(続きです)
脳外科医の先生は語り続けます。
(※注:脳自体には「痛み」を感じる神経がありません。
皮膚に局所麻酔して可能な「アタマ」への問いかけです)
その脳手術行為の途中、
何回も、何回も、患者に話しかけます。
「痛みはありますか?」
「話はできますか?」
「昨日の夜、なにを食べたか覚えてますか?」
「どこで生まれましたか?」
「あなたはシンガーでしたよね、
ちょっと歌を歌ってもらえますか?」
このような問いかけの後、
患者の症状が変動することは、ほぼ全例であります。
(※注:高次脳機能障害が発生すること)
それを、どう捉えたらいいんだろうと、毎回、自問します。
この独白を感じとり、如何でしたでしょうか。
脳外科医の先生が語られる事実は、「操体」の「想念」から考えて
みると相当に興味深く、操体の「想念」にヒントを与えてくれます。
「からだ」が、感覚で分離したケースにおいての「アタマ」主体では、
「からだ」の意識・無意識を介した「心」
には、響気にくい状態になりうる。
「アタマ」で考えて、脳実質を介しての
言葉にする使い方となる。
いいとか悪いではない。
物事の観点が変われば、感じ方、考え方、心の持ちようが変わる。
「心」の持ちようが変われば、言葉の使い方も変わってくる。
「心」の持ちようが変われば、「間」わりの現象も変わってくる。
さて、今週のブログ「フリー」にお付き合い頂き、
有難うございました。
明日からは、瀧澤副実行委員長の登場です、
お愉しみに。