投稿者: karib_sotai

  • 時空について考えてみる。

    おはようございます。

     今日は7月最後の日だというのに記録的な豪雨の影響で、肌寒くさえ感じます。昨日の夜からの雨は私の住む地域でも凄まじく、おまけに早朝に地震もあったりとビックリして不安に駆られたりしましたが、私のところではもう雨も治まってくれています。一昨日あたりから大雨にみまわれている地域もあると聞きます。今朝の地震で被害が拡大しないことを祈るのみです。

    今回は「時間」「空間」「時空」「時空を超える」についてです。
     時計、暦、カレンダー、時間を表すものは色々ありますが、これらの進む速度とかリズムといったものは、地球が一回自転すれば一日、365回自転しながら太陽の周りを一回公転すれば一年といった周期から割り出しています。ですから、この宇宙空間に太陽系が存在していなければ、今の時間観はなくなってしまいます。太陽系が存在しても人間が存在していなければ、時間という観念はなくなり、太陽の周りを地球が自転しながらまわっているという事だけとなってしまう。よく光の進む時間で宇宙空間での距離を表したりするが、人間が時間という観念をもたなければ距離感もなくなってしまう。
     いろいろ考えていると、頭の中がオーバーヒート気味になってきましたが、時間とは存在なのではないかと思います。
     自分(人間)が存在するから時間があり、その時間の尺度は太陽系の存在から得ている。そして太陽系は宇宙空間に存在している。もし、宇宙空間がなかったら・・・それは存在も時間も何もない無なのだと思います。人間の存在があり、存在するだけでなく、生かされし環境があるから時間がある。太陽系が力学的に今のバランス状態でなかったら、時間の尺度は違ってきたでしょうし、生命自体が誕生していなかったかもしれません。
     宇宙空間に存在する太陽と地球のバランス、人間が存在しうる地球の環境、これらは宇宙の137億年の歴史の中のただの偶然などではなく必然であり、この宇宙の創造主が必然的に最初から予定して組み込んだものなのだと思います。
     人間を含む生物にも、有機物にも、無機物にも、素粒子にも、この宇宙を創造した創造主の理念が貫通し、それらが愛とその法則により結びついて体を成している。そして、様々な物質から成る星にも、太陽系にも理念によるバランス感覚が生じている。だから、自分たち人間の存在があり、そこに時間があるのだと思います。
     もう少し突き詰めて考えると、自分たち人間や、まわりのそれぞれの存在にも、時間がそれぞれあり、同一のものはない。個々の存在の過程やエントロピーはそれぞれだが、同じ理念が貫通している限り、集団でも一定の共通認識が生じている。それが地球の自転や地球が太陽の周りを公転する時間であり、時計や暦の時間となり、共通概念となっているのだと思います。
     しかし共通概念は時間ではなくて、時間の尺度であり、本当の時間というものは、自分自身や自分自身を生かしてくれている存在にある。そして、時空とはこの宇宙のことであり、時空を超えるとは宇宙を超えた無を認識することである。無を認識するとは、この宇宙の創造主である無極無限の太極の中心理念とその意志を感じることであり、生かされている意義やイノチを意識することでもあると思います。

     今日は第5日曜日、塾操体の日でもあります。そろそろ三軒茶屋に向かわなければ。

    一週間どうぞ宜しくお願い致します。

    友松 誠。

    [http://www.tokyo-sotai.com/?p=281:title=東京操体フォーラムin
    京都2011]は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    [http://www.tokyo-sotai.com/?p=314:title=Sotai Forum
    inMadrid]は、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 原始感覚をききわける

    昭和52年の日本医事新報に、橋本先生の「人間悲願の達成へ」が掲載されました。(全文は、からだの設計にミスはない、快からのメッセージに載っています。)

    20項目の提言ですが、その内の一つ。

    原始感覚は意欲と追求の仕方で向上、または衰退する。

    操体は原始感覚を指針にしています。(快適感覚をききわけ、味わう)

    原始感覚というと小難しく感じるかもしれませんが、本来誰でも持っているものであり、磨けば鋭くなってきます。

    先日、足趾の操法体験大会を行いました。これは日曜の午前中に行っていた集中講座の総仕上げも兼ねていて、操体を受けたことがない方もきもちのよさを味わっていただいて、からだの変化を体験いただこうという趣旨でした。
    スペースの都合で4方向とはいきませんでしたが、極性をききわけていただいた後に操法に入りました。
    ちょっとした事ですが、からだはきちんと原始感覚をききわけているようです。

    普段肩こりとか腰痛が気にならないという方もいますが、原始感覚が鈍っていて気づかないか、或いは鋭くて表面化するまえに対処できているかのどちらかでしょうね。
    わからないという方も、きっかけさえあれば実感できるものだと思います。

    京都での操体フォーラムもあと1ヶ月にせまってきましたが、今回は実際に操法を体験できる時間を組んであります。
    きっかけの一つとしていかがでしょう。

    辻知喜

    からだの設計にミスはない―操体の原理

    からだの設計にミスはない―操体の原理

    快からのメッセージ―哲学する操体

    快からのメッセージ―哲学する操体

    東京操体フォーラム in 京都2011は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    Sotai Forum in Madridは、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 平常心

    先日、岡村さんのブログに平常心是道(びょうじょうしんこれどう)がでてきました。
    これは個人的に好きな言葉です。

    (道は考えてわかるものではないが、しかし、わからないと言ってしまうこともできない。
    考えてわかるならそれは妄想であり、わからないとすれば、無自覚というものだ)

    道は知にも属せず、不知にも属せず。知は是れ妄覚、不知は是れ無記。若し真に不擬の道に達せば、なお太虚の廓然として洞豁なるが如し。豈に強いて是非すべけんや。(南泉普願)

    平常心というと現在では冷静で落ち着いた心持ちをいいますが、元々は、ありのままの心の状態を平常心と読んだようです。
    楽しい時は楽しいように、悲しい時は悲しいように、その時々の心の持ちようが平常心。
    特別なことではない、ありのままの心。思慮分別にとらわれない心。
    日々の生活の一つ一つがそのまま道につながっています。

    ちなみに、最初にこの言葉を使ったのは、前出の南泉の師、馬祖道一だと言われています。

    若し直ちに其の道を会せんと欲すれば、平常心是れ道たり。何をか平常心と謂わん。造作なく、是非なく、取捨なく、断常なく、凡なく聖なきなり。経に云う、凡夫行に非ず、聖賢行に非ず、是れ菩薩行なり、と。只如今の行住坐臥、応機接物、尽く是れ道たり。(馬祖道一)

    う〜ん、深いですね。

    辻知喜

    東京操体フォーラム in 京都2011は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    Sotai Forum in Madridは、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 心はどこに

    心とからだ、よく使われる表現です。この2つは切り離せないものだといわれますが、心ってどこにあるんでしょうね。
    心の問題はからだに現れますし、からだに問題があれば心にも影響を与えます。

    金剛般若経に、

    過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得

    とありますが、過去は現在の願望を多分に映し出すものと言われますので、実体はないもの、未来は過去と現在を反映するものなので、不確定なもの、現在は常に移り変わるものなので、とらえどころのないものでしょうか。
    過去も未来も現在からの視点を元にしているので、現在そのものが捉えられないのならば、過去も未来も捉えられないものですね。そこにあるのは自我。

    思うとか考えるということは常に過去を材料としているのであれば、現在はその瞬間瞬間を感じるしかないのでしょうか。

    操体では、頭で考えずに、からだにききわけなさいと教えます。
    移り変わる今を感じること。意識ではなく無意識の世界です。
    自我があるうちは、なかなか実体はつかめないけれど、手放して委ねてみるとまた見えてくるものがあるのかも知れません。

    心について好きなうたを一つ。

    心こそ 心まよはす 心なれ 心に心 心ゆるすな
    (不動智神妙録 沢庵)

    辻知喜

    東京操体フォーラム in 京都2011は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    Sotai Forum in Madridは、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 帰一の法則

    手技療法の世界に入ってから10年くらいになります。
    当初は、板橋の接骨院で働きながら新宿の整体院でも勉強をしていました。

    そこで教わったものの一つが操体法でした。やっていたのは初期の操法で、楽かつらいかの選択で行っていたものでしたが、自力自療の考え方に惹かれ興味を持ちました。
    操体を本格的に学ぼうと思ったのは、週末に通っていた本屋で三浦先生の操体法入門を目にしてからでした。
    連動について纏められた本で、初心者向けというよりは、ある程度学んでいる人間が基礎として勉強するのに参考になる本です。
    それはともかくとして、講習に通うことにしたのですが、それは、新宿で一般向けに行われていたものでありましたが、最初がそこでよかったなと今では思います。

    ノートの最初に書かれていたのは、帰一の法則。

    人は一番きもちがいいところから生まれ、一番きもちがいいところに帰っていく

    生まれる先から絶対的に救われている生命であり、また、その神性に帰っていくのだという、一番印象に残った言葉でもあります。

    釈迦は、死後の世界があるのか、それはどういうところかと問われたときに、「生きている間の事でさえわからぬのに、死んだ後の事がわかるだろうか」と答えたそうです。
    考えてもわからないものに思い悩むのではなく、今、行きている瞬間をよりよく生きる事が大事なのでしょうね。

    ちなみに、橋本先生は、「みんなが行くところだから、いいところに決まっている」とおっしゃていたそうです。
    このように考えられるなら、人はもっと大らかに生きて行けるのではないかなと思います。

    辻知喜

  • 未生以前

    橋本先生は若い頃、生前の身分を知りたい、また、何とか罪を犯さぬような救いを受けることはできないものか、申訳ないが神を呪って死んでも救われる道はないものかを思い悩んだ時期があるそうです。
    そして5年間思い悩んだ末、「自分は生まれぬ先から、聖別され祝福された神と同格の永遠の生命そのものであるとの自覚を得ました。
    この時期の体験が、操体の想の部分の中心となる、「救い」と「報い」の元になったようです。

    「救い」と「報い」の区別というのは、わかりやすい言葉で言い表すなら、「救い」は絶対、「報い」は相対、ということである。「救い」とは絶対の無罪宣言であり、神性相続権であり、何ものも覆すことのできない久遠の事実である。
    (生体の歪を正す 〜橋本敬三論想集〜 P.376)

    芭蕉の句に、

    古池や
    蛙とび込む
    水の音

    という有名なものがあります。
    これは、単に自然の風景をうたったものではなく、父母未生以前本来の面目の問いに出した答えであったと読んだことがあります。
    芭蕉が全国を旅する以前、師である仏頂和尚に、問われます。

    「今日のこと什麼生」
    「雨過ぎて青苔湿ふ」
    「青苔いまだ生ぜざるときの仏法いかん」
    「蛙とび込む水の音」

    万物創造以前の宇宙風景、時間なき時間はいつであるかの芭蕉の答えです。
    こういった答えは、意識的に頭で考えていてはなかなかでてきませんね。

    「偉大な行為はみな、人間が意識的な自己中心的な努力を捨て去って、『無意識』の働きに任せるとき成就せられる。神秘的な力が何人の内にも隠されている。それを目覚ましてその想像力を現すのが参禅の目的である。」(鈴木大拙

  • 時間って何だろう

    先週20日、アメリカのスペースシャトルアトランティスケネディー宇宙センターに帰還しました。
    1981年から始まった、スペースシャトルの活動はこれで終了したようです。
    月に到達したアポロ計画の後、人と貨物を同時に運べる宇宙船として、ISS国際宇宙ステーション)を完成させ、30年の歴史に幕を閉じました。
    自分の世代は、宇宙といえばスペースシャトルのイメージがあったので、感慨深いものがあります。

    古くから人々は宇宙を眺めながら、生活の中に取り入れ、関わりを持ってきています。天文学や物理学など、難しいことはわかりませんが、興味深い分野です。
    今は立川に住んで落ち着いていますが、最初に東京に住んだ吉祥寺から引っ越す際に迷った候補
    の街に、プラネタリウムがありました。
    子供の頃は星がよく見える土地に住んでいたので、あまり気にしていませんでしたが、星のあまり見えない東京で、プラネタリウムが近くにある、というのは魅力的であった思い出があります。
    結局は図書館が気に入って今の街に決めたのでした。

    アインシュタイン相対性理論において、絶対時間は存在しない、ということを明らかにしました。

     お互いに等速度で運動しているすべての慣性系において、すべての基本的物理法則は、まったく同じ形で表される。

     真空中の光の速さは、光源の運動状態に影響されない一定値cである。

     いかなる座標系においても物理法則は不変である

     重力によって感じる『重さ』と、加速によって感じる『重さ』は同じ物である

    光速に近づけば時間の流れのテンポは限りなく0に近くなる。
    重力が大きいほど時間の流れはゆっくりになる。
    ということらしいですが、
    理論上、未来へ行くことが可能であるという事実には興奮しますね。

    また、よく、年を重ねると時間の流れが早く感じるといったりしますが、調べてみると、時間学というものがあるようです。

    ・代謝が良いほど、心の時計が早く進み、時間を長く感じる
    ・恐怖を伴う時間は長く感じる
    ・頻繁に時計を気にすると、時間を多くの部分に分節化して認識し、長く感じる
    ・印象に残る出来事が多い時間の方が、長く感じられる傾向がある

    心の時計という表現が印象に残りますが、面白そうですね。

    http://www.rits.yamaguchi-u.ac.jp/
    (時間学研究所)

    辻知喜

  • 今日でアナログ放送終わりですね

    こんばんは、今週担当の辻です。よろしくお願いします。

    本日、2011年7月24日は、テレビのアナログ放送終了日のですね。
    ここ数年は、テレビを見ない生活に慣れてしまっているので、あまり実感のないままこの日を迎えましたが、Twitterのタイムラインでも多く流れていて話題のようです。

    子供の頃は、ドリフが好きだったり、独眼竜政宗三匹が斬る!で歴史に興味を持ったりして、テレビにはだいぶお世話になりました。

    操体が全国的に認知されたのは昭和51年にNHKで放送された「温古堂診療室」がきっかけの一つでした。当時はまだ操体の名称はありませんでしたが、放送後に、名称がないのは困るとのことで、操体と名付けられたそうです。
    DVD「橋本敬三の世界」で映像を見れますので、興味のある方はどうぞ。

    http://bit.ly/nCgiw8 (農文協より)

    操体法/橋本敬三の世界[DVD]

    操体法/橋本敬三の世界[DVD]

    時代は流れて、インターネットでも番組を視聴できるようになり、動画共有サイトでも操体の現在を見ることができます。
    操体に興味はあるけれど、まだ受けたことがない方、本でしか知らない方、実際に専門家の操法を受けていただくのが一番ですが、東京操体フォーラムの動画ページが参考になりますよ。

    http://bit.ly/q5nWly

    では一週間おつきあいください。

    辻知喜

    東京操体フォーラム in 京都2011は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    Sotai Forum in Madridは、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 時空を超える最終日。

    武術の学びの時空の超え方には、2つの種類が在るように、僕は感じる。
    1つは自分自身を、積み重ねる事。
    学びの中で、手にした物を、自分の内側で積み重ねてゆく。
    もう1つは、自分自身を解き放つ事。
    常識という物を、少しずつ剥がしてゆく。
    武術の達人は、常識的には在りえない存在とも思える。
    ところが、達人は本当に存在した。
    現代の常識を当てはめたとしても、そのままでは、達人は理解出来ない。
    理解出来ない事を、同じ常識の範疇で行っても、無駄な時間となる。
    存在する物には、理由が在る。
    常識外の存在には、常識を超えた理由が存在する。
    だから現代の常識を、上手に剥がしてゆく事も、学びの大切な作業となる。
    その作業は、師匠の言葉、師匠から戴く先達の方々の言葉に
    よって行わなければならない。
    自分勝手に行ったら、そこで道は途絶える。
    行き着く場所は、訳の解からない場所となってしまう。
    日本の武術を行う、当時の日本を知らなければただの迷子となる。
    上っ面だけ覗いても、そこには到底行き着く事は出来ない。
    昔の日本人は、靴は履いてはいない。
    歩くという動作は、日常で沢山行う動作。
    日常で沢山行うという事は、日常的に身体に大きく影響する。
    その動作は、身体操作の根幹となる。
    身体操作の根幹に、総ての動作は乗る。
    だから、武術を学ぶなら、武術の時代の歩き方を知らなければ。
    似ていても別の物となる。
    武術の時代に、武術家が靴を履いたら
    変な動きになったように思う。
    日本人は、草鞋を履いていた。
    いえいえ、実はそうでもないのです。
    江戸時代の絵を見ると多くは裸足だったりするのです。
    室町から鎌倉時代の戦場の絵。
    みな裸足だったりします。
    武術が戦場で使われた時代、みなが裸足であった。
    靴を履いたら、動きは全く違った物となった筈です。
    時空を超えて武術のご先祖様が僕に
    語り問いかけているようにも感じたりします。
    「動きその物が違う、そこに気が付かないと駄目だよ。」
    「気が付けば、手にする事はそれ程難しくはないよ。」
    そんな声が聴こえるような気もします。
    ホンの少しの違いが分かれば手に出来る。
    大概大きく違った事は無い。
    ホンの少しの違いが大きな違いの元になる。
    その根幹を知る事が学びのコツ。
    時空を超えて声を聴くという行為。
    それは全ての学びでも、同じように在る様に、僕は感じます。
    時空を超えるとは概念ではなく、現実です。
    少なくとも、僕の武術の学びでは、ごく当たり前の事なのです。
    そもそも人の身体には、DNAという時空を超えた
    情報が満載しているのですから。

    1週間お付き合いありがとうございました。

    来週は九州男児の辻君が担当です。

    東京操体フォーラムin 京都2011は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    Sotai Forum inMadridは、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。

  • 武術は日常的に時空を超える。

    僕は武術を学んでいる。
    武術の学びには,時空を超えるという概念が、普通に在ったりする。
    武術とは数戦年に渡る、数えきれない方々の発見と研鑽の積み重ね。
    そこに至るのが武術の学び。
    武術の道には、先達の方々の発見と研鑽が
    それこそ宝物のように満ちている。
    武術の道では、日常的に時空を超えていたりする。
    学びとは、一足飛びに至る事は難しかったりする。
    最終的な武術の道に至るには、数千年がかかっているのだから。
    そう簡単に行き着く事は不可能に近い。
    武術の学びとは、数千年を学ぶという事。
    だから実際に出会い、直接学ぶ事は不可能。
    武術を学ぶ事は、先達の方々の言葉から学ぶしかない。
    力を抜くというたった一つの身体の状態。
    その状態を示す言葉は、それこそ無限に在る。
    無限の感覚を、感じながら、たった一つの真実を探す。
    ある人が見た青空。
    その青空は一期一会の存在。
    ところが、その時の青空は、たった一言の青空で語られる。
    青空には、それこそ無限の状態が在る。
    だから青空を示す言葉も、無限に存在する。
    言葉を通じて、時空を超えて同じ感覚を感じる。
    それが武術の学びとなる。
    それは豊かであり、同時に困難な学びともなる。
    武術は正しい師匠につかなければ道には至れない。
    時空を超えて、同じ感覚を感じる時間。
    それを知らない師匠につくと、道は途切れてしまう。
    武術では、学びは時空を超えると当たり前のよう言う。
    どこかの国の、過去の時間に、武術のご先祖様が感じた感覚。
    全く同じ感覚を感じる事が、武術の学びの中で起こる。
    その時の感覚が、全てに繋がってゆく。
    感覚を共有する事が、学びの根幹の一つとなる。
    武術ではそれを口伝と呼び、口伝を感じる為に
    日々の鍛錬を繰り返す。
    口伝は頭だけでは、そこに至る事は不可能に近い。
    全身全霊を傾けた時間にしかやっては来ない。
    全身全霊を傾けた後に伝えていただく。
    たった一つのコツ。
    そこに至った物にのみ、それは秘伝となる。
    秘伝は頭だけでは、決して理解出来ない。
    全身全霊を傾けて、時空を超えて同じ感覚を持った者に
    時空を超えて、ご先祖様が気付いた物と、同じ感覚がやって来る。
    秘伝を頂いた瞬間、その瞬間は、至福の瞬間でもある。
    時空を超えて感覚を共有する。
    同じ道にいる、大先輩と時空を超えて出会う、不思議な瞬間となる。
    その瞬間に至る事が、武術の根幹だったりする。

    東京操体フォーラムin 京都2011は8月28日(日)に開催されます。北村翰男(奈良漢方治療研究所、奈良操体の会)、三浦寛

    Sotai Forum inMadridは、9月24日、25日の二日間、マドリードにて開催致します。三浦寛

    2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。