カテゴリー: 三浦 基史(みうらもとふみ)

  • 最果ての現在④

    軸を意識することは容易いけど、日々の活動の中で軸を見出すのは決して容易いものではない。

    皮膚に包まれている内臓・骨を神経や血管が螺旋のように取り巻いてるので動くたびに捻じれが生じてしまう。

    だからこそ左右で役割が異なるのだと思う。

    役割に沿った使い方をすることで感じるものが全く違う。

    右目で見る世界と左目で見る世界は違って見えるし、

    左の軸を使って見る景色は次元が変わってくる。

     

    普段の生活で疲れてくると自然と右側をしかめてくる。

    こうして文章を打ち込んでいると左目の方がスラスラと進められる。

    ただ、左軸を使っていると時間の流れや疲れ感が全く異なってくる。

    操体法の新重心理論(導入編): 非対称から診た操体法の再生と天望

    操体法の新重心理論(導入編): 非対称から診た操体法の再生と天望

    • 作者:三浦寛
    • 一般社団法人日本操体指導者協会・人体構造運動力学研究所

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  • 最果ての現在③

    私は、皮膚とは「自己とからだが対話する場所」なのだと考えます。

    意識が内にこもりすぎれば、皮膚は閉じてしまう。

    世界に流されすぎれば、皮膚は擦り切れてしまう。

    だから人は、近づきすぎず離れすぎず、その「間に合った腔間」を探し続けるのではないでしょうか。

    距離とは、相手との距離であると同時に、自分自身との距離でもあります。

    だからこそ、皮膚を知ることは、自己とからだの距離を知ることだと言えるのかもしれません。近づくことが怖い日もあれば、離れたいと感じる日もある。

    それでも私たちは、皮膚という場所で世界と出会い、毎日なにかしらのやり取りをしている。

     

    そう受け取れるのは自分に芯が通っているからこそです。

    からだにも軸が立っていないと微細な情報を感じることすらできなくなってしまいます。

     

    寒さの話をしましたが、他にも感じるものがたくさん見つけられました。

     

    操体法の新重心理論(導入編): 非対称から診た操体法の再生と天望

    操体法の新重心理論(導入編): 非対称から診た操体法の再生と天望

    • 作者:三浦寛
    • 一般社団法人日本操体指導者協会・人体構造運動力学研究所

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  • 最果ての現在②

    皮膚はからだの境界であると同時に、世界との出会いの場でもあるのではないでしょうか。

    目は遠くを見ることができますが、皮膚が知るのは「腔間」です。

    危険も、安心も、暖かさも、恐怖も。私たちはまず皮膚でそれを受け取り、そこから感覚が動き出す。

    そう考えると、皮膚は単なる壁ではなく、むしろ世界と交わるための入り口のようにも見えてきます。

    では、皮膚は「からだの意識」なのか、それとも「自動的なもの」なのか。もし内側だけが自己なのだとしたら、なぜ皮膚が傷つくと「私が傷ついた」と感じるのでしょうか。

    もし外側だけが世界なのだとしたら、なぜ誰かの手に触れられると「心地よい」と思うのでしょうか。

    境界線のはずの場所が、なぜこんなにも感覚に直結しているのか。境界は隔てるためだけのものではなく、意識的なものとからだを繋げるためのものなのかもしれない。

     

    操体法の新重心理論(導入編): 非対称から診た操体法の再生と天望

    操体法の新重心理論(導入編): 非対称から診た操体法の再生と天望

    • 作者:三浦寛
    • 一般社団法人日本操体指導者協会・人体構造運動力学研究所

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  • 最果ての現在①

    今週は三浦基史が担当させていただきます。

     

    三浦先生の出版された「新重心理論」を読んで感じたことを中心に発信していきます。

    一週間よろしくお願いします。

     

    冬至を過ぎて小寒になってから、寒さの中にさらに風の冷たさが加わり身に染みるようになってきました。

    「骨身にしみわたる寒さ」という言葉がありますが、私の体感としては、今年は寒いことは寒いけれど、昔ほどの厳しさではない気がしています。以前に比べると「底から冷える」ような感覚が少し薄い。そんな感覚を感じました。

    寒さは皮膚で感じるものなのだから、もし皮膚が“運動”していたら、骨身まで冷えないのではないだろうか。そう思うようになったのです。

     

    「皮膚の役割って何だろう?」

     

    単に「皮膚は体の外側にあり、外界から身を守る防御機構」だと捉えていました。

    いわば身体を包む壁のようなものです。外と内を隔て、守るための境界線。

    ところが、そう割り切ってしまうには説明しきれない感覚が、私たちの日常にちりばめられています。触れられたとき、なぜ心まで響いてくるのだろう。

    寒さや温もりは、なぜ感情を呼び起こすのだろう。

    皮膚は単なる「外側」なのに、どうしてこんなにも内面と結びついているのだろう。

    操体法の新重心理論(導入編): 非対称から診た操体法の再生と天望

    操体法の新重心理論(導入編): 非対称から診た操体法の再生と天望

    • 作者:三浦寛
    • 一般社団法人日本操体指導者協会・人体構造運動力学研究所

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  • 操体との出会い⑦

    師匠に触れて頂いて興奮が収まらず、高橋迪雄や野口晴哉を中心に古書ばかり読むようになり、まさか易や仏教系の本まで読むようになるとは思いもよりませんでした。

     

    師匠の勉強会を通して自分では持てない価値観や考え方を得るチャンスを頂けました。

    更なる勉強を通してインドネシアに事業展開できるように努めていきたいと思います。

     

    一週間ありがとうございました。

    明日からは半蔵さんの担当です。お楽しみに

     

    2025年秋季東京操体フォーラムは11月24日(月)勤労感謝の日振替日にて、ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。
    今季テーマは「解禁・新重心理論」です。

  • 操体との出会い⑤

    別段、雪崩に巻き込まれたり、滑落したりして怪我をしたことはなかったけど、雪山で強風でテントが吹き飛ばされたらどうしよう

    トイレに出て滑落したらどうしよう

    寒さのため目を閉じたらもう目を開けて起きられないのでは

    というような恐怖心は仲間がいるためすぐ無くなったのだけれども

     

    自分の体力・精神力・集中力の全力以上の力を出し尽くしたことがあった頃から何故か山が遠く感じられるようになり、それとは逆に自分を知りたい・からだのしくみを知りたいという気持ちが強くなってきた。

    そんな中で家にある本を読み返してたら「操体法 生かされし救いの生命観」を発見し、今の悩みはこれだ。と決心がつきました。

     

  • 操体との出会い④

    山に魅せられて毎年の盆と正月は山で過ごすのが行事となっていました。

     

    穂高岳を中心に夏はアルパインクライミングやフリークライミング

    テントと食料で30㎏近い荷物を背負って8時間以上歩くのが当たり前でした。

     

    冬は厳冬期の縦走。特に白銀の裏銀山が想い出深かった。

    -30℃の世界でテントと寝袋だけで寝起きできる人間ってすごいなと。

     

    テントや寝袋がなかった時代はどうしていたのだろう?

    蓑と毛皮だけで山を業としていた昔の人達って本当に同じ人間なんだろうか?

    山の怖さを知ってるからこそ、感覚することの大切さを自覚しているのではないか?

     

    山での経験と知識は少しついたが「自分のこと。からだのこと。感じること」

    は全くの無関心だったことに気付いた。

     

  • 操体との出会い③

    只の運動やスポーツだけでは上手くなることはできても、楽しみを見出せなかった。

    もっと感じて・考え抜いてからだを使いたかった。

    からだを使い切って1日が終わるのがサイコーに気持ちがいい。

    そんな手段が私にとって山登りでした。

     

    始めは人混みから離れたくて、一人でちゃんと考えて実行する。そんなことをしたくて山登りを始めました。

    人からの恐怖より自然の脅威の方が恐ろしく、その反面、恩恵が豊かであることに魅かれました。

     

    しかし、都会と山との間に距離と時間の隔たりがあり、相当自分の予定をやり繰りしないといけないこと。

    山を歩くのは楽しいが、逆に言うと歩くことしかできないので経験不足を痛感していました。

     

    この両方を叶えるために思い切って社会人山岳会に入会してみました。

    あまり山岳会の知識がなく、入会してみて初めて会のレベルの高さを知りました。

    登山技術習得のためにフリークライミングが必須とのこと。

    (写真は私ではありません)

    週末は岩にへばり付く日々が続きました。

    自分の成長の楽しさや仲間との交流が楽しく、仕事そっちのけで山に通いました。

  • 操体との出会い②

    操体法を読んでもそれっきりで、他に古典の医療・整体に関する本をたまに読んでいるだけでは何の変化もなく、知識を得ても使い方がわからないし、寝不足・栄養不足で集中力が乏しく、活用には至りませんでした。

     

    しかし、私が欲しかったのは現状の神経症状を劇的に変える何かでした。

    休んでも、運動しても変化がないのであれば、環境を変えてみました。

     

    毎日体を動かしていたり、食事量が増えたおかげで体力はついたものの、心的ストレスが増えたこともあって睡眠不足症状は増したような気がします。

    睡眠時間はたっぷりあるのですが、浅い眠りにしかならず、私の望みは何だっけ?とふわふわした状態が続きました。

  • 自己紹介 操体との出会い①

    三浦先生、一週間ありがとうございました。

     

    初めまして。今回からブログを担当させていただきます。

    柔道整復師 三浦基史(みうらもとふみ)です。

    よろしくお願いします。

     

    初投稿なので自己紹介を兼ねて操体に魅かれた紆余曲折をお話したいと思います。

     

    初めて操体法に関わることが出来たのが名古屋の紀伊国屋書店の健康コーナーにひっそり置いてあった「操体法 生かされし救いの生命観」を手に取ったことがキッカケでした。

    当時の私は、仕事に追われる毎日を送っていました。
    CADを使って電子回路設計を行うエンジニアとして、朝から晩までパソコンの前に座りっぱなし。
    残業は月150時間くらいで昼夜逆転の生活。食事はお腹が空かなければそれでいい、ストレスを解消するために夜中から明け方までゲームに没頭する――そんな日々でした。

     

    当然、体調を崩し消化器系や腎機能を痛めました。
    休んでも疲れが取れず、何をしても楽しくない。
    好きだったはずの食べ物も何を食べても気持ち悪く感じ、何のために仕事のをしているのか?さえ考えられない。
    まさに「生きるために働く」のではなく、「働くために消耗している」状態でした。

     

    健康に気を付け無いといけないという認識はあったものの当時は知識が乏しく、ただ、ふらーっと書店を探検しているときにたまたま手に取ったのがこの本でした。

    読んでも、ホントにこれを実践すれば気持ち悪さや体のだるさから解放できるのか?

    自分の願いは叶うのか?疑問で古文書みたいだなと。。。

     

    まさか、やりたいことが全く思いつかない自分が東京に熱心に通うことになるとは夢にも思いませんでした。

     

     

    2025年秋季東京操体フォーラムは11月24日(月)勤労感謝の日振替にルーテル市ヶ谷センターで開催致します。

    テーマは「解禁・新重心理論」です。おたのしみに。