投稿者: karib_sotai

  • サッカーW杯との出会い

    こんにちは、ブログ2日目です。
    サッカーのW杯はスペインの優勝で終焉。スペインの皆様、本当におめでとうございます。
    それにしても、日本サッカーの健闘に感動!

    私は、テレビを持ってないので、パソコンから流れる3〜4分遅れの、試合速報を読みながらの静かな応援でしたが・・
    それでも、十分に臨場感を味わえました。

    しかし、W杯がこのように身近なイベントとして定着したのは、つい最近のこと。日本が1998年のフランス大会に初出場する以前は、W杯がどのようなものか知らない日本人の方が多かったと思います。

    私が初めて、W杯のことを知ったのは、1982年。
    丁度、ニューヨークのダウンタウンにある、リトルイタリーを、当時つきあっていた彼女と歩いているとき。

    突然、頬に国旗を描いた若い兄ちゃんが、イタリアの国旗を付けた車や、オープンカーに乗り、クラクションを鳴らし始めました。
    とにかく、うるさい!
    「いったい何事なの?」
    「あっ〜、多分ワールドカップでイタリアが優勝したのよ!」
    「何それ?」
    「あなた、ワールドカップを知らないの?私でも知ってるのに!」
    「全然!」

    確かこんな会話をしたように思います。
    彼女は、日米のハーフでアメリカ育ち、日本語は出来ません。それほどスポーツが好きではないけれども、ワールドカップクラスの大イベントは知っているわけです。
    1930年には米国は3位になっており、今大会まで6期連続で出場している世界ランキング14位の強豪国。
    野球やアメリカンフットボールほどの人気はないけれど、アメリカ人ならば、ワールドカップくらいは常識として知っている訳です。

    アメリカに於いて、サッカーは男衆にはそれほど好まれてはいませんが、女性・子供には人気のスポーツ。

    私が10年前に住んでいたペンシルベニヤではいたる所に、サッカー場があり、子供達がサッカーをしていました。
    スポ根のママ達は、からだをぶつけ合うアメフトよりも、サッカーのほうが安全という考えがあり、我が子のためには、サッカー!
    また、メキシコや南米からの移民が増えているので、益々米国のサッカー熱は上がっていくと思います。

    さて、その後ワールドカップに縁があったのは、4年後の1986年メキシコ大会。
    同年4月26日にはチェルノブイリ原発事故。
    まだベルリンの壁は崩壊しておらず、東からの情報が乏しいなか、6月上旬、私はベルリンに行くことになりました。

    当時、舞踏家・石井満隆氏の舞踏ワークショップに参加していた私は、石井氏がベルリンのクンストラハウスベターニアンに呼ばれるや否や、付き人となったのです。

    1986年1月21日に舞踏の創始者・土方巽氏が死去。
    同年、ベルリンで舞踏の大回顧展を行うことになり、大野一雄氏、田中泯氏らと共に石井氏は招待されました。

    当時のベルリンは、ご存じの通り、東ドイツの中央部に壁を巡らし、西ベルリンが存在し、壁を隔てて東ベルリン。
    質素な共産圏東ドイツの中に、きらびやかな西ドイツが不夜城のごとく輝いているという、不思議な世界。

    そんなベルリンでは、途轍もないハプニングに次から次へと見舞われながらも、石井氏の付き人として、何とか使命を全うしました。

    その時に知人のアパートで、たった一人見たのが、ワールドカップ。
    しかも、そのテレビは、東ドイツの放送しか入らず、白黒。コマーシャルのない静かで穏やかな画面に、アルゼンチンのマラドーナだけが強引に突っ走っていたのを覚えています。

    また、ベルリンのクロイツベルグというトルコ人労働者の居住地区のバーでは、アンチドイツの嵐。
    ドイツと対戦するチームならどの国でも応援するという、異様な雰囲気を味わうことになりました。
    かれらにとって、ドイツは単なる仕事の場。様々な偏見を受けながらの暮らしぶりが、その声援、血相に恐ろしいように映し出されていました。

    その年は、アルゼンチンと西ドイツが決勝。
    夜の静まりかえったアパートで、固唾をのみながらの一戦。
    西ドイツが得点すると、どこかしこから歓声、拍手。まるでアパート全体がサッカー場のような雰囲気。
    結局3対2でアルゼンチンの勝利となりましたが、
    ドイツにいながら、初めて味わうワールドカップの醍醐味でした。
    それまで、あまり興味がなかったサッカーに格別の思いを持つようになったのは、この一戦からだと思います。

    その後、私はチェルノブイリ原発事故現場に近いポーランドに行き、積み木パフォーマンスを行うのですが・・・これは、またいずれお話することに・・・・
    今日は、この辺でおしまい。
    お付き合いどうも有り難うございました。
                   では また あした!

    佐伯惟弘

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 矜持

    今先生、一週間お疲れ様でした。
    ほのぼのとした先生の描写に癒された佐伯です。

    それでは、今先生に代わってノー天気のおバカさんが、1年で1番暑い1週間を、時に涼しく,時に熱く語っていきたいと思います。
    お付き合いの程、宜しくお願いいたします。

    さて、いきなりではありますが、このブログ週間を自分探しに当ててみたいと思うのです。

    何を今更!

    と思われるかも知れませんが、操体の世界に飛び込み10年目。そして、新たに医療専門学校に通い始め、2年目。
    それ以前に、20年の芸術活動。
    未だに独立出来ず、フラフラ。
    一体何してんの・・・自分? 

    もう一度自分探しすることで、人生のグランドデザインを産み出すヒントが見つかるかも・・・
    と、のっけからギアをトップにいれ突っ走ってみたくなったのです!

    まずは、生い立ち以前に遡りましょう。
    私が生まれたのは、1954年(昭和29年)。四国・愛媛の山奥にある神社の社務所。
    まだまだ、戦後の香りが漂う、高度経済成長以前の胎動期。
    その頃、もっとも恐怖を感じていたのが、祖父。
    この祖父は、私の父・清明の父親。
    私の父は、結婚し養子として、野口→佐伯へと姓を変えました。
    ですから、普段はこわい祖父と出会うことはないのですが、正月などの祝い事では、どうしても会うことになるのです。

    この祖父も神社の神主(川上神社)。
    神社の境内ウラに古墳(7世紀中頃の終末期古墳)がありました。
    古墳は、道後平野を見渡すことのできる場にあり、その地に、川上神社は、伊予を統括していた河野通久によって移されたと言われています。
    応永四年(1396)のことです。

    その後、河野氏の衰退は著しく、土佐の長宗我部氏の侵攻の前になすすべ もない状態で、永禄11年(1568年)ついに長宗我部氏に降伏。秀吉により河野氏の所領は没収され、河野通直安芸国竹原に移り、河野氏は滅亡しました。

    河野氏が滅亡後も松山藩主・松平氏の祈願所となり、地域の氏神として今日に至っております。

    と書いて、初めて父方の家系を知ったのであります。
    とにかく、日本史が大嫌いで常に赤点・・・少年のころは、最も知りたくない分野。
    ひとたび知ると、とんでもない世界に入り込み,封じ込められそうな予感。
    何となくパンドラの箱だったのです。
    しかし、開けてしまいました!!!

    さあ前に進みましょう、そこで、思い出してきました。
    相変わらず、ノー天気でおバカさん高校生活をエンジョイしている私に、
    「野口の家系はのう、代々松山藩主を教えよったんぞ!(ちいとわ、そのこと自覚せい=少し自覚しなさい)」かっこ内は行間。
    と、見るに見かねて父親が一度だけ私に喋ったことがあります。しかし、それを言っちゃあ、おしまいです。
    そして、それを書いちゃもっとおしまい。

    まあ〜そういう訳で、おしまいになりました。
    で、前に進めないのですが・・・

    まあ〜とにかく・・・サイドブレーキかけながらでも、前に突っ走る!
    父親の家系には、400年以上神社を守り続けているという矜持が存在していました。これは、一種独特のものです。
    どうやら幼いなりに私はそれを感じ取っていたようです。
    その矜持が漂う祖父に、幼い私はとても怖くて近づくことが出来なかったのです。

    何しろ、白装束に白髪、胸元まで伸びる顎髭も真っ白。
    そして、めがね越しの眼光の鋭さ。

    私は、物陰にかくれて、祖父に会わないようにしていました。
    あの時の感覚は今でも生々しく私のからだの中に染みこんでいます。

    祖父は、愛媛新聞の編集長をしており、歯に衣着せぬ性格の持ち主。ある時、社内で起こった良からぬ事を摘発し紙面に記載。
    もちろん首(くび)となり、その後は、地元に帰り郵便局長として仕事を全うしたそうです。
    400年継承したサムライ魂。
    当時、このような魂をもった人々は数多くいたと思います。

    思い返してみると・・・・・いました(すみません、身内です)。

    末っ子である私の父親が最も尊敬し、怖がっていた長男の晃(あきら)叔父さん!
    この叔父さんが祖父の血を一番濃く引き継いだ人物だと思います。

    私の父親が一つ上の兄とけんかをし、父親が馬乗りになって、「ボカスカ、ボカスカ」。
    もちろん、子供の頃です。
    それを見ていた晃(あきら)叔父さんは、木刀で父親の頭を一撃。
    父親は、あわれにも失神。
    意識が戻ってきた父親と、兄を神棚の前に連れて行った晃(あきら)叔父さん。

    清明(私の父親)、すまん。」
    と、正座したまま、短刀を抜き出して,自らの左前腕部を斬りつけたのです。
    幸い、橈骨で短刀はとどまった為、動脈が切れるだけの重傷で済んだそうです。本人は本気で腕を切るつもりだったのだろうと思います。

    そんな晃叔父さんは、戦争に行っても部下を守るため、平気で上司を殴りました。晃叔父さんのお通夜の時、その部下の方が、しみじみと涙ながらに話して下さいました。

    叔父の数々の武勇伝は、私が幼い頃から聞かされており、私にとってヒーロー。

    私は、とてもこのような事はできませんが、祖父や叔父と同じ血が流れていることの矜持。
    これを忘れては、いけません。
    戦後、アメリカン・ポチ化して気がついてみると、家はツーバイフォーのアメリカ式建築、キンコーズマクドナルドが、一等地を買収。
    私の通う四ッ谷の一等地などは、アメリカの宗教団体に押さえられています。
    子供の体型もアメリカン様肥満が目立ち始めています。

    このままでは、1万5000年前から続く縄文文化を基礎とする日本文化がわずか半世紀で、アメリカンウィルスにやられてしまいます。

    とは言え、私一人で何が出来る?
    出来ることはあります!

    日本思想の源流・相似象を研究された医師・橋本敬三先生が、体系化なさり、三浦寛先生が確立されておられる操体
    この至宝とも言える操体の継承であります。
    矜持を持って、日本刀で腕を切る気概でやることであります。

    ここまで書いて自分探しが出来ている自分に気がつきました!
    ブログ初日で一週間分終了!!
    ・ ・・二日目はワールドカップの話にいたしましょう。
            では また あした!

    佐伯惟弘

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 骨粗しょう症のおばあちゃん最終回

    ねじる操法の次に片方ずつ手を挙げる操法をやりました。
    おばあちゃんは左手を挙げると左肩が痛く、右手の方が
    挙げやすいといいました。
    私は「こういうときはどうしたらいいですか?」と逆に
    質問をしてみました。
    そしたらおばあちゃん、「左を挙げるっ!」。
    私はガクッとづっこけ「ええっ、挙げやすい方を挙げるんじゃ
    なかったっけ?」
    「あっ、そうだったねぇ」と笑うおばあちゃん。
    みなさん、特におじいちゃんおばあちゃんは、わかったような
    返事をしてにこにこ顔でうなづいてもだめです。
    ほぼわかっていませんから。
    これが事件なのでした。

    そして今度は仰向けに寝てみてもらいました。
    おばあちゃんは寝て起きるときがすごくつらくて、起きるのが
    大変だと言っていたのでした。
    仰向けに寝るときも腰が痛そうでした。
    「アィタター」とからだを斜めにしてゆっくりと寝ました。
    寝てしまえば痛くないとのことでした。

    私は膝裏を調べてみました。
    コリは見当たりませんでした。

    首、肩、肩甲骨周囲と触診したら、やはり最初に気になっていた
    右肩甲骨と背骨の間のコリに手が止まりました。
    そのコリを軽く押したり皮膚をずらしたりしてみると、
    おばあちゃんは「押してもらうど腰まで効ぐねー」と
    驚いた顔で言いました。
    「こうして押したままにしていてほしいですか?」
    「はい、いい気持ぢで効ぐ感じだねー」と言いました。
    「いい気持ちがなくなったら教えてくださいよー」
    40秒程して、コリがメリメリほどけてくるのがわかりました。
    それと同時位におばあちゃんが「なぐなったねー」と
    私を見ました。

    「はい、ではそのまま少し余韻を味わっていてください」
    少ししてから「ではゆっくりと起きてみますか?」

    「起きるときにイデんだよね」と不安そうなおばあちゃん。
    「あらっ、あららっ、イデぐないぇ!」
    すんなりと起きて腰掛けて微笑みました。

    「腰じゃなくて肩が凝っていたんだね」
    「今までこの腕でたくさん働いたんでしょう」
    私はおばあちゃんのいっぱい働いた感じのする手を見て言いました。
    「んだねぇ」
    「コリに、ごくろうさまでしたねーと言って押しときましたから」
    「はい、ありがどうごじゃいます」
    「自分でも言うんですよ、からだに」
    私はおばあちゃんに教えながら自分も言うのを忘れているなーと
    すぐに感じました。
    「ありがどうごじゃいます」

    今 昭宏
    。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

    読者のみなさま、
    一週間、おつき合いをいただきましてありがとうございました。

    来週はみなさんお待ちかねの佐伯さんです。
    お楽しみに。

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 骨粗しょう症のおばあちゃん3

    「あそうだ、言うの忘れてたけど、あまりまじめに動くと
    効かないんですよーこれ」
    私は少し笑っていいました。

    おばあちゃんもつられてくすくす笑いました。

    笑ったら膝裏のコリが半分位消えてしまいました。

    私は右にねじる動きをゆっくりと誘導しました。

    おばあちゃんは、少し背中が丸くなっています。
    こういうときは後屈するのがツライ人が多いので、
    右にねじってから右肩を下げるように誘導しつつ
    少し前屈に導いてあげます。
    (これが良くないときは、右にねじって、前屈しなが
    ら少し左肩を下げるように導きます。(三軸操体参照)

    「どうですか、こんな感じにすると?」
    「これは、楽でいいですねー」
    「はい、そのままいい感じを味わってよー」

    この時、膝裏のコリはきれいに消えています。

    「いい感じがなくなったら、ゆっくりと元に戻ってください」

    「はい」
    30秒程してゆっくりと元に戻りました。
    「はい、一息入れてください」
    「これでさっきつらかった方に動いてテストしてみましょう」
    「どうですか?」
    「あら、腰いで(痛い)のがねぐなったねぇ!」
    「いやーたまげだねー」
    「こっちでなぐこっちにやったんだものねぇ」
    「はい、それに、自分でやったんだものね」
    「たいしたもんだー」

    おばあちゃんは、ほめられて上機嫌です。
    でも、この後事件が起こるのでした。

    つづく

    今昭宏

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 骨粗しょう症のおばあちゃん2

    私は、おばあちゃんにベットに腰掛けてもらい、
    操法をする前にからだ全体を調べてみました。
    首、背中、腰、膝裏、足と大雑把ですが、触診です。
    右の肩甲骨と背骨の間に大きなコリがあり、膝裏は右に
    コリがあります。

    おばあちゃんにやった操法は、まず腰掛けたままからだを
    ねじる動きのバランス調整です。
    私は右膝裏のコリが消えるかどうかを確認したりして動きを
    へらへらと誘導します。

    「ツライ動きがあったらやらないで、反対の動きを気持ちの
    いいようにやると良くなるんですよ」

    「はい」

    「こうしてこうしてからだを左右にねじるのはどんな感じですか?」
    ねじって見せる私。

    左右にねじって確かめるおばあちゃん。

    「しだり(左)にねじっと右の腰がいだいねぇ」

    「はい、ほら、この膝裏もゴリゴリになって痛くなるでしょう」

    「あららら、なんだべいでごだぁ!」と左にねじった
    格好でびっくり顔のおばあちゃん。

    「右にねじんのはいでぐねぇですか?」

    「うん、こっちは大丈夫だねぇ」

    「ほら、こっちにねじっているとこの膝の裏、ぜんぜん
    痛くなくなるでしょう。

    「あら、ほんとだー!」

    「だから、右にねじって気持ちのいい感じを味わえば
    コリがなくなってきて直ってくるってことですよ」

    「では、やってみましょう」
    「はい、右にねじってー、ゆっくりよー」
    「からだの感じが一番なのよー」
    私は右膝裏のコリを確認しながら言いました。

    おばあちゃんは、立派にロボットのようにキチンと
    右にねじりました。
    膝裏のコリはさっぱり消えませんでした。

    つづく

    今昭宏

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 骨粗しょう症のおばあちゃん

    今朝一番の新患のおばあちゃんは、なんと予約時間の一時間も
    前に治療室に着きました。
    私はこのブログに何かを書こうかなーと思って座ったところに
    ピンポーンときたのでした。(早すぎ〜)

    なので、このおばあちゃんのことを書いてみることにします。
    おばあちゃんは病院でレントゲン検査をしてもらったら骨が
    スカスカで骨粗しょう症になっていて、背骨も曲がっているので
    腰痛は治らないとお医者さんに言われたとのことでした。

    私は、
    「からだは骨の密度を低くして丈夫にしているんだよ!」
    「電信柱たって中が空洞でしょう」
    「コンクリートがギッシリ詰まっていると折れやすいんです」
    「木だって老木になると中を空洞にして強くなるでしょう」
    「人の骨もそうなんです」
    「良かったねぇ、骨粗しょう症になって」
    「丈夫になったんだもの」
    私はにこにこ本気で言いました。

    こんな話だけで、おばあちゃんの顔がさわやかになりました。

    「レントゲンで骨が少し曲がっていても普通に元気に生活して
    いる人がたくさんいるから大丈夫だと思いますよー」
    「ただ、つらい体操なんかをがんばってやっていると、なかなか
    良くなりませんけどねー」

    「あらっ、あだす(私)プールでありぐ(歩く)のをやってんだげっとも〜」
    「ちんな(昨日)もやってきたのっしゃ〜、ちぎ(次)の日がちらくて
    ちらくてぇ〜(つらくてつらくてぇ〜)」

    「ちらいことはしないようにして、気持ちよくプールで遊んで
    くればいいんだがなー」(少しナマル私)

    「へえ〜っ」

    「もっと早く直したければ、これからやることを覚えてください」

    そんなホントのお話をしてから操法をやりました。

    操法も大切ですが、操法に入る前のお話もとっても大切だなー
    と思いました。

    今 昭宏

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
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  • キュウリの神様

    6月はじめに植えた三本のキュウリの苗が順調に育って、
    昨日の夕方、最初の一本を収穫し味噌をつけていただきました。
    取り立てはみずみずしく歯ごたえもよくやわらかでうまいです。
    (キュウリがキライな人もいるようですが、、)

    今朝、畑のキュウリを見てみたら、また一本大きくなっていて、
    今日の夕方にはちょうど食べごろの感じでした。
    黄色いキュウリの花には、蜂さんがきてつぎつぎと受粉をして
    くれていました。
    蜂さんはきっと受粉してあげているつもりなどなく、ただ花の
    蜜がおいしいだけなんだと思いますが、、、。
    自然界はうまいこと出来ていますね。

    。。。。。。。。。。。。。。。。。

    ヒフミヨイムナヤコト、ヒフからはじまりますね。
    風水土植虫魚鳥獣十、昔の人はエネルギーの順番を
    ヒフミヨイ、、、と数えたんですね。

    キュウリの花に蜂さんが引き寄せられるのも、
    イの植物の次がムの虫とつながって流れるシステム
    になっているからかも知れません。

    こうしてみると、全体がひとつのサイクルになっています。
    ヒトは火十。
    全エネルギーに生かされてバランスを保っている姿ですね。

    昨日も書きましたが、
    「イノチを生かす働きそのもの」を昔の人は「神」と直観した、、。

    こう考えると、全体が「神」だったことに気がつきます。

    ヒトはキュウリという「神」をいただいて生かしていただいて
    いるんですね。
    いやはや感謝しないとハチにさされます。
    キュウリさんありがとう!。

    話がおもしろくなってきたところで少し軌道修正。

    ヒフは火風で「温かな風の流れ」。
    皮膚にもそんな感じがある気がします。
    温かな風の流れが滞っているとき、皮膚への働きかけで流れが
    回復して元に戻る。皮膚の操体
    こじつけですけど。

    今 昭宏

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 地球

    私はこの皮膚の操体DVDのジャケットの表面がお気に入りです。
    三軸操体DVDのジャケットもそうだったように、表面に地球を
    表現してみました。

    前回の地球は日本が見えなかったのですが、今回は日本が
    中心に見える写真です。
    そして、今回の地球はバックの色を黒にしてみました。
    これが地球の輝きを引き出してくれました。

    魂が宇宙から母体の自分に入ろうとしていた時、きっと
    こんな地球の美しさにみとれてホイホイ飛んでやって
    きたんだと思います。

    DVDの最後も、この地球の映像とともに音楽が流れます。
    大画面のテレビで見たら、地球の素晴らしさに圧倒されて
    感動する仕組みになっています。
    簡単な歪みだったらこれを見ただけで消える予定です。

    以前も書きましたが神人さんという人は地球が「神」だと
    言います。そして太陽も月も、、、。
    私もなんとなくそう感じます。
    「イノチを生かす働きそのもの」を昔の人は神と直観したの
    かも知れません。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・
    美しく 水が輝く 地の球の
    皮膚で味わい 楽しみタマへ
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・
    ここまで書いたら三浦先生から電話をいただきました。
    ありがたいものです。
    先生は皮膚の操体DVDの感想として、皮膚への刺激と接触の
    違いを話して教えてくれました。
    私の知識では接触も刺激のひとつなので、最初はすんなりと
    理解できませんでした。
    言葉って難しいですね。イメージが違うんですね。
    今日も三浦先生の皮膚に対する熱い想いがひしひしと伝わって
    きてとても嬉しかったです。
    私の皮膚の操体は、まだまだ始まったばかりですのでどうぞ
    長い目で見守ってあげてください。三浦先生。

    今 昭宏

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体セミナー in スペイン」開催

  • 皮膚の操体DVD

    小代田さんの心にしみる素敵な文章に続きまして、
    操体の故郷仙台より発信させていただきます。
    私の順番がやってきますと、なぜかタイミング的に本や
    DVDの発売時期と重なり、宣伝文が多くなる気がいたします。

    今回も、つい先日「皮膚の操体」というDVDを作りまし
    たのでここで少しだけコマーシャルをさせていただきます。

    まず、どうして皮膚の操体を表現したのかといいますと、
    日々の臨床で、試行錯誤を繰り返しながらではありますが
    皮膚からのアプローチを行う頻度が高くなってきているのと、
    何と言っても皮膚の操体は不思議なことがいろいろと起こる
    ので面白いからだと思います。
    このDVDでも不思議な動きが映しだされています。

    DVDは、仙台操体講習会の受講生の5名の方にモデルに
    なっていただいて実際に皮膚の操体の臨床を行っている
    場面が収録されています。
    カメラはほぼ固定で全体像のみの映像ですが、操法全体の
    雰囲気や流れがそのままつかめていい感じだと思いました。
    (細かい手の位置や手の使い方が見たい人にはお勧めできません)

    それから、音声がカメラ付属のマイクで録音されているので、
    声が小さい感じで聞き取りにくい所がありましたので、
    会話の所々にテロップを入れて編集してみました。

    実はこの映像、受講生にはリハーサル撮影ということで撮った
    のでした。
    そうしないとみんなが緊張してしまうと思ったからです。
    ですので練習気分で気楽に撮ることができてとても良かったです。
    でも、私は最初からこのリハーサル映像をDVDにするつもりで
    いましたからそれはそれはハラハラしました。
    もちろん一番緊張していたのがウソつきの私でした。

    つづく。

    ここでDVDのサンプル映像(Youtube)も見られます
    http://soutai-kon.com/dvd/dvd03.htm

    今昭宏

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体セミナー in スペイン」開催

  • 車屋のお兄さん

    こんばんは、今週も残すところあと2日。一週間お疲れ様でした。今回のブログもいよいよ最終日になりました。なぜか終わりに近づくと名残惜しくなってしまう不思議なこのブログ。ラスト一日、今日もここ富士山の麓からお届けしたいと思います。

    昨日は徒然草のはずが、少し力が入り過ぎてしまいました。柄にもなくというか、ついというか、実はこんな所もある小代田です。
    ということで?最終日は、少しのんびり、最近感じたことを書いてみようと思います。

    先日車のエアコンが壊れました(今年はエアコンに縁がない私です)。この暑さ、もう灼熱地獄のような毎日。原因はエアコンのスイッチがなにやら壊れてしまったようなのですが、どうにか直るとのこと。是非と修理をお願いしました。

    部品が届いた次の日、仕事を中抜けさせてもらえることになり、急遽修理をお願いすることになりました。この時期は車検や修理の車が多く、今日と言うのは少し難しいかな…ということでしたが、お店の方の計らいで(ありがたい)どうにか当日直していただけることになりました。

    強い西日にやられながら着いたディーラーさんの中は、天国のような涼しさ。私の車は無事修理に向かいました。

    涼しい店舗の中、出して頂いたアイスコーヒーを飲みながら、持ち込んだ仕事を快適に進めていました。
    仕事がひと段落ついた頃、ふと外に目をやりました。するとちょうど私の車が修理されている所でした。一人の技術者の方が暑い中、一生懸命に、そして丁寧に、私の車を見てくれていました。

    しばらくたった頃、技術者のお兄さんが修理の完了を告げにやってきました。
    外に出るときちんと修理してもらい、キレイになった車がありました。何だか少し誇らしげです。

    急なお願いをしたのに関わらず、最後まで丁寧に笑顔で見送ってくれたお兄さんを背に、何だか嬉しい気分で会社に向かいました。

    普段社用車として自分の車を使っている私は、車を会社にずっと置いてあることもあり、あまり車に手をかけていませんでした。もともと車に対して無頓着な私。「車は乗れれば良い」というタイプ。定期点検以外は自分で車に気を配ることもなく、普段これといった手入れをすることもありませんでした。

    そんな私ですが、帰り道、車を走らせながら直して頂いたエアコンだけでなく、車の調子が良いことに気がつきました。なんだか全然違う〜。「少し手入れしてもらうだけでもこんなに違うんだぁ」。ちょっと感動しました。さすがプロですな。

    それと同時に普段手をかけていなかった車に申し訳なくなりました。ごめんね。これからまめに手入れするからね。洗車もするし、大切に乗るからね。
    気づいたら「あんなに丁寧に一生懸命見てもらった車なのに、自分が大切にしないなんて申し訳ない」という気持ちになっていました。

    そんなことを考えていたら「きっと患者さんもそうなんだろうなぁ」なんて思い始めた。

    生まれながら「自分のからだを大切する」って事を知ってる人ってどれくらいいるのかな?
    自分で大切にするようになるのは、例えばからだについて学んだり、スポーツを通して知ったり、病気を通して学んだり、何かきっかけがあって学習してきたような気がする。

    でも生まれながらそれを知っているような人もいる。その違いは何だろう。

    そう考えた時、それはきっと「その人のからだを変わらず大切にしてきた誰かがいたからなんだろうなぁ」とふと思った。

    自分のからだって、やっぱり自分のからだだから、頭ではからだを思っているつもりでも、気がついたら自分の欲で使ってしまっている。私のからだなのだから多少無理させても大丈夫、なんて。

    でも私の車のように、誰かが大切にしてくれていることを知ると、自分も大切にしなければと不思議と素直に思える。

    じゃあ、なかなか自分のからだを大切にできない患者さん、その患者さんのからだを私が同じように大切に扱ってあげたら良いのかな。そんな事を考えた。

    もしかしたら誰かのからだを大切にするばかりで、自分はそうしてもらっていない人が多いのかもしれないな。そんな事を思った。大人になる程そんな人が増えるのかもしれないな。それなら私たちが患者さんのからだを大切にしてあげれば良いんじゃないかな。そんな事を考えながら車を走らせた。

    お兄さんに良いこと教えてもらっちゃったな。何だか嬉しいな。ありがとう。

    綺麗な夕焼けの中、快適なドライブを楽しんでいた。しばらくするエアコンを直したはずなのに暑いことに気がついた。しばらくエアコンなしで過ごしていた私は、いつものように窓を開け、エアコンをつけていないことに気がついた。なんてお間抜け。自分でちょっと笑ってしまった。
    エアコンのスイッチを入れてみる。入った!待ちに待った冷たい風が出てきた。何ていう極楽、嬉しいな。一人車内で最高の笑顔の私。
    その後エアコンが直ってご機嫌な私は、きっちり窓を閉めてエアコンの風を楽しみながら帰りの道を急いだのでした。

    さーて、そろそろ今回のブログは終わりにしたいと思います。皆さん、一週間ありがとうございました。これからきっとますます暑くなりますね。からだに気をつけてお過ごし下さい。

    来週からは杜の都、仙台より今先生です。よろしくお願い致します。

    秋のフォーラムまで少し時間がありますので、次皆さんにお会いするのは京都でしょうか?それともスペイン?!!
    それまでどうぞお元気で。

    では、皆さん長らくお付き合い頂きありがとうございました。一週間の感謝を込めて。

    小代田綾

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体セミナー in スペイン」開催