メッセージを生かしていく⑥

 

「息」の変化も、原始感覚でキャッチできる「圧」の変化。

 

とおるところにとおる。

 

ながれるところにながれる。

 

つながるところにつながる。

 

かさなるところにかさなる。

 

みちるところにみちる。

 

原始感覚ですから、ニュアンス的なことは、体感してキャッチしていくんです。

 

それがよりよく生きること(快)につながっていると、積み重ねてきた実感は教えてくれます。

 

それは、「うごき」にも言えることで、何度も、丁寧に、確かな感触になっていくように継続していく。

 

「生命」の観点から、立つべきところに軸が立つようになってくれば、「こころ」の迷いや縛りにも変化が感じられるようになってくる。

 

そんな中、最近想うこと。

 

それは、わたしたちが「思考」と呼んでいるはたらきも、よりよく生きる生かし方があるんじゃないかということです。

 

ときに、「思考」にとらわれたり、縛られたりするのは、「思考」だけのはたらきになってしまうからであって、それは全身体性に適っていないから。

 

大切なのは「ながれ」や「比率」であって、「からだ」のそれぞれのはたらきが全身体性に調和していけば、「思考」は別の形で昇華され、より「いのち」に対しての理解が深まっていくように感じています。

 

つまりは、思考を介さず、素直に「からだからのメッセージ」を受け取ること。

 

そして、メッセージによって体感したことをもとに、その背景にあることに想いを馳せ、問い続け、応え続けられるように考えること。

 

ここに「想念」の素があるようにおもうんです。