きるのではなく、
「憶の快」へ向かう、最善の選択の結果だったのです。
そして「新重心理論」による操体は、医療を否定しません。
医療と協力しながら、「からだ」の自己調整力を最大限に引き出します。
もともと救われていた「からだ」本来に向かうとき、
治癒は自然と始まり、そして完了していたのです。
操体法の核心にあるもの。
それは「原始感覚」です。
原始感覚とは、
思考ではなく「からだ」が、安全を感じていく感覚。
姿勢・呼吸・動き・環境・対人関係、その環境を生成した場。
これらを総合して「快か、不快か」を判断する感覚のことです。
多くの方は、思考のクセや社会的価値観に追われ、
この原始的な感覚を忘れています。
その結果、「からだ」が出すサインに気づけず、
疲労や不調、ストレスを抱えやすくなってしまいます。
新重心理論が示すのは、
“重心が変われば、意識も人生も変わる”ということです。
「からだ」の「憶の快」方向へ感覚による動きで、
意識そのものが安全で安心して、しなやかさへとシフトします。
その操法は、「からだ」が、「皮膚」を介して脳を調和に導きます。
思考で無理に変える必要はありません。
原始感覚を取り戻すと、
人生の選択が驚くほどシンプルになります。
「からだ」が悦ぶ選択――これが最も安全で自然な道なのです。
私たちの「からだ」は、
地球という巨大な生命装置の中で生かされています。
重力、潮汐、昼夜リズム、季節の流れ。
これらの宇宙的周期は、私たちの「からだ」にも深く影響しています。
例えば、背骨は単に骨の連なりではなく、
重力線の中心を通る“情報軸”でもあります。
背骨のわずかな動きは、神経系・筋膜・内臓の働きと共鳴し、
生命全体のリズムを整える作用があります。
呼吸は、宇宙との最も直接的な交流です。
吸えること「息」という単純な動きの中で、
私たちは絶えずエントロピー(乱れ)を減じ、
宇宙の秩序をも維持しようとしています。
「新重心理論」に基づく「操体」で「憶の快」に動くとき、
背骨の軸は整い、呼吸は深まり、意識は一瞬にして調和し、
内部と外部の「宇宙的リズム」が揃っていきます。
「憶の快」は、単に気持ちいいだけの感覚ではありません。
それは、生体が宇宙の調和点と一致する場なのです。
「からだ」は、宇宙のリズムを忘れていません。
ただ、私たちがその声を聞かなくなっただけなのです。