投稿者: karib_sotai

  • 『さて困ったぞ・・・』

    何が困ったかって、それは今回9週目を迎える
    実効委員ブログの内容である
    今回のテーマである『セックス(性)について』
    という内容で何を書けば良いのかが
    いまいち浮かんでこないのだ。

    先日の福田画伯のブログ『性について考える』
    の中にも書かれていたが、
    操体法創始者である橋本敬三医師も
    「セックスをレーバンステーマにしよう。」
    と障害を通じて追い求めていたテーマであるし、
    操体の中での最重要キーワードである
    「快適感覚」「気持ちよい」という快感覚と
    性行為における快感覚との質的な違い
    を確認する為にもとても重要なテーマである。

    とは言ってみても、セックス(性)についての話など
    産まれて36年間下ネタしかしたことの
    無いわたくしにとって、
    この内容をアカデミックに語るというのは
    本当に高いハードルである。
    とにかく今回は出たとこ勝負でセックス(性)
    について書かせて頂きたい。

    セックスという言葉にはとても卑猥で
    とても神秘的でとても魅力的な響きがある。
    特にセックスについて全く無知であった
    10代の頃などはsixやsoxという単語ですら
    セックスと聞き間違えるくらいにその情報に飢え、
    日夜妄想に明け暮れていたように思う。
    同世代の男友達とであればセックス(というよりも下ネタ)
    さえ話していれば会話に困ることが無い
    というくらいのコミュニュケーションツールであった。
    そもそも何故私たちはこのセックスという言葉を
    口にすることに抵抗があるのであろうか。
    本来であれば子孫を残すための本能としての行為
    であるはずのセックスを恥ずかしいものとして
    認識しているものは何なのであろう。
    これは恐らく性欲と言う欲望の存在に
    他ならないのではないであろうか。
    欲望というものは理性でコントロールすりことが
    美徳であると育てられる。

    以前にもブログの中に書いた気がするが、
    赤ん坊はからだの要求する行為だけしかやらない
    しかし成長する過程において、
    自分自身の欲求を制限することの重要性を
    親から学習させられる。
    例えば「手で食べ物をこね回しては行けない。」
    「おしっこはトイレでしないと行けません。」
    と欲求を制限する姿勢を望まれて成長していくうちに、
    欲望を満たそうとすることは恥ずかしいことなのだ
    という価値観を植え込まれてしまうのかもしれない。

    社会の規則を破りなさいとまでは言わないが
    ある程度自分自身の感覚に正直にしたがえる
    センスも必要なのではないかとも思う。

    秋穂一雄

  • 自分への課題

    今日は最終日の七日目です。一週間お付き合いありがとうございました!このブログも学びのひとつとして自分の成長の階段だと思ってありがたく思っています。操体フォーラム実行委員はブログ以外にも、月1回の勉強会やレポート、秋季東京操体フォーラムにて配布されるVisionSの執筆などと学びの機会があります。僕はこのVisionSについては半年以上の準備をしています。それは自分への課題として、操体への学びを深めるために、データを採ったり、文献検索などを通して、ひとつの課題を深く調べあげることで学びを深めていこうと試みています。
     今年は12月から始動していますが、内容は秘密です(笑)。とはいったものの簡単に紹介します。昨年通院していた有名レストランを経営する御婦人が「操体法の快適感覚を聞き分け味わうようになってから、お肌の調子が良いのよ」この一言から始まりました。お肌の調子がよくなるわけですから、アンチエイジング(老化防止)の作用のあるホルモンで調べると、成長ホルモンがあります。成長ホルモンは脳下垂体前葉から分泌されるホルモンでその名の通り「成長を促す重要なホルモン」です。主な役割は身長を伸ばす・骨や筋肉をつくる・アンチエイジング(老化防止)・代謝作用があります。その中のアンチエイジング(老化防止)を中心にみてみますと、若々しいお肌というのは、保湿力のヒアルロン酸、そして繊維細胞のコラーゲンなど美肌成分が水分と弾力の状態といわれていますが、紫外線やストレス、また加齢など様々な要因により日々ダメージを受け壊されてしまいます。成長ホルモンは、そんなダメージを受けたお肌を修復して肌機能を整え、美肌成分の分泌を促す働きをしているそうです。ただし、成長ホルモンの分泌は、食事や睡眠・ストレス・運動などが大きく影響します。
     そこでクリニック実習にきている実習生に、実験の意図を説明し了承してくれた実習生に操体法の前後及び操体法施術12時間後までの成長ホルモン血中値の経過を調べる準備ができたところです。どんな結果がまっているのでしょうか?結果は秋季東京操体フォーラムにて配布されるVisionSで確認してください。
     こんな学びを試みている今日この頃ですが、これも理解・協力してくださる周りの方々のおかげです。ありがとうございます。
     一週間この宇宙に近い地域からの担当佐助でした。ありがとうございました。
     とブログを閉じようとしましたが、佐助ひとりごとを書いてみたくなりました。
     僕は理学療法士として今年で16年目となり、その中で様々な学びをしてきました。その中で操体と出会いました。操体と出会ったのも、現状に満足することなく、患者さんのからだと真剣に向かい合ってきたからだと思っています。なんでもそうですが、興味を持って集まる方はいますが、真剣に学びと向かい合い、本当の意味で真理を極めていく方はほんの一握りで、真理を極めた者だけが伝道師であり本物なのだと思います。たかだか数年の学びで極めたような気になってはいけないと思います。学びは終わりのないものです。特にからだのついては、未知の部分の方が多いのですから生涯学びを辞めた時点で臨床家・治療家ではなくなるのではないでしょうか。
     学びをひとりでも続けられるという人がいます。ひとりで学び続けるとは本当に難しく、よほどの強い意思を持って、自分と向かい合っていなければなりません。
     僕は今の環境に恵まれています。学びの道しるべとして先を照らしてくれる三浦理事長、畠山理事がいてくれます。常に学び続ける目標とする先人がいてくれるからこそ、地に足をつけてひとつひとつ裏付けをしながら自分自身の学びができるこれが今の恵まれた環境なのです。どんなに世の中に情報があっても的外れな情報収集では真理を極めることができないからこそ、真理を極めていこうとする方々と繋がっていなければ本当の意味での学びを深めていくことはできないと思います。
     我々臨床家が学び続けている姿は、言葉にしなくても患者さんも肌で感じているようです。本日のブログに登場した有名レストランを経営する御夫婦からも「先生、また学びが深まったんじゃないですか」というありがたい言葉をいただくことがあります。これも今を大切にしているからだと思います。そして今の環境に感謝し、日々の学びの積み重ねをいつもでも大切にしたいと思います。「ありがとうございます。」

  • 直感という思考

    六日目です。よろしくお付き合いください。
    皆さんは将棋をやったことがありますか?僕も久しぶりに将棋をおこなう機会がありました。先の手を読みながら指しているつもりでも、結果は惨敗です。将棋は先を読むこともですが、直感も必要な頭も最大限に使うのではないかと思います。プロの棋士の頭の中はどんな状態なのでしょうか?と思っていたら、羽生名人をはじめとするプロ棋士60人の頭をfMRI(機能的核磁気共鳴装置)で撮影した結果の論文をみつけましたので紹介します。
    実験の方法は、将棋の(1)序盤(2)中盤(3)終盤(4)詰将棋の各局面を棋士に見せ、そこで指すべき手(正解手) を 「ごく短時間のうちに」 示させる、というものでした。 このときの棋士の脳内をfMRI計測 (脳のどの部位を活動させているか) と 脳波計測 (いつ、どのように活動させているか)を行ったものでした。
    結果は、プロ棋士の全員が正解手を示し(1)の序盤では局面を見てから 0.2秒後、(2)の中盤(3)の終盤では局面を見てから0.9秒後、(4)の詰将棋では、局面を見てから 1秒間ですべての駒の配置と駒の利きを把握し4秒以内に解いてしまったという。この時の脳の働かせ方こそ、実際の対局の場において プロ棋士たちが採用している「思考」 のプロセスがあり、脳科学が 「人間の思考のメカニズム」 を解明する手がかりの1つとして注目しているもののようです。プロ棋士のfMRIと脳波計を使った 測定の結果は「小脳」の活動が確認されたとのことです。小脳と聞いて「えっ」と思うかもしれません。小脳の本来の働きはヒトの脳のなかで「運動機能を統合する」役割を担うことで知られるのが小脳だからです。これらのことから、将棋で小脳が働くということは、プロの棋士達は脳のなかでスポーツをしているということになります。
    また今回の結果では、小脳の他にプロ棋士でのみ活動している脳の領域が見つかり、それは「大脳基底核」だったようです。大脳基底核は大脳皮質と視床や脳幹を結びつけている神経核の集まりで情報の選択装置として働くことで、大脳基底核が選び、小脳が答えを出すという直感の閃きのメカニズムなのではないかとのことでした。
    「直感には小脳が行う予測が重要である」と「小脳仮説」を唱えていた博士もいたようですがこの仮説を立証する内容でした。またこの博士の説では、次のように述べています。大脳皮質で起きていることは人間の意識に上ってくるが、それ以外の小脳や脳幹で起きていることは意識に上ってこない。脳内では無意識の状態でもたくさんの情報処理が行われている。運動では、最初、大脳皮質を使って意識的に手足を動かして、上手くいったかどうかを確認しながら練習をする。そして練習を重ねるうちに、手足の模型のようなものが大脳皮質にできてくる。それが「メンタルモデル」と呼ばれるものだ。大脳皮質にメンタルモデルができると、当初はそれを使って予測をするが、ある段階でそれが小脳にコピーされる。すると、その「内部モデル」を使って、小脳自体が予測をするようになり、意識をしなくても手足が正確に上手く動くようになる。大脳皮質のメンタルモデルが小脳に移されることによって、意識から無意識への移行が行われるわけである。思考はモノを動かすという点で、運動と似ている。運動では手足を動かすが、思考ではイメージや概念を動かす。そして運動の場合と同様に、思考でも最初は大脳皮質にメンタルモデルができる。大脳皮質の後側にある 頭頂・側頭連合野にイメージや概念が記憶されていて、それを前側の 前頭連合野が動かす。それが意識的な思考である。そして、いろいろ思考しているうちに、概念やイメージのモデルが頭頂・側頭連合野から小脳にコピーされ、無意識のうちに内部モデルを使って小脳自体が予測をするようになる。 つまり、直感的に答えを出すようになるのである。という内容です。
    プロ棋士のみならず、人間の誰もが 多かれ少なかれ持っている 「本物の直感」この直感という思考は、楽な状態や、人任せや、何もない状態でただ出てくるものではないと思います。真剣に向き合い、物事の本質を心にとどめ、常に真理を求める心が必要ではないかと思います。
    からだの感覚(快適感覚)も同じではないでしょうか。

  • 天才その2

    五日目です。昨日に引き続き天才についてですが、今日もよろしくお願いします。
    偉人の天才達はとてもよく似た共通点があるそうです。それは精神的な問題を抱えていた方が多いという特徴があるそうです。
    天才の多くは生まれながら何かしらの障害を持っていることが多く、外界からの上方に反応して脳が変化していく「脳の可塑性」により、ある部分が集中的に発達した状態とも言われています。バリー・レビンソン監督の映画「レインマン」では、ダスティ・ホフマン演じる自閉症患者が、床にばらまかれた楊枝の数を一瞬のうちに246本と数えてみせました。アンバランスですが、並外れた記憶力を持つ天才です。アインシュタインゲーテもダビンチもエジソンも、うつ病も含めれば、ニュートンチャーチルユングも、そうしたアンバランスな面を抱えていたとのことです。
    確かに視覚に障害をもっている方は、聴覚や指先の感覚などから情報を得るための感覚が、障害を持たないからより発達しているとも聞きます。
    天才といわれる方がなぜ精神的な問題を抱えているかたが多いのかを自分なりに考えてみると、やはり天才とはからだのある感覚が発達し、私達の想像以上に感覚が鋭い状態にあり脳が発達した状態にあるのではないかと思います。脳が活動するためには、化学物質が神経から神経へ流れて情報を伝えてゆく必要があります。この化学物質(神経伝達物質といいます)のうちドーパミンという物質が過剰に放出されると「過覚醒」の状態になり、統合失調症の幻覚や興奮などの症状が起きるという説があります。
    普通の状態では、たとえばにぎやかなところで話をしていても、相手の言っていることがきちんと聞こえます。これは神経のネットワークによって作られた「フィルター」によって、必要な情報を取り入れ、不必要な情報をカットしているためです。しかし統合失調症の急性期では、フィルターの役割が低下して無関係な情報が入り込んできます。そのために、気にとめないですむ音に敏感になり、まわりの人のしぐさや表情なども気になります。「笑っているのは何か特別な意味があるのではないか」と疑い深くなったりもします。これはフィルター能力の低下から不必要な情報が流れ込んで、神経の働きが混乱してしまうようです。
    そうなると天才とされる偉人達が、感覚が想像以上に発達していたとするならば、通常は使わない今の状況に必要ない情報まで含めた感覚が情報として常に脳に上がっている状態であれば、偉人の天才達にとって精神的な問題を抱えていたという共通点もうなずけるのではないでしょか。
    天(神様)からいただいたからだの感覚をどのように使わせていただくかということになり、すべての感覚を快適感覚がバランスをとっているような気がします。ありがとうございました。

  • 天才その1

    僕が担当している今週のブログも折り返しとなる四日目になりました。今日もお付き合いよろしくお願いします。
    僕は今、縁がひろがり野球をトレーナーという形で少年野球から高校野球を中心にサポートをしています。また冬の間は、スケートもサポートさせていただくことがあります。帯同をしていると沢山の子供たちの親と話す機会が多くなり、会話にでてくるのは○○君は才能があるとか、特に天才という言葉には引かれるようです。たしかに最近のニュースでは、スーパー中学生とか天才少年・少女という紹介を耳にする機会が増えている気がします。本当に天才なのでしょうか?周りと比較して結果がでていると、周りが勝手に騒いで天才を作っている所もあるような気がします。現代に天才とは結果がすべてという感じがします。
    才能や天才とは何なのでしょうか?調べてみることにしました。
    まず才能とは、日本語で「素質」といえば生まれつきその人が持っている才能や潜在能力などを意味することが多いようですが、中国の「素質」を日本語にするなら「常識」「礼儀」「品位」などが意味合いとすれば近いと思います。日本で言うなら「育ちの良い・悪い」と言うような、後天的な意味合いを「素質」と呼んでいるようです。
    才能の開花のポイントは、自分がこころの底から夢中になる大好きなことを極めていくことで開花するとのことでした。
    天才とは、まず天才の定義ですが、「万人よりも遥かに優れた能力を有し、その能力を活用して社会に認められた人」を指すそうです。エジソンが残した有名な言葉があります。「天才は1%のひらめきと99%の汗である」という言葉がありますが、この言葉をそのまま解釈すると「天才でもたゆまない努力が必要」ということになります。ですが実はこのエジソンが残した言葉の伝わり方(解釈)が間違っていたそうで、この言葉の真意は、「1%のひらめきがなければ99%の努力は無駄である」というのが正しいそうです。ひらめきとは直感(インスピレーション)を意味すると思いますが、直感は誰もが持っているものでもあると思います。誰もが天才の要素を持っていて、頑張るとか気持とか自我というものでなく、感覚である特殊感覚の五感(六感)を研ぎ澄まされた状態なのではないか思います。
    よく天才といわれる偉人の方々には科学者や芸術家が多いこともあり数学的天才と、芸術的天才の2つのタイプに分けてみました。
    数学的天才は計算速度や記憶力がとても高く、計算式を使わず右脳の機能をフル活用して頭に描いたイメージ(絵や形や記号)で計算処理するそうです。記憶に対して天才といわれる方は、言葉の概念や数字などを覚えるのではなく見たものをそのまま画像として記録し、頭の中で記録した画像を正確にイメージして、それを心の目で見ているというように、起きてはいるけど夢を見ているといった感覚のようです。
     芸術的天才は感性や思考が突出しているタイプで、芸術家をはじめ思想哲学者(哲学者研究者を除く)などが含まれます。この種の天才達はとてもよく似た共通点があり、精神的な問題を抱えている場合が多いのが特徴だそうです。理由は明日のブログでふれてみたいと思います。天才的な演奏者は音が音階ごとに色分けされていて、また音の強弱も色の濃薄で分けられ記憶されているようです。また、演奏している音を感じるとき、普通の人は耳から入ってきた音(情報)を脳で処理して聴いていますが、天才的な人は聴覚だけではなく、皮膚に伝わる振動(感覚や触覚)なども音の情報として受けとり、総合的に判断して音(音楽)を聴いているとのことです。
     いわゆる天才と共感覚を有している場合が多いようです。共感覚については2010年10月5日の実行委員ブログを参照して下さい。
     野球の天才と言われている長嶋茂雄さんの野球指導の内容をみると、現巨人監督の原さんが現役の時、長嶋さんの打撃指導では「腰をグーッと、ガーッとパワーで持っていって、ビシッと手首を返す。ビューと来たらバーンだ」と指導を受け、少年野球教室では「球がこうスーッと来るだろ。そこをグゥーッと構えて腰をガッとする。あとはバァッといってガーンと打つんだ」と指導し、子供たちは「???」となったというエピソードがありますが、これも長嶋さんがからだで感じた感覚を表現するとこうなるのだと思います。
    天才とは天(神様)からいただいた、からだの感覚を最大限に活かしている状態で誰もが生まれながらに天才の素材をもっているような気がします。それをありがたくどのように使わせていただいているかではないでしょうか。
    からだの能力や感覚は未知の可能性が秘められているような気がします。僕は操体を通して感覚について学ぶ機会が多くなっていますが、学ぶにつれてからだにも環境にもすべてに感謝する気持ちが大きくなっているような気がします。「ありがとうございます。」

  • 学びに繋がる楽しさ

    今日も雪かきをして出勤をしました佐助です。三日目もよろしくお願いします。
    最近というかここ一年ほど前まえから、気付きから生まれる学びが楽しいと感じている自分がいることに気付きました。何をしていても気付きや疑問が生まれ、みずから調べたり復習したりと学びに繋がっています。
    操体の基本理念である息・食・動・想は最小限必須責任生活であり、当たり前といえば当たり前なのですが、この息・食・動・想がからだの基本となるわけですから、意識を向けることがすべての学びや気付き・疑問などに繋がるわけです。そしてみずからの意思で文献の検索や・復習するといった行動にでるのですから楽しいはずです。
    最近も指紋について疑問に思うことがあり調べる機会がありました。指紋の役割を簡単に紹介すると、滑り止めの役割として捉えている方が多いようです。指紋について興味深い報告をされていたのが慶応義塾大学の前野氏の指紋がある場合とない場合、真皮乳頭(乳頭層)がある場合とない場合の解析についての論文報告です。マイスナー小体・メルケル小体・ルフィニ小体・パチニ小体の4つの触覚受容器は応力が集中している箇所に配置されていること、指紋や真皮乳頭は表層にあるマイスナー小体やメルケル小体の感度を増大させることを報告しています。
    つまり、指紋は単なる滑り止めではなく、つるつる・ざらざら・しこりを察知するなど触覚の検出感度を向上する役割を担っていることになります。
    そこで!!手の指紋を観察していると、手の平(手掌)の手心点(手掌側のMP関節付近)にも指先と同じ指紋をもった人が多いようです。(沢山の患者さんの手を観察させて頂きました。)特に多かったのが、薬指と小指の間の手心点です。ということは!センサーとして指先と手心点は同じ感度がある可能性が考えられ、重心安定の法則であるからだの使い方の手は小指を運動作用点・運動力点にするというように小指を活かす小指のセンサーとして高めている可能性も考えられたり、またそこから学びが広がっていきます。

    指紋についても意識しなければ、気が付くことではありません。学びが楽しいと思えるようになり見えてくるものがあるから不思議です。
    気付きが生まれる瞬間は楽しいと感じたり、充実していると感じることが出来るというのは、意識と無意識、自我が強すぎない、からだと魂など調和がとれている状態なのでしょうか。導かれる感じがします。
    「感覚をききわける」これも本来誰もがもっている感覚にめを向けるのか向けないのかによってからだに変化が生まれ、感覚にめを向け快適感覚を味わうというプロセスを踏むことで、きっとからだは喜び、感覚を統合する脳からからだ全体に良い効果をもたらすはずです。
    生命とは本当に不思議で神秘的でありがたいなぁと学びながらも感じています。
    ありがとうございました。

  • 自然に癒しを求める

     二日目です。よろしくお願いします。
     寒い日の朝はゆっくり暖かい布団の中でゴロゴロしていたい気分ですが、何故か朝は4時50分に目が覚めます。ちなみに夏場はレタスの出荷がある時は午前3時50分に目が覚めます。目覚まし時計もセットしていますが、だいたい目覚まし時計が鳴る数分前に目が覚めます。これは、毎日の活動スケジュールが体に刻まれ、感覚として養われているからなのでしょうか。人間の感覚とは、特殊感覚として体内に時計も持っているようです。
     このからだには五感などの特殊感覚も、皮膚や筋などの体性感覚も、内臓感覚もすべて感覚として、からだには備わっているのにも関わらず、この素晴らしい感覚を活かしきれていないからだが多いのではないでしょうか。からだの感覚はすべてに通ずるような気がします。
     僕の冬場の一日は、天候がよければ5時からランニング、雪に日は庭の雪かきから一日がスタートします。
     この週末の朝は雪かきでしたが、庭も周りの山々も全てが雪に覆われました。

     まだランニングや雪はきをはじめる頃は静かな夜といってもいいくらいです。田舎ですので月明かりや星空、暗闇などの宇宙を感じそして太陽が出てくる瞬間を迎えます。この時の瞬間は、自然の雄大さを感じる一時です。どうやら僕にとっては自然を感じているときが、活かされている生命を感じ、感覚と向き合うとても大切な時間のようです。
     頑張りすぎるということは、感覚のフィルターによって(2010年10月6日の実行委員ブログを参照)感覚を感じるセンサーを鈍くする可能性が考えられます。人間が大自然の中で、マイナスイオンなど癒しを求めるのも、宇宙や自然の大きな懐に包まれ生かされているという感覚や、からだの感覚と対話し本来持っている感覚のセンサーをリセットしたいという本能をもっているからではないでしょか。
     からだの本能に快適感覚を通して、からだを良い方向に向けたいというチカラがあるからこそ、ひとは自然に癒しを求めるのではないかと思います。
     ありがとうございました。

  • 宇宙に近い所より

    今週は佐助の担当となります。一週間よろしくお願いします。
    皆さんの住んでいる所は、少しずつ寒さは和らいでいますか?僕の住んでいる所はまだまだ厳しい寒さが続いています。2月でも寒い日は氷点下10度があたりまえの世界なのです。
    それもそのはず、僕の住んでいる所は、実行委員の中で一番高い所に住んでいるからです。なんと!!標高850mの所に住んでいるのです。寒いはずですが、良い所もあるんです。東京にお住まいの方々より、約800m以上も宇宙に近い所で空を見ていることになるわけですから、なんといっても星が綺麗です。しかも冬の星空は一段と綺麗さがまし、昨年の12月中旬に見られる三大流星群に数えられる「ふたご座流星群」の流れ星はビックリするぐらいに近くに感じられるほどの迫力があります。プラネタリウムでも綺麗な星空をみることができますが、やはり本物を間近にすると直接肌に感じる感覚や心に響く感動に大きな違いがあるように感じます。
    このような高い所ですので宇宙の観測所もあります。佐久市の臼田にJAXA臼田宇宙空間観測所があり、メインであるパラボラアンテナの大きさでは東洋一の大きさを誇る直径64mのアンテナがあります。ハレー彗星観測用惑星探査機「さきがけ」・「すいせい」やその後の火星探査機「のぞみ」、小惑星探査機「はやぶさ」等の惑星探査機との通信用観測所として設置されました。

    また、南牧村の野辺山には国立天文台野辺山宇宙電波観測所・野辺山太陽電波観測所もあります。ここの一番大きなアンテナは45mあり、1982 年の観測を開始して渦巻銀河 NGC4258 中心部の巨大ブラックホールを発見 (1994 年)、多数の星間分子の発見、太陽系外の原始惑星系の発見など、宇宙の謎に迫る数々の発見成果は世界から高く評価されているそうです。

    このような観測所が隣接地域にある、宇宙に近い所から今週一週間情報を発信したいと思います。よろしくお願いします。

  • つれづれに 7








    Cadenza for you






  • つれづれに 6

    昨日の発言とは矛盾しますが、一方で、「操体」を形造っている部品―今では化学反応を起こして融合して「操体」となっているが、元来は橋本先生が拾い集めた宝の数々だったーを橋本先生の足跡を辿ることによって(時代を経て)時々は見直すことも必要でしょう。
    それが2010年春の分科会のテーマ「橋本敬三のDNAを検証(顕彰)する」でした。
    そういう見方をする事によって、新たな発見や気付きを得られるかもしれない。また、橋本先生の時代より進んだ現代医学や最新の知見によって「操体」を照らす事により、民間医療と現代医療の間の溝を埋める努力を怠ってはなりません。それを続ける事により両者は一足跳びに越えられる距離に近づくでしょうから。
    しかし、繰り返しますが、最新鋭のPartsを集めても「操体」は創造できません。それは、自然、人間、生命に対する”想い”が桁外れに違うからです。
    ゆめゆめ、橋本先生の「生き方」を疎かにしていけません!

    山野真二

    2011年東京操体フォーラム分科会は4月29日に千駄ヶ谷津田ホールにて行います。http://www.tokyo-sotai.com/

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