投稿者: karib_sotai

  • おはようございます。

    早いものでもう約4ヶ月が過ぎ、ブログの担当がまわってきました。
    この4ヶ月にいっぺんというのは、その時々の季節が感じられていいですね。
    その移りゆく季節の中で操体と向き合い、文章にしていく。
    ありきたり、平々凡々に思える日常のなかにも、なにかがある。
    ありきたりというのは、そこに生きる自分がそう思うから、そう思えるだけで、本来はありきたりの日常なんてものはなく、そこに自分が生かされているという観点に立てばありきたりなんてものはなくなってくる。
    そして、生かされて生きている自分からみれば、すべては感謝であり、喜びと感動が存在している。
    喜びといっても、ハッピ、ハッピーのウッキウキのウッハッハというものでなくとも、静かな喜びがあっていいと思う。
    静かに心の芯が振動し、それがジワ〜と布に水が浸透するように、すべての細胞に心地よい速度でゆきわたり、全身が喜びと感動で浸され、満たされていく、そして最後は、ありがたいと自然と両手を合わせてしまうような、そんな静かな喜びがあっていい。
    普段、生かされて生きている中で、何かしら感じたり、気がついたことというのはあるのですが、知らぬ間に忘れ去られていることも非常に多く、4ヶ月にいっぺんぐらいは、こうして文章に残しておくというのも、いいものですね。
    今週は猛暑、酷暑が続くそうですが、一週間のお付き合い、よろしくお願いします。

    今日から8月ですが、この時期は一番水の消費が多いということで、今日は水の日になっており、今週は水の週間にもなっているそうです。
    水っていうのは、ありがたいものであり、また不思議なものでもありますが、先月は水の災害が多く、映像をとおして、恐ろしさも感じました。
    おいしく水が飲めるというのは、ありきたりではなく本来はありがたいことですよね。
    水は人間が生まれる前から存在し、姿かたちを変えながら、永遠に旅を続ける旅人のようでもあります。
    その旅人が人間と調和するかたちで現れたなら、美しい言葉と感謝の念を向けなければならない。なぜなら、そのようなかたちになるまでに、長い時間をかけて旅をして来たという事もあるが、人間のからだの半分以上が水で成り立っているからだ。
    その旅人を否定したならば、自分の半分以上を否定することにもなりかねない。
    感じたまま素直に「ありがとう」という言葉をかければいいのでしょうね。
    しかし、美しくない言葉や想念、あるいはまるっきり無関心の無視をすると、旅人の内なる存在(H2O分子の内にあって本質的働きをする存在)は大きなダメージを受けるといいます。

    猛暑、酷暑がつづき、水を口にする機会が多くなりますが、美しい言葉をかけ、感謝の念を向けてから、その旅人をあたたかく迎え入れてはどうでしょうか。
    また、自分のもとから旅立っていく水に対しても、「ありがとうございました」と旅立たせてあげる。
    きっとなにかが変わるはずです。

    友松誠

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 幻の名宰相

    維新の三傑と言うと、西郷隆盛大久保利通木戸孝允です。
    幕末から大政奉還の原動力となり、明治新政府の礎を築いた人物です。
    候補者は他にも何人かいたようですが、大政奉還の直後に亡くなったとかで除外されたようです。
    現在大河ドラマで取り上げられている坂本龍馬も、もう少し長生きしていれば候補に入っていたかも知れませんね。
    新しい日本のために走り回った坂本龍馬ですが、新政府の中心として想い描いていた人物の筆頭に挙げていたのが小松帯刀でした。
    薩摩藩家老として、幕末の薩摩を引っ張っていた人物です。
    幕府に追われていた坂本龍馬桂小五郎木戸孝允)を匿い、薩長同盟大政奉還など、幕末の重要な密議の多くは小松家の屋敷で行われています。
    当時、志士たちの間では「薩摩の小松か、小松の薩摩か」と云われていたという話もあります。

    地元鹿児島での人気はというと、圧倒的に西郷で、大久保は西郷を死に追いやったとして、ずっと不人気でした。
    銅像が建てられたのも、県外からの指摘で、死後100年経ってようやく(しぶしぶ?)のことだったようです。
    それに遅れること10数年、鹿児島城址のある城山、西郷銅像の正面に、小松帯刀の銅像が建てられました。
    大政奉還の建白書に真っ先に署名した時のもので、その視線は、照国神社にある、名君と云われた島津斉彬の銅像に向けられています。

    昨年、伯父が亡くなった際に、父の従兄から焼酎が贈られてきました。鹿児島では、冠婚葬祭に焼酎を贈る習慣があります。
    銘柄は「小松帯刀」。
    父方の祖母の実家は焼酎の蔵元でした。吹上焼酎といい、現在は経営に関わっていませんが、そこで生産している銘柄です。
    現在の会長は小松帯刀の子孫だということです。

    小松帯刀自身は明治の始めに若くして亡くなりましたが、その身分や立場の分け隔てなく人と接する姿勢が、志士たちの活躍の場を作り、時代の変革の力となっていったのです。

    大事なのは組織ではなく、何を目指すのかということなのだと思います。
    利でも名でもなく。大切なのは真理だと。

    辻知喜

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 火天の城

    天正7年(1579年)、滋賀県の安土山に、巨大な城が建てられた。
    火天の城」は安土城築城にまつわる物語である。
    尾張熱田の宮大工であった岡部又右衛門は、領主織田信長に五重の天守を持つ城の建設を命ぜられる。
    安土は京の都に隣接し、堺、越前、加賀への交通の便が良く、大和六十六州のほぼ中央に位置していた。
    「城造りは国造り」。天下人を目指していた信長にとって、願ってもない土地であった。

    当時はまだ高層建築はあまり例のない時代であり、天守として初めてのことであった。

    「樹齢千年の檜で建てられた建物は千年の年月に耐えられる」
    「木の生えていた方角に合わせて木組みをする」
    「木組みは心組み」
    これらの言葉は、木と共に生きる職人の知恵である。
    木の声を聞き、木に教えを請い、木を活かし、木に育てられる。

    天下一の城の大黒柱は天下一の檜で建つ。
    又右衛門は、天下一の檜を求め、敵方の武田領内へ赴く。もちろん領主が許すはずもなかったが、又右衛門は檜と引き替えに命を差し出す覚悟があった。
    又右衛門に心を動かされた杣人(そまびと。木を植え、木を育て、木を伐る人)の手によって命がけで安土へ運ばれることになる。

    印象的だったのは、礎石とする為、蛇石と呼ばれる巨岩を運ぶ際に事故が起き、多くの死者が出る。
    又右衛門は翌日の作事をすべて取りやめにするのだが。
    信長の、「戦場(いくさば)では、何千何万という兵達が命を失う。作事はお前達の戦場であろうが。戦に死はつきもの。情けは無用じゃ。」との言葉に対し、
    「作事を休むは、死者の為でも、死者を弔う為でもござりませぬ。何より、今を生きて、作事を為す職人達の為にござりまする。
    木組みは、木の気持ちを聞いて組みまする。作事は、職人一人一人の心を組んで為すものにござりまする。職人達の心が離れては、事は成りませぬ。」と言い通す。

    法隆寺は世界最古の木造建築であり、千三百年の歴史を持つ。昭和の時代に修理が行われた際、その木を調べてみると、真っ直ぐできれいな木ではなく、曲がりも太さもばらばらなままで組まれていたという。
    最後の宮大工と云われた西岡常一氏は言う。
    「癖というのはなにも悪いもんやない。使い方なんです。」
    「木は人と同じで一本ずつが全部違うんです。それぞれの木に癖を見抜いて、それにあった使い方をしなくてはいけません。」

    安土城は完成のわずか三年後、本能寺の変からまもなく焼失する。

    信長の菩提寺は現在、京都の大徳寺の中にある。

    辻知喜

    木のいのち木のこころ―天・地・人 (新潮文庫)

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    木 (新潮文庫)

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    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 夕刊におもう

    ここ数年、地方では夕刊がなくなりつつあるらしい。
    インターネットの普及や、勤務時間帯の多様化で、必要とされなくなってきているのだろう。
    若い世代では新聞そのものを購読しない世帯もめずらしくはないと思う。
    実際、うちもニュースはもっぱらwebで確認している。

    朝夕刊セットと、朝刊のみの月額はわずか数百円の差しかない。コスト面ではどう考えても厳しい状況である。
    貢献していない身で言うのも何だが、なくなるとなるとさびしいものである。

    高校を卒業した年の三月半ば、鹿児島から上京してきた。進学のために選んだ手段は新聞奨学生だった。
    学費と生活費を稼ぐために他に思いつかなかったのもあるが、中学生の頃から地元でもアルバイトで配達をしていたので、馴染みやすいかと思ったのだ。

    上京すると、高田馬場にあった会館に集められ、各地域の営業所の所長との面接が行われた。配属になったのは吉祥寺の販売所だった。
    販売所へ向かう途中、所長とはぐれ、地名を頼りに、混雑時の電車の移動を経験したのも懐かしい記憶である。
    寮として使われていたのは、当時取り壊しの噂のあった、二階建てのアパート。薄暗い廊下を進んだ奥の3.5畳の一間。
    ここでの生活が、今の原点になっていると思う。

    朝は三時半頃に販売所に朝刊が届く。広告を新聞に折り込み、出発する。配達が終わるのが七時前くらい。
    午後は三時から夕刊の配達。それが終わると、集金業務や契約の営業、空いた時間に、折り込み広告の準備を行う。
    移動の時間を含めると、勉強のために使えるのは、昼過ぎまでの数時間のみ。
    当時は、夕刊がなければどんなに楽か、と思ったものである。

    かつては一日に二度、情報量も伝達速度も鮮度もそれで十分なものであったのだろうが、時代の変化とともに、間に合わなくなってきた。
    必然の結果である。

    今では欲しい情報は気軽に手に入るようになってきている。
    しかし、能動的に得る人と、受動的に得る人ではその質と量に差がある。
    新しいものが常にいいものとは限らないが、それを判断するのは個々に委ねらる。

    必要としている情報を得て、評価し、認識し、表現する。
    操体関係者の間でも情報リテラシーは必要だろうなと思うのだ。

    辻知喜

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • からだにききわける

    ひとさぽというサイトがあります。
    セラピスト専門のSNS(Social Network Service)で今年の春から始まりました。

    http://hitosapo.com/

    操体のコミュニティもありますので、
    興味のある方は参加してみて下さい。
    参加者はアロマなど、オイル系の方が多い印象がありますが、違う手技の方達と情報交換ができるというのはありがたいですね。

    そこであった話題に、施術の際に声かけをするか、というのがありました。
    掲載されている4コマ漫画で「肩からやりますね」という表現があり、そこから派生した話題でした。

    ある方は、相手の感覚は施術者が感じ取る必要があり、声かけは一切しないとの事でした。(基本的なコミュニケーション以外でですが)
    触れられてびっくりされるのは受け手に我があるという事でもあり、施術者は最終的に相手に気配を感じさせないようにするのが目標との事でした。
    理由は施術者が聞くべきは患者の訴えではなくからだの声なのだと、その為には、施術者の憶測や思い込みは無くさなければいけないのだという事でした。

    面白いですね。

    操体法では、からだにききわけて、という表現を用います。
    感覚をききわけ味わうのは患者ではなく、患者のからだであるからです。
    からだの事はからだが一番よく知っている、治す事はからだにお任せすればいいというのが基本的な考え方です。
    創始者である橋本敬三先生は治療など下の下だとおっしゃいました。

    筋骨格を対象とした運動分析においては、施術者もある程度の客観的な判断ができます。
    しかし、皮膚へのアプローチを視野に入れて、感覚をその指針にした場合、施術者が感じとれる事には限界があると思うようになります。
    人のからだが持つ可能性は素晴らしいものがあります。

    施術者としてはその一歩手前まで行く努力は必要であり、それが診立てともなるのですが、最終的にはからだにはかないません。
    頭で考えて、からだの声を聞こうしないのは本人の我であり、最後まで自分のやり方をとおそうとするのは施術者の我であるのかなと思います。

    お互いどこかで委ねるという事が必要である気がします。

    辻知喜

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 伝わらない言葉

    昨年の春、長崎県平戸市沖で、巻き網漁船「第11大栄丸」が沈没する事故が起きた。
    「親が死んだことは風流だ。人はいつ死ぬかわからん」
    事故の直後、古典の授業中に、担当教諭が遺族の女子生徒の前で発言し、適応障害に陥らせたとされ問題になっているようだ。
    読売新聞などでは「暴言」として扱われ、ネットでも教諭への批判が多く起こっていた。
    確かに、配慮に欠ける発言であったのだとは思う。だが、これは本当に暴言だったのか。

    授業では方丈記をやっており、無常観についての話の流れでの発言だったという。
    他のニュース記事を読んでみると、実際に風流という言葉を使ったかどうかは定かではないが、「人の死は風流ではないだろう」とか、「命を軽視しているのでは」との書き込みが見られた。
    教諭は若すぎるわけではなく、50代で古典の教師。身近な人の死を少なからず経験して来ているはずであり、命を軽視しているとは思えない。

    風流、現代国語辞典で調べてみると、

    1、上品な趣があること。みやびやかなこと。また、そのさま。風雅。

    2、世俗から離れて、詩歌・書画など趣味の道に遊ぶこと。

    とある。
    こういう取り方をすると、教諭の言葉を誤解してしまう。前出の批判も無理もない事である。

    これらの解釈は後生のものであって、もともとの風流の意味とは違っている。

    碧巌録に「不風流処也風流」という記述がある。(風流ならざるところもまた風流」)
    東洋には、『私という存在は「揺らぐ存在なんだ」という認識』があるという。
    人は六道を輪廻し、十界を旅しながら揺らぎつづける存在である。

    「六段階であれ十段階であれ、グラデーションとして認識されているわけです。自分は常々このへんにいたとしても、そこから別の状態に揺らぐということが起こるわけですよね。常々このへんであるということと、たまにこうなるということを含めて「私ですよ」という揺らぎを抱え込んだ人間認識というのが東洋にはあると思うんですね。」
    玄侑宗久

    この揺らぎが風流である。
    感情も揺らぎ、快・不快も揺らぎ、痛みも病も生死も揺らぎ。

    教諭の言葉も、正しく伝われば違う反応であったかもしれない。

    言葉は伝わらなければとも思う。伝わらない言葉とはむなしいものではないのか。
    数十年後に分かるかどうかのものではなく、今ここ。
    今、この瞬間の揺らぎが風流なのではないかと思う。

    辻知喜

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 本日土用丑の日

    近所のスーパーで、ここ最近、鰻の販売に力が入っています。
    売場のスペースが拡張され、なにやらテーマソングらしきものが流れているのです。
    特に面白みのないメロディですが、やたら耳に残るのでお裾分けを。


    霧島湧水鰻
    (前半はドラマ仕立てになってます)

    今日26日は土用丑の日。一年で最も鰻が食べられる日です。
    今では鰻と言うと、上物になるといい値段がしますが、かつては庶民の食べ物でした。

    江戸時代の始め、干拓によって鰻が多く住み着くようになりましたが、油が強いため、労働者向けの食べ物であり、雑魚の扱いだったようです。
    後期になると、やがて、開いて蒸したものを焼くようになり、一般に広まりました。
    土用の丑の日に鰻を食べるのは、鰻屋に相談された平賀源内の発案との説が有力ですがどうでしょうか。

    今までで一番おいしかった鰻の記憶は、一昔前に遡ります。
    20歳の夏、何を思ったのか、鰻屋でアルバイトを始めました。
    そもそも、それまで鰻を美味しいと思った事は無く、むしろ苦手な部類でした。あの独特な臭みと甘ったるいたれが苦手だったのか、そういえばすき焼きも苦手でした。

    東京は吉祥寺の老舗で、4代目。
    店主は気っ風の良い女将さんで、賄いもよくスタッフのリクエストに応じて作ってくれました。
    食事の時間が楽しみだったものです。
    常連のお客さんも多く、繁盛していたのですが、やがて事情により店を畳むことになったのです。
    最後の営業が終わった後、みんなで鰻を食べたのですが、それまで見た事がない、重ねの筏盛りでした。
    おそらく引退を決めた鰻板さんの渾身の焼きと、旬を迎える時期の鰻。最後の一日。
    いくつかの条件が揃い、忘れられないものになりました。
    もうこんな鰻を食べる事は無いだろうな、と思ったものですが。

    お陰様で、鰻は好きになりました。

    本日土用丑の日。おそらく源内に言われた鰻屋は毎日貼り出していたと思われます。
    日にちにこだわる必要はないでしょうが、鰻でも食べて暑さを乗り切ってみてはいかがでしょう。

    辻知喜

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 夏本番

    初めての方、こんにちは。また来て下さった方、ありがとうございます。
    連日暑いですね。南国育ちで暑さには慣れてはいますが、東京の暑さは苦手です。
    朝から体温同様の気温の上、電車の中は冷えすぎて寒い首都圏は体調を崩しやすいのでどうかご自愛下さい。
    先日少しばかりキャッチボールをしたところ、運動不足のせいか筋肉痛になりました、辻です。
    今日から一週間よろしくお願いします。

    子供の頃の遊びと言えば基本的に野球でした。この時期は甲子園が楽しみです。先週は鹿児島代表が鹿実に決定しました。実はまだ一度も鹿児島代表が夏の甲子園で優勝した事はないのです。今年はどうなるでしょうか。
    最近、実行委員の山本さんに協力してもらい、般若身経の写真を撮影しています。身体運動の法則として、からだの使い方、動かし方の基本となるものです。
    先々、資料として使えればいいなと思っていますが、まずは自分の動きのチェックからです。
    客観的に画像や映像で確認する事で見えてくる事もありますね。
    ゴールドジムでのセミナーでも、初心者の方だと、動きの速さや、連動に戸惑いを見せる事が多いですが、鏡に向かって動いていただくと、きれいに動けるようになります。
    頭の中のイメージと、体の感覚を一致させる事が大切なのですね。

    大阪のゴールドジムのトレーナーの方から、操体に興味があるとメッセージをいただいたのですが、春ごろは、大阪のゴールドジムでの操体セミナーの計画もありました。
    今年はイベントが多いので来年以降に持ち越しのようですが。
    その代わりというわけではないですが、来月、京都の大徳寺玉林院で操体フォーラムが行われます。
    東京操体フォーラムとしては、初の関西での開催です。
    建物自体が重要文化財の上、普段は非公開の場所なのですが、今回特別に使わせていただけることになりました。ご縁に感謝です。
    由緒ある寺院で操体の学び、非日常的で、また味わい深いのではないでしょうか。

    それでは一週間気楽にお付き合い下さい。

    辻知喜

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 最終日も熱いですね。

    1週間お付き合い頂きましてありがとうございました。
    連日の猛暑みなさんご自愛の程を
    朝起きるともう熱い。
    暑いという漢字よりも熱いが似合う気がしませんか。
    これだけ熱い日々は、僕の記憶の中から面白い物を出してくれました。
    20年以上も前に、僕はまだ若手の格闘家で
    タイに修業に行ってました。
    調度いまの日本の熱さと同じ位の気候のタイで一ヶ月半位修業しました。
    いつも僕は面白い。
    その時もジムの宿舎に寝泊りして、ベットの隣は
    後にボクシングの世界チャンピオンになる選手で
    調度世界に駆け上がる時期に、一緒の時間を過ごしました。
    なかなか出来ない経験は、思い出すと成功の秘訣を感じさせてくれます。
    それは意外に簡単だったりもします。
    とにかく真面目に笑顔で過ごす。
    多分これが大きな秘訣、顔つきって実は成功の秘訣
    そんな気がします。
    それと上手くサボる、これも成功の秘訣。
    上手くサボって、良い笑顔で仲間に笑って許してもらう。
    関係なさそうで、実は成功の秘訣だったりする気がします。
    もちろんサボったら、今度はその分普通の選手とは違う
    レベルの集中の練習再開です。
    この緩急がコツかもしれません。
    いつもしかめっ面で同じペースで頑張る。
    それより笑顔でペースを作って、サボるのも調味料にして。
    最高の練習を作って、最高の試合をする。
    僕は色んな選手を知っていますが、真面目なだけだと、、、
    もちろん真面目でなければいけないのですが。
    それだけでも上手くないように感じてます。
    自分にしか出来ない事を確実に行なう。
    それが自分自身を活かす、最高の自分自身に出会う事
    操体を学ぶとそんな事を感じたりして楽しいのです。
    まだ若かった頃、若手だった頃の試合。
    10戦してない頃の試合
    相手は300戦を超える、タイの2大タイトルをどちらも手にした
    強い選手でした、見た目はおばちゃんパーマですが。(笑)
    僕の僕にしか出来ない試合
    負けたのですが。(笑)
    やってて面白かった試合です。


    http://www.youtube.com/watch?v=4F0H2O4oM-k
    負けたけど、まあ面白いと世間に認知された出世試合の1つです。

    今週1週間ありがとうございました。

    辻君来週も熱いらしいよ。
    クールな2枚目の納涼ブログ期待してます。(笑)

    平直行

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 何となく出てきた言葉。

    世の中は反発する2つの存在で成り立っている。
    その2つは反発しながら、同時に引き付けあってもいる。
    たった一つの事柄で、存在出来るものは無い。
    たった一つと決め付けることは、学びの邪魔にしかならない。
    上下と左右という空間。
    その空間は無数に複雑に絡み合い、大きな無限の空間を成している。
    その空間はお互いに反発し合い、同時に引き付け合ってもいる。
    反発する事で、空間は無限の広がりを成す。
    そして引き付けあう事で、空間は崩壊せずに維持されている。
    2つの力の存在で、空間は存在し、その狭間で、全ては行なわれる。
    男と女、生と死、喜びと悲しみ
    全ては単独では成り立たない。
    お互いが反発し引き付けあいながら、その狭間で物事は全て行なわれる。
    男と女の中で生命が誕生し、生と死の中に人生がある。
    喜びと悲しみの中に生きる心がある。
    世の中には目に見える存在と、目には見えない存在の2つが在る。
    その狭間でもあらゆる事が行なわれている。
    温度とは目には見えない、目には見えないが確実に存在している。
    目に見える存在である水は、目には見えない温度との関係で変化する。
    温度が上がれば反発するかのように、水蒸気となって消えてゆく。
    温度が下がれば、引き付けあうかのように、集まる。
    見えない力、温度で水は、一度消え、上空で雲となり
    やがて、地上に雨となって降り注ぐ。
    その事で、地球の命が循環する。
    山の頂きに降り注いだ雨は、川となり、海に降り注ぐ。
    飲めない海水は、雨となって、地上に降り注ぎ
    全ての生命を育み維持する。
    海に辿り着くまでに、地上の養分を吸いながら川は流れる。
    その栄養が、プランクトンを育む。
    そこから海の生命が、大いなる連鎖で産まれる。
    大いなる不思議な力で、地上の全ては生かされているのかもしれない。
    海の水が地上に降り注げば、地上は死滅してしまう。
    不思議な見えない力で、地上の生命は存在している。
    たった一つの決め付けたような物事は、本当は存在しない。
    お互いに反発し、同時に引き付けあう大いなる力。
    その力が複雑に絡み合い、お互いを活かし合っている。
    その力は目に見える2つの、お互いの存在が在り。
    その狭間で、産まれる物も在る。
    目に見える集まりに対しての、目には見えない物との関係も存在している。
    揺れ動き、反発し同時に引き付けあう関係。
    その不安定にこそ、究極の安定が存在する。
    その事に古代の人々は気が付いていたのかもしれない。
    古代に産まれ育まれてきた、全ての術。
    武術、医術、軍術、全ての事柄には2つの要素が複雑に絡み合っている。
    それを感じると、そこに命が吹き込まれる。

    平直行

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催