投稿者: karib_sotai

  • 将棋?

    通勤電車中、JR山手線の吊革につかまって本を読んでいたら、前に座って将棋の本を熱心にながめていた男の子が、突然立ち上がって私に席を譲ってくれようとしている、一瞬何が起こっているのか把握できずに戸惑っている私がいました。ーーーーなにしろ初体験でしたのでーーーーありがとう!とてもいい子でした。

    唐突ですが、私は、羽生善治という棋士がなぜか好きです。将棋はほとんどわかりません。しかし、彼の話、彼のことについて書かれた本を読んでいると、とても心地よいのです。
    以下は、保坂和志著 「羽生(最善手を見つけ出す思考法)」 光文社知恵の森文庫 からの抜粋です。少し長くなりますがお付き合いください。
    将棋は日本固有のゲームである、という言い方はマイナスなんだと羽生は気がついた。
    ではどうすれば、将棋環境の保護を解き、将棋を開くことができるか?羽生が見つけた答は、将棋が他のジャンルと同等の、きちんと考え、論ずるに値するゲーム=ジャンルなんだという了解を作り出すということだった。
    人は将棋を指しているのではなくて将棋に指されている。一局の将棋とは、その将棋がある時点から固有に持った運動や法則の実現として存在するのであって、棋士の工夫とはそういった運動や法則を素直に実現させるものでなければならないし、そのような指し方に近い指し方のできたものが勝つはずだ。
    将棋というゲームの奥行き、広がりは、個人の人生よりもはるかに大きい。したがって棋士は棋風という個人のスタイルを持つのではなくて、スタイルを乗り越えて、持てるものすべてを投入して、将棋の法則を見つけだそうとする必要がある。そのとき、これまで常識とされてきたすべてのことが再検討の対象となる。羽生善治の将棋が、将棋の常識をただ身につけていくのではなく、自分なりの言葉で丁寧に考え直す作業を通じて熟成していったものなのだということが理解されると思う。

    羽生は自分から大局観という言葉を使わない。・・・・また大局観という将棋言葉から離れて、自分なりの言葉で〈形〉と言ったり〈流れ〉と言ったりする。〈形〉と言っても〈流れ〉と言っても、人にじゅうぶん伝わるわけではないが、それでも羽生にとっての゛大局観゛の構成要素がなんなのか、少しは゛言語化゛される。「少し」ではあっても、大局観という言葉をそのまま使いつづけることと、構成要素を別の言葉に置き換えることとには、態度として大きな差がある。それは羽生が、自戦記で対局中に考えていたことをかなり率直に書いたり、感想戦でも惜しげもなく自分の読み筋を披瀝することとも共通する。そういうことすべてを通じて、羽生は自分の将棋観を人と共有し、将棋に関して言語化されていない部分を減らしていこうとしているのだと思う。

    長々と引用しましたが、我らが師、三浦先生と通ずるところがあるとおもわれませんか?!フォーラムに、講習に参加したことがない方、ぜひ一度いらしてみてください。惜しげもなく、すべてを披瀝してくださる師がきっといらっしゃるはずです。

    つたない文章にお付き合いいただきありがとうございました。次は岡村さんです。お楽しみに!

    鵜原 増満

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  • ある老夫婦の話

    若者からみると不思議な不思議な老夫婦・明治末生まれと大正始め生まれのカップル・のお話です。
    先日明治生まれの夫が99才で大往生をとげ亡くなりました。ある日突然トイレで立てなくなり、それから寝込んで約一ヶ月自宅でひっそり息をひきとったそうです。夫は大変健康な人で医者に罹ったことがありませんでした。亡くなった時お骨は99才とは思えない若々しさ、喉仏は稀にみる高貴なお姿だったそうです。晩年は、新聞を読み散歩をし、妻の作った食事をし、という毎日を過ごしていました。
    二人はお互いの裸を見たことがない、手をつないだことがない、勿論キスなんてもってのほかと、妻が少々恥かみながら話してくれました。夫は万年青年!腰の低い学者、俗世間を超越して生きて来た方という印象でした。稲の研究者だったそうです。余程の家族の理解がないと出来ないであろうストレスのない生活と思われます。
    そんな生き方をしてきた夫ですから家計は火の車、妻が頑張るより仕方なかったのです。妻は病気であろうと気分が悪かろうとやむを得ず夫の要求を満たして生活してきたのでしょう。妻にしてみれば辛い時も多々あったと思います。が、夫に鍛えられたお陰で、重い荷物を持って腰が砕けてしまいほとんど寝たきりの生活を強いられた時でも彼女は、自力でトイレへ行っていました。そんなほとんど寝たきり状態の時妻は、辛さのあまり嫁を非難することもありました。その頃の妻の口癖は「感謝はしてますよ。感謝はしてますけれど・・・」でした。一年経ち、自力であるけるようになって彼女の言葉が変わりました。心からの感謝が伝わってくるようになりました。
    この夫婦に5人の子供がいました。長男が、6才の時疎開で親元から離れ、戻って来たときには人が変わっていたのだそうです。彼は元に戻れないぐらい病んで帰ってきたのでした。一生親を赦せなかったのでしょう、死ぬまで親を恨みお父さんお母さんと呼べなかったといいます。大人になって飲んだくれになり50代なかばで死ぬまで夫婦二人で面倒をみたそうです。昨年の8月の長男の13回忌まで生きていなければと寝ながら念じていた妻。それも果たし、夫も見送り、今はなにを想って生きているのでしょう?
    また素敵な明治生まれの男性が一人いなくなりました。

    鵜原 増満

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  • シモン君の話

    微笑ましい福岡の秋穂さんのご家族、お二人目のベベちゃんも無事生まれ育ちますよう!今週は梅雨の東京から鵜原が担当いたします。

    今日は三浦先生が可愛がってくださっている猫のシモン君のお話をしようと思います。

    シモンは、横浜の自然が沢山残っている保土ヶ谷区というところで生まれました。シモンのお母さんは、彼らを生んだ時子供のような小さい猫でした。きっと初めての出産だったのでしょう。
    時々、餌をねだりに来る小さな野良猫、しかしカリカリの餌を出しても食べようとしません。缶詰の大きな塊を出してみたら、大きな口をあけくわえてすぐどこかへ行ってしまいます。そしてしばらくするとまたやってくるのです。
    少し馴れてきてからわかったのですが、4匹のお母さんだったのです。そのうちの一匹が後のシモン、一番の甘えん坊でした。
    自然が多いわりには車の往来のはげしいところでした。民家はあまりありませんがゴルフコースありテニスコートありというところだったのです。ある日の早朝シモンは道路を横断しそこなって車にはねられてしまいました。どうやら下半身をやられたようです。なにしろ生粋の野良猫ちゃんだったので人間には捕まりません。近くのクラブハウスへ逃げ込みました。やっとのことで捕まえ動物病院の先生のところへ連れて行くことができました。お金があまりないのでなんとかよろしくと先生に頼み込み、テニス仲間からカンパしてもらい1ヶ月入院しました。
    いよいよ退院出来る日がやってきました。シモンは1ヶ月の間にからだも大きくなりすっかり飼い猫に変身していました。後遺症がでるかもしれないとの先生のお話でした。これからどうしたらいいのだろうか、悩みに悩みました。
    思い切って三浦先生相談申し上げたら、しぶしぶというか無理やりというか、引き受けてくださったのです。本当に感謝、感謝です。後遺症も出ていないようです。三浦先生のおかげです。シモン、いい人にもらわれて良かったね!
    シモンの兄弟は皆交通事故で死んでしまいました。お母さんも姿を見せなくなりました!!!シモン、みんなの分までしあわせに生きてください。

    鵜原 増満

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  • 水の力

    福岡は現在大雨・洪水警報発令中です。部屋の湿度計を見てみると軽く80パーセントを超えていました。軽く岩盤浴にでも入っている気分だ。そういえば「からだの70%は水で出来ています。」と以前ポカリ○ウェットのコマーシャルで観た気がする。実際に フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』で調べてみると分子レベルで見ればタンパク質・アミノ酸・糖・ホルモン・コレステロール・ビタミンなど。また、デオキシリボ核酸(DNA)も細胞ひとつひとつに格納されている。そのうち水は体重の70%とされる。となっているので間違いないのであろう。とにかく水が我々のからだにとっていかに大切かということなのであるが、今日はこの水にもどうやら強い水と弱い水があるという話である。前回のフォーラムのとき釣りキチ中谷実行委員に「秋穂さんホントにうらやましい九州に住んでいるなんて・・・」と妙に神妙な面持ちで語りかけてきた。なんでだろうとよくよく話を聞いてみるとどうやら九州には中谷実行委員の獲物の雷魚という魚が生息しているようで彼に取っては大層魅力的な土地なのだそうだ。僕は釣りは小学生の頃にやったザリガニ釣りとカエル釣りくらいしかやった事がなく雷魚についての知識は皆無なのでその価値は理解出来ないのだが釣り好きの患者さんに話を聞いてみると確かに九州の一部の池や川には1メートルを超える雷魚が生息しているという事である。しかし、そんなお化け雷魚がつれる釣り場もどんどん減少しているそうだ。宅地造成や湖岸工事やらで自然な河川が減ってしまい。魚が住める環境がなくなっているのである。雷魚の住処として自然な隠れ家があり、えさになる小動物がいて、何よりも水が強くないといけないのだそうだ。水が強いというのも聞き慣れない言葉なのだが、強い水は自然に食物連鎖が起こり生態系が安定してる水のことらしい。以前スポーツフィッシングの愛好者がブラックバスをアメリカから持ち込み異常繁殖し元々日本にいた魚達が激減していると話題になっていたが、これもどうやらブラックバスの影響というよりは水の力が落ちて生存力の弱い在来種の方が減ってしまい、生存力の強いブラックバスが残ってしまったということなのだそうだ。うちの近所の公園にも大きな人工の池があるのだが、ここも人工というだけ有ってとてもきれいに整備され景観は素晴らしいのだが、残念な事に生命の息吹というものが感じられない。子供の頃に実家の近所の池にじゃぶじゃぶと入り込んでザリガニを捕まえていたときの水の感触とは明らかに違う。決してきれいな水とは言えなかったが、からだに纏わりつくような生きた水の感覚が確かに存在していた。ここ2〜30年の間に人間にとって住みやすい環境を作るためにどんどん自然の生態系を崩していると言う事になる。しかし考えてみるとこの自然の生態系の中には勿論私たち人間も含まれているのだから、いつかその報いを受ける事もあるのかもしれない。少し話が変わるが最近いろいろな水を売り込まれる。NASAが開発した純水から酸素濃度10倍の水、水素が入ってからだの活性酸素を除去する水。確かに完全に濾過されてきれいな水である事に疑いの余地はない。水は水だけにクリアーで味も素っ気もないのだが、どうやらからだに良い水なのだそうだ。それらの水とは全く趣が異なる水だが良く僕が水を汲みに行く井戸がある。知恵の水というなんともありがたいネーミングがわかりやすくて気に入っている。地域の方々から信仰され大切にされている所なのでその周辺の空気感もとても気持ちがいい。水自体は加工も何もしていない湧き水なので酸素が10倍も含まれているはずはないがとても水の強さを感じる。気持ちの良い環境で自分の手で汲んだ水を飲むという行為じたいが水に付加価値をつけているのかもしれないけど、これはこれで操体的で気に入っている。ここ最近、地球温暖化防止やら環境保全などのボランティア活動に触れる機会が増えて来た。この僕のからだが喜ぶ井戸の水や中谷さんが喜ぶ釣り場や昆虫好きのうちの娘が喜ぶ緑の森を少しでも未来に残せたらいいなと思う。僕が関与出来る事は極々わずかな事かもしれない。でも操体も操者が患者さんのからだに対して関与出来る事って極僅かだが、確実に変化は起こる。やはりやってみないとわからない。

    (写真は知恵の水を汲んでいる我が娘)

    一週間好き勝手に書かせていただいた私のブログも今日でおしまいです。読んでいただいたみなさん本当にありがとうございました。明日からは鵜原さんの出番であります。ここまで書いて「しまった昨日と今日のブログ内容逆だったら良かったのに・・・」とちょっと後悔。それではまたお会いしましょう 秋穂 一雄でした。

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  • WOMAN

    秋 「ナリくんの首の調子は?」

    ナリ「はい、昨日よりずいぶん良いですよ。」

    昨日の夜は夜寝ていても寝返りをうつ時に首の痛みで目が覚めることもあり、まだ午前中までは痛みが残っていたようだが、時間を経るごとに痛みが減ってきて、午後整骨院に出勤してくる頃には「少し痛みは残っているけど、普通に動けます。」 位までには回復して来たようだ。もう少しだナリくんのからだ、秋穂も応援しているぞ!

    話は変わりますが、最近「先生って、物凄く女性的ですよね〜。」と良く言われる。治療中の男子に触れられている気がしないのだそうだ。顔はジャニーズ系とは言われるが(自分で言っててこころが痛い)、どちらかというと男性ホルモンの方が濃度は濃さそうなのに・・・そう言えば自分自身の過去を振り返ってみても、幼少の身より、男の子の友達と遊ぶよりも近所のお姉ちゃん達とままごとをして遊んでいることの方が多かったし、どちらかというと「男子って下品で嫌よね〜。穢れてるは〜」とすら思っていた時期もあった気がする。成長するにつれて世間体というか、気恥しさもあって「九州男児たるものは・・・」などと勇んでみたこともあるにはあったが、やっぱりしっくりいかず妙に居心地が悪かった。僕のアイドルQUEENのフレディ・マーキュリーはボーイフレンドとガールフレンドを一緒に連れて歩いていたほどの本職だし、私の地元福岡はKABAちゃん、IKKOさんという2大スターを輩出したおかま天国でもあるので、「ひょっとして、あたし、オカマさんでしたの? 」(三浦理事長のブログより一部引用)なんて考えたりもしてみたが、どう考えてみても男好きだとは思えないのでおそらくはノーマルであろうと思う。(平成20年6月20日現在)しかし、女性的であると呼ばれるのは僕としてはとても嬉しい。男性的で活動的な波動を持つよりも、女性的な安らぎに満ちた柔らかい波動を持っていたいとも思う。これは僕の勝手な意見であるが、やっぱり老若男女問わず誰に対しても人を癒す能力は絶対に女性にはかなわないと思う。難しいことは良くわからないが、うちの奥さんやら周りの妊婦さんたちを見ていると特にそう思う。普段凶暴な(・・・時もある)うちの奥さんですら、お腹のベイビーに語りかけている姿を見ていると、渦状波(皮膚の操法)を受けている時のような柔らか〜い波動を感じる。昨日の夜、雨雲の切れ間から顔をのぞかせていたあの満月のように清々しくて柔らかい神秘的な光で包みこんでいる。そんな優しい波動を女性は持っている気がするのである。フォーラムの打ち上げでのお姉さまたちの男らしい飲みっぷりを見ていると今まで書いてきたことを訂正したくなることもたまにはあるが、「元始、女性は太陽であった」と誰かが言っていたように、今も昔も変わらずやっぱり女性は強いのだ。そんな女性に僕はなりたい・・・

    秋穂 一雄

    ジョン・レノン 「WOMEN」1980年

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  • 友を待つ ~WAITING ON A FRIEND~

    世の中いろいろ難しい事は多いけど、俺はただ友達を待っているだけなんだよ。という意味が有りそうで無さそうな歌詞が心にしみる1981年にローリングストーンズによって作られたミディアムテンポの名曲である。ブログ4日目にしてすでにネタ切れ状態の僕の心情を赤裸々に綴っているようだ。しかし本当に待っていれば友はやって来てくれるものである。昼休みに整骨院を抜け出して近所の美容室で髪をカットしてもらい快適感覚満点の僕の元にひとりの友が近づいて来た。「せんせ〜、首壊しちゃいました〜。」その男は通称ナリくん、とあるライブイベントに参加するための即席バンドでギターを弾いてくれたことが御縁でいつの間にやら仕事を手伝ってもらい、柔道整復師の学校にまで通っているという筋金入りの変わり者である。「今日、学校の柔道の時間に投げられて畳に頭から落ちちゃいました。」ナリくんの首は驚く程まっすぐを向いて微動だにしない。丁度ウルトラマンに出ていたジャミラのような見た目になっている。そんなやり取りをしている間に昼のお休みは終わってしまい何の手当てもしないまま午後の診療は始まりナリくんは可哀想に首に氷水をくくりつけたまま働いてくれていた。「ナリくん、頑張らなくていいからね。」と心の中で叫びながら午後の診療をおえた。案の定無理がたたってジャミラだったのがついにDr.スランプアラレちゃんのニコちゃん大王程にまで悪化してしまっていた。「おつかれさま、ナリくん・・・治療しとこうか?」「お願いします。」とにかく身動きが取れない状態だったので腰掛け坐位のまま診せていただく事になった。「ナリくん痛いところすいませんが僕の位置も聞き分けてね。」前後左右操者である僕の位置も聞き分けていただくとどうやら後方に位置するのが最も居心地が良いらしい。僕はナリくんの背後に回り背中全体を見てみると右の肩甲間部に巨大な膨隆があり右肩を上方に引き上げるとたまらなく痛いそうだ。身動きとれないのに動いていただくのは忍びないので先程の膨隆部に点で渦状波を当ててみた。「もし少しでも不快感があったらいってね。」始めのうちは快も不快もいまいち聞き分けられ憎そうでしたが、そのうち「そういえばなんだかからだ全体がいい感じっすね〜。」と表現はつたないが気持ちは良さそうだ。気持ちのよさが落ち着いた所でもう一度聞き分けてもらう。今味わった気持ち良さもう一度味わいたいからだの要求はある?「いや〜、もういいですね〜。ちょっと仰向けになってもいいですか?」さっきは横になれないといっていたのだから少しは変化があったようだ。前回のフォーラムの三浦先生のメインセミナー以降足関節周囲を良く見るようになった僕はナリくんの右足の内くるぶしにもむくみなのか緊張なのかビー玉位のしこりを見つけた。「これ痛い?」思いっきりつねるとナリくんは腰を大きく右へ捻転させるように逃げてみせた。「むちゃくちゃ痛いですよ。なにするんですか。」僕はそのまま手を触れながら「これもからだに聞き分けて、味わってみたい要求が有れば味わって、無かったらすぐやめるから教えてね。」するとナリくんは骨盤を大きく右に捻転しながら「うわ〜っ、これは腸が気持ちいいですよ。お腹と左の腿が気持ちいいです。」と教えてくれた。(補)ちなみにナリくんはソケイヘルニアを煩っており今日は朝から調子が悪かったらしい・・・ とここまでくるとナリくんにも快の連鎖が出来ているようでとても聞き分けがよくなって来ている。僕は頭上に移り頸椎を触診してみた上部頚椎の椎間関節の横突起周囲に強い硬結部位を触れた。「このしこりに触れとるけん、瞼は閉じたままで目線ば額の方へ動かしてみて。」痛い首は動かさず目線で聞き分けてもらう事にした。「これは頭いい感じですね〜。」ナリくんは額をさすりながら答えた。目線は上と右は快が聞き分けられたが、左は感覚はあるがからだは要求しない、下方では何も感じないという事だった。この辺りから首の硬結が緩んで来て、慢性鼻炎のナリくんの鼻がす〜っと通ってきた。「うお〜っ、めっちゃいいですよ〜。」もう少し気の利いた事を行ってほしいのだが、これだから素人は困る・・・「ナリくんもう少し続けさしてもらってもいいかいな?」オッケーがでたので今度はこれもフォーラムで三浦理事長がやっていた「あ」「い」「う」「え」「お」を発声して感覚を聞き分けてもらった。「あ」と「い」はいい感じだが、「う」と「え」は全く感じない。「お」は最初不快が出そうだったが、良く聞き分けると気持ちよかったということだった。「ありがとうございました〜ぁあああ。」まだ動かすと痛みは残っているようだが、本人曰くさっきより全然いいそうだ。ニコちゃん大王機動戦士ガンダムズゴック位までは軽減した模様。最後に最近ちょっと試している、不快な方向の動き(今回は右肩の挙上動作)を包帯で固定して変化が出るかを見てみたくて右肩をがっちり固定して帰ってもらった。気持ちよく休めているとよいのだが・・・結果報告は明日のブログで

    秋穂 一雄

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  • 未病医学のスズメ

    さて4日目になってやっぱり書く事がなくなってきた福岡の秋穂です。そこでネタ探しとばかりに机の引き出しを探っていると操体の講習を受け始めたばっかり位の頃に書いた文章が出てきました。読んでいると20代中盤のフレッシュな自分自身に還った気がしてなんだか懐かしいやら、こっ恥ずかしいやらで良いネタ見〜つけたという感じでした。この当時は東京都品川区整骨院に勤務していた頃です。この文章を読み直していてからだという単語が良く出てくることに驚きます。私自身の意識がからだにばかり目が行っていたのでしょう。若気のイタリーですね。

    「春は曙 やうやう著くなりゆく山際 少し明かりて 紫だちたる雲の 細く棚引きたる。」

    只今、僕の住んでいる東京は春真っ盛りです。普段貧乏暇なしを体言するかの如く、慌ただしく暮らしている僕もたまの休み位はのんびりと家の近所を散歩して公園なんかで「ボ〜ッ・・・」とした時間でも満喫してみちゃおうかな!なんて思える季節です。そんな時間を過ごしている内に公園の広場で2,3羽のスズメがチョコチョコと遊んでいる姿が目に飛び込んできました。「ストレスなんて言葉はスズメの辞書には載ってないんだろうね。」もっともストレスなんて言葉は、人間が勝手に作った言葉なのだから載っている訳はあるはけないのですが、大空を自由に飛び回る鳥達をみて「あ〜ぁ、鳥のように自由に空を飛び廻ってみたいな。」と考えたコトがあるのは決して僕やライト兄弟だけではナイじゃないはずです。

    当のスズメ本人?にしてみると「最近はアスファルトばっかりでミミズがいない!」とか「東京の空は排気ガスばかりで、飛んでるだけで羽根が汚れちゃうわ!」なんて事を考えたりもしているのかもしれませんが、そんなことは今回はさておいて本題に入っていきます。では、何故僕達は自由を求めるのでしょうか?元来、あまり賢い頭脳を持ち合わせていない僕が考え得る回答としては「日々の生活があまりにも自由じゃナイから・・・」といったトコでしょうか。とにかく何らかの形で自分にとって不自由な抑制力を与えられていると感じて、その現状に対して決して心地よいとは思えていない方が多いのかもしれません。以前にも書きましたが、操体の考え方の中心は

    「気持ちよいこと、心地よいことはからだを良くして、気持ち悪いこと、不快なことをすればからだは壊れる。」

    ですから、今の僕のように「私にもっと自由をくれ〜っ!!」なんて思ってしまっている状態では、様々なからだの不調が出てきてしまってもしょうがない話です。そもそも、からだと言うモノ自体「気持ちよいこと」と「気持ちの悪いこと」に関しては僕達の頭以上に精密な測定機能を持っているようで、自分のからだにとって具合の悪いモノが侵入してきた時の反射運動は頭で考えてても絶対に追いつけません。例えば食事の時に食べ物が気管に入ってきてしまった時に咳き込んでみたり、床に落ちている画びょうを踏んづけてしまったときにとっさに飛び上がってしまったり・・・ある面に置いては花粉や食物などの様々なモノに対するアレルギー反応もからだの無意識のうちの自己防衛反射のひとつといっても良いでしょう。からだ自体はこんなに素晴らしい機能を持ち合わせているのに僕達の意識下に置いては、その扱われかたと言えば本当に惨憺たるものです。からだは「眠たい」と言っているのに、仕事が終わらないからと言って徹夜をしてみたり、お腹は「もう満腹だよ」と言っているのにアルコールで麻痺させてまで食べてしまう。

    こんなことばっかりやっていて、いざからだが壊れちゃったときに「何もしていないのにからだが勝手に壊れた。」なんて言う人がいるんだからその人のカラダが可哀想で涙が出そうになってきちゃいますよ。折角からだは自分自身を守るためのチカラを持っているし、気持ちのよさを味わうことによって自然に故障を治すことだって出来る。あと、僕達自身がやらなきゃイケないコトは、このからだの有り難い本能を十分に活かすためにからだからのメッセージをしっかりと受け取ってカラダに対して最大限の興味を持ってあげるコトぐらいなのかもしれません。そして、自分自身率先して気持ちよく幸せに生活していけるように探し求め行動していくコトによって自らのからだを壊すことなく常に健康で快適な生活を送っていくことが可能になるのです。橋本先生も治療は下の下だ!といわれています。いかに健康を維持増進して病気にならないからだを作るかです。みなさんも一緒に未病医学の大空に羽ばたいて行きましょう! 

    秋穂 一雄

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  • まだ見ぬ我が子との対話

    最近、妊娠中のうちの奥さんのお腹のサイズが尋常では無いと思ったら早くも十ヶ月目に入り臨月を迎えていた。普段から毎日のように「操体やって〜」と足を投げ出してくる奥さんに(注 うちの奥さんの中では操体とは足趾の操法のことである。)嫌々ながらではあるのだが足趾の操法を通していた。その甲斐もあってか、奥さんはあまりつわりもひどくなく、特に「あそこが痛いここが痛い。」と口にせず、平穏な妊婦生活を送っていたのだが、この所さすがに突き出たお腹が余程重たいとみえて、動きも極めてスローリーになり、口癖も「どっこいしょ!」と口にする事が多くなってきている。なによりも一番大変そうなのがお腹の中のならず者の存在らしい。朝晩関係なくお腹の中でブレイクダンスを踊っている様子で一度踊り始めたら誰にももう止められないのである。先日あまりの奥さんがキャーキャーと騒いでいるのでお腹に手を当ててみたら思いっきり手を蹴られた。産まれる前から積み木崩しなんて将来が本当に思いやられる。さすがにこんなに蹴られていると知ったら奥さんが可哀想に思えて僕の方から「あし揉んどく?」と優しく声をかけてみる。うんうんと二、三度頷きながら奥さんは仰向けに足を投げ出した。始める前に投げ出された足を良く観察してみる。良く見慣れた足相ではあるが最近特に内くるぶしの辺りがボッコリと膨らんでいる。足底からゆっくりと揉み始めた。ユッサユッサと揺れるお腹を眺めながら足趾の操法は続く。足底から土踏まずをまんべんなく揉み、内くるぶしの辺りに差し掛かった時奥さんが不意に口を開いた。「うぁ〜っ、そこ気持ちぃ〜ぃ。」気持ちの良い所は満足するまで味わって貰わないと罰が当たるので「気持ちいいのが消えたら教えてね。」と十分間位揉み続けていた。「ああ〜気持ちよかった。もういいよ。」すっかり満足した奥さんは終了の合図をしてくれた。ほっとした僕は内くるぶしを押さえたまま足底の揉みの操法を納め「もっと早く切り上げてくれればいいのに・・・」なんて思いながらも、「なんか動きたくなったら自由に動かしていいよ。」と内くるぶしの皮膚に手を触れたまま脱力した奥さんの様子をうかがっていた。「ちょっと動いてみていいかいな。」動診嫌いの奥さんが足をもぞもぞ動かし始めた。両膝が屈曲して来てゆっくりと左右に揺れている。僕は邪魔にならないように内くるぶしに手を当てたまま、奥さんの動きに付いて行っていた。内くるぶしに当てた両の手を両膝が挟むような姿勢になるので一見窮屈そうなのですが重心移動さえ間違えなければ両手関節の内旋をしているみたいで気持ちがいい。しばらくふたりで気持ちよさを共感していると突然グゥルンとお腹の中のならず者が動いた気がした。「あっ、赤ちゃんも操体しようよ。」奥さん曰くお腹の中で何やら伸びたり縮んでみたりしている模様。ふたりで味わっていたつもりがどうやら三人で味わっていたようだ。これ以降お腹の中のならず者は大人しくなりましたと書く事が出来れば素晴らしいのだが、そうは問屋が卸さないらしく、今でもやっぱり荒くれている。やっぱり将来が心配だ。ちなみにうちのお腹の外のならず者の4歳の娘は、最近足揉みを覚えて、僕が足を投げ出していると気分が乗れば足を揉み揉みしてくれる。天性の才能があるのか僕よりも断然筋が良い。これはこれで将来が楽しみだ。

    馬鹿親日記 秋穂一雄

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  • 雨の記憶

    このところ梅雨らしい天気が続いている福岡の秋穂です。

    雨の降る季節になると毎年私の脳裏をかすめる恐ろしい記憶があります。
    「雨の日に自転車に乗るとパンクする。」
    これは風が吹くと桶屋が儲かるみたいなものなのですが、以前私がメッセンジャーという自転車に乗る仕事をしていた時に自然に刷り込まれたマーフィーならぬアッキーの法則なのです。ご存知の方もおられるとは思いますが、メッセンジャーというのはバイク便の自転車版、会社からメールをお預かりして
    自転車にで相手先の会社までお届けするという自転車に乗った飛脚です。メッセンジャー達は少しでも早くお届けできるようにとタイヤの細い競技用の自転車(ロードレーサー)に股がり車道をカッ飛んでいくのですが、慣れないうちは雨が降ると路面が滑りやすくなるのでとても危険になります。「怖いなー。」と思っているといつの間にやらからだ中に力が入ってしまってうまく重心移動が出来なくなってしまいます。だからちょっとした段差でもバランスを崩してしまったり、ブレーキをかけた時に滑ってみたりとスタントマン顔負けの路上での転倒劇を繰り広げてしまうのです。しかし転ぶからパンクするという訳ではありませんまだ続きます。ロードレーサーという自転車は競技用というだけにかなり繊細に出来ているようでちょっと転んだだけでも、タイヤのホイールが歪んでみたり、ブレーキの当たる位置が微妙にずれてきたりするのです。そうするとブレーキは本来タイヤではなくリムという金属部分に接触するのですが歪んだ自転車はタイヤのゴムの部分にブレーキパットが触れてしまいバンッ!という爆発音を轟かせてパンクしまた転倒するというお粗末な連動性を起こしてしまうのです。やっぱり自転車もバランスが保たれているから正常に走れているんだと無理矢理操体よりに話を戻します。からだのバランス感覚というのは極度の緊張状態では全くといっていい程制御出来なくなることを身をもって体験出来た良い経験でした。恐らく精神的ストレスを受けてボディーが歪むというのもこういった状態なのかもしれないです。患者さんで痛みが出るのが怖いからといって極端に不自然な姿勢をして歩かれている方を診させていただく事があります。元々は膝の痛みや腰の痛みを逃避して不自然な姿勢を作ってしまうのですが、いつの間にやら不自然なままからだが慣れてしまっているようにも見受けられます。人間の感情の中で最も人に影響しやすい感情は恐怖心だといいます。またこの恐怖心を打ち消す事が出来る感覚は安らぎであり快適感覚以外の何者でもないのではないかとも思います。その証拠に?この雨の日のパンクはちょうどこの仕事をしていたのが三浦先生の講習会を受講して操体漬けの生活をさせていた頃だからか自転車の調整が上達したからなのか、雨に対する恐怖心を克服したからなのかはわかりませんが徐々にパンクをする回数は減って来て仕事になれた頃には「雨の貴公子秋穂君」と呼ばれるくらいに絶妙のバランス感覚の持ち主になったとかなれなかったとか・・・でも体調はびっくりする位に良かったですよ。

    秋穂一雄

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  • 父の日

    ついに2周目に突入いたしました博多の秋穂です。

    この週末は宮城内陸地震の衝撃的なニュースで日本列島が悲しみに包まれていました。当フォーラム顧問今先生を始めこの度の震災で被災された皆様が1日も早く落ち着いた生活に戻られる事を願っております。

    5月15日の日曜日、そう今日は父の日です。
    今日は奥さんと娘をつれて奥さんの実家へ父の日参りをしてきました。この義理の父は偶然に私の操体の患者さん第一号になっていただいた人です。まだ私がフォーラム理事長三浦先生の講習会に参加して勉強させていただいていた頃お付き合いを初めて間もなかった奥さんのお宅へ初めて挨拶をしに行きました。カッチカチに緊張しつつ初めて両親との食事をしているときの事でした。

    義父「ところで秋穂君今仕事は何をしているの?」

    秋「え〜っ、今操体というものを勉強させていただいています。」

    義父「面白いね〜その歳(当時29歳)まで勉強とはたいしたもんだ。
       その操体っていうのはそんなにいいもんなのかい?」

    秋「勿論です。気持ちのよさを味わっていただく事で、からだの歪みを正して
      症状疾患を取り除くという素晴らしい未病医学です。」

    義父「最近、良く足がつるようになってしまったんだけど何とかならないかい?」

    私は足趾の操法をいくつか通させていただきました。

    義父「気持ち良いね〜。足が本当に軽くなったよありがとう。」

    無事に初対面の挨拶と初操体を終えてほっと胸を撫で下ろしていたある日、突然電話に連絡が入りました。

    奥さん「大変なのお父さんが脳梗塞で倒れて病院に入院しちゃた。
        意識は戻っているんだけど、麻痺が残っちゃうらしいの、
        本当にどうしたらいいかわからなくて・・・。」

    秋「本当にどうしたらいいんだろう・・・」

    僕は三浦先生に相談しました。

    三浦「んだなぁ、まずなるべく早くからピンセットで麻痺した所の皮膚を
       刺激してやれ。しばらくすると反射で動き出すから。
       それから、頭皮がこわばってると思うから、皮膚に渦状波だな、
       それと良〜く目を見てみろ動きが悪くなっているから。」

    早速、私は病院を訪ねて集中治療室から出たばかりの義父を見舞いました。薬が効いて意識のもうろうとしている義父に操体の先生からアドバイスを頂き出来るだけ早くリハビリを始めさせて欲しいという旨を伝えて右手をピンセットでつまみ始めました。最初はうんともすんとも反応が出ず不安を抱えながらではありましたが、「三浦先生がいわれた事だから間違いはない。」とただひたすら麻痺側の皮膚をつまみ続けました。どの位たった頃かは忘れましたが、突然義父が「お〜っ、手が勝手に動くぞ。」と陸につり上げられた魚のように右手をバタつかせ始めました。しばらくピンセットでチクチクしたあと、頭皮と瞼の硬結部に渦状波を当てて、義父がすやすやと眠りについた所で終了しました。この日からしばらく病院に通いピンセットを続けていたら同じ病室の患者さん達にも「へ〜っ、脳梗塞にはピンセットが効くんだね〜。」とちょっと勘違いされながらもみんなでチクチクしていました。後日義父が話してくれたのですが、このピンセットで刺激しているうちに麻痺して感覚すらない手が動いた事という事で、リハビリをまじめにやれば動くようになるんだと確信したのだそうで、それからは病院のリハビリも脳トレもまじめにやるようになったそうで、なによりも意識の在り方が変わったという事を本当に喜んでいただきました。本人の努力のかいもあって今では若干の握力の低下は残っていますが、好きなゴルフを楽しめる位に回復されています。それともうひとつこれは偶然だと思うのですが、倒れる前に足趾の操法をやっていた足には全く麻痺が現れなかったということで、義父は心底操体を受け入れていただき、今でも家に行くと早くやってくれといわんばかりに「いや〜操体法は本当にスゲ〜よな。」と迎え入れていただきます。

    操体の臨床は恐ろしく奥が深い(懐も深い)。皮膚へのアプローチにしても患者さんのその時の在り方によって縦横無尽に変化してくる無限の可能性を持っている。そしてその無限の可能性の探求者が橋本先生であり三浦先生なのだと思う。明治維新の立役者西郷隆盛は「西郷という男はどれだけ大きいかわからぬ。釣鐘の様な奴で、小さく叩けば小さく鳴り、大きく叩けば大きく響く。こちら次第に応ずる。得たいの知れない大人物さ。」として坂本龍馬に解釈をされているが、三浦先生も操体の質問を投げかければ初学者にはわかりやすく、熟学者にはより理解を深めるように課題を含めた回答を返してくれる。たまに博多の私の整骨院操体を学びたいといって見えられる方がおられるのですが、僕はそのような方にも「出来れば東京に行って三浦先生の講習を受けた方がいいよ。」と勧めています。それは私自身が操体を三浦先生の元で学ばせて頂いて本当に良かったと思っているからにほかなりません。フォーラムに参加されているかたで「何を質問すればいいのかしら〜。」なんて出し惜しみしている方、もったいないので是非どんどん質問してみてください。必ず良いお土産を持たせてくれると思います。

    最後になりましたがこの場を借りて私達操体を学ぶものの「操体の父」三浦理事長にもお礼をさせていただきたいと思います。いつもいつもご迷惑ばかりかけて申し訳ありません。少しずつでも三浦先生のような操体法指導者に近づいていこうと思いながらも、至らない事ばかりで歯がゆい思いばかりされているのではないかと思います。自分でいうのもなんですが、本当に出来の悪い教え子ですので、なるべく先生には元気で長生きしていただいて、生涯「馬鹿ちん。」と叱っていただかなければいけないようであります。私たちに操体の学び方を教えていただき本当にありがとうございます。

    秋穂一雄 

    東京操体フォーラム実行委員ブログ(仮)は
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