投稿者: karib_sotai

  • 源氏物語

    教科書で名前は知っているものの、源氏物語を解説付きでしっかり読んだことがある人は、現在そんなに多くはないのではと思う。
    周囲の人達に「源氏物語」って、マンガでも映画でも何でもいいから、読んだこととか、見たことある?と聞いても「読んだことない」という人が圧倒的に多かった。

    源氏物語に限らず、人物の相関関係がわからないために、なかなかとっつきにくい古典は多い。私も「古事記」は口語訳やコミック、日本書紀はコミックで読んだ。しかし、ちゃんと家系図とか誰がどんな人物なのか、というのがわかれば、結構面白い。

    連環日本書紀 上 (キングシリーズ 漫画スーパーワイド)

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    日本書紀。これで読むとよく分かる。

    連環日本書記 2 (キングシリーズ)

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    口語訳 古事記―神代篇 (文春文庫)

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    口語訳古事記。日本の神様は浮気ばかりしているので、相関関係がわかりにくい。

    17歳のための世界と日本の見方―セイゴオ先生の人間文化講義

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    日本神話も分かりやすく書かれている。17歳じゃなくても充分面白い。

    私は高校時代、古典が苦手だったので「源氏物語」という名前だけは知っていた。つまり、全く興味がなかったのだ。しかしある時、源氏物語そのものではなく、どんな人物であるとか、どういう関係だとか、歴史背景や宮中の行事を中心に説明した本を読んで「へえ」と思った。白状すると、半分以上はコミックの類だが、これが結構面白いのである。

    いずれにせよ、日本が世界に誇る「愛の物語」だ。

    第一部:数多の恋愛遍歴を繰り広げながら人臣最高の栄誉を極める光源氏の前半生
    第二部:愛情生活の破綻による無常を覚え、やがて出家を志す光源氏の後半生と彼をとりまく子女の恋愛模様
    第三部:源氏死後の子孫たちの恋と人生

    まず、この時代は通い婚だった。女性も財産を持つことが許されていた。また、この時代は戦争が起こらなかった。通い婚という習慣があったため、殿方は恋愛に忙しく、戦をしているヒマがなかったのだ。女性のところに通うにしても、まずはあらかじめ根回しが必要である。今夜行きますから、戸が開くようにしておいて下さい、とお付きのものにも伝えておかなければならない。

    いざ目的を果たして朝がくると、夜が明ける前に退出し、戻ったら「後朝の文」(きぬぎぬのふみ)という、ラブレターを女性に書かなければならない。この文にセンスがなかったりすると、バカにされてしまう。そのため、後朝の文専用のゴーストライターもいたようで、とにかく殿方は忙しかったのである。

    面白い?ルールとしては、基本的に殿方は姫の顔を見ることはできない。あの姫はキレイだとか、見目麗しいという噂などに頼る。また、姫様は殿方に寝所の御簾の中に入られてしまったら、関係を持ってもしかたないというルールもあったらしい。三分間ルールみたいだ。

    そして、源氏物語が、何故こんなに日本人に愛されるのかを考えてみた。

    セレブ(帝の王子様)と、母への慕情、義母との許されざる恋なんだろうな、と思う。もう一つは、年若い少女を拉致同然に連れ去り、自分の好みに育てるという「禁断シリーズ」二本柱に当てはまるからなのかもしれない。

    ティーンズコミックの「禁断シリーズ」の主人公の相手は大抵は「お兄ちゃん」である。「お兄ちゃん」がこんなことするなんて、と、主人公はめそめそするのだが、やがて愛欲の世界に(笑)というのがそのおおよその筋書きだ。しかし、流石に「最後の一線は越えない」というのがコミックである。あ、脱線。

    源氏の君はマザコン桐壺の更衣は、帝に寵愛されていたが、他の妃の嫉妬やいじめを受けて源氏が3歳の時亡くなる)、更に亡き母、桐壺の更衣に生き写しの藤壺(前の奥方にそっくりな先代の帝の娘)を慕う。慕うのならまだしも、藤壺のところに通い、寝所の御簾の中に押し入り、やがて王子が生まれてしまうのだ。
    桐壺の帝は、源氏と藤壺の間の子とは知らずに、大事に育てるのである。マザコンで、義母と通じて子をなしてしまったわけだ。
    桐壺帝は優しい方で、その皇子を抱きながら、源氏に「あなたにそっくりですよ」と言う。

    ★ちなみに、後に源氏自身も妻、女三宮が不義の子(薫)を生むという目に遭う(因果応報?)

    その後、桐壺帝は亡くなり、藤壺は出家してしまう。いくら源氏でも、出家した女性には手を出せない。
    その後、病気療養していた源氏は、藤壺の姪である紫の上(まだ幼い)をいわば略奪し、自分の理想の女性に育てる。そして自分の妻にしてしまうのである。

    源氏の正妻の葵の上は、六条御息所(ろくじょうみやすどころ)の生霊に取り殺されてしまう。この辺りは女の嫉妬の恐ろしいところで、クライマックスの一つでもある。
    源氏はその後紫の上と初床を迎える。それまでは、まるで優しい兄の如く、添い寝してくれていた源氏の君が、突如「男」となったのは相当なショックに違いない。物語には、紫の上が朝になっても不機嫌で起きてこない、というようなことも書かれているのである。

    ザコンで、義母と通じ、義母の姪を略奪し、自分のモノにすると、こう書いてみると結構とんでもない輩だが、関係した女性達は誰も光源氏のことを悪く言っていないのである。それは多分、どの女性に対しても、ピュア(?)な気持ちで接していたからなのだろうか。

    末摘花(すえつむはな)は、源氏が関わった女性の中でも、不美人(ハナが大きくて赤い)だと書かれている。古風で堅苦しくて、気が利かないので源氏に「一緒にいて恥ずかしくなる」とまで言われるが、それは純真な心の裏返しで、源氏も感動し、晩年は妻の一人として迎えたと書かれている。
    不美人でも源氏はちゃんと面倒をみるのである。そういうところも源氏のモテる原因なのだろう。

    なお、とっつきやすいのはやはりコミックだろう。

    あさきゆめみし 1 完全版 (KCデラックス)

    あさきゆめみし 1 完全版 (KCデラックス)

    少女マンガで「源氏物語」と言ったらこれだろう。

    源氏物語 (第1巻) (SCオールマン愛蔵版)

    源氏物語 (第1巻) (SCオールマン愛蔵版)

    江口源氏。現代語でなく、古典をそのまま使っている。江口氏なので結構エロい(笑)

    まんがグリム童話 艶聞源氏物語

    まんがグリム童話 艶聞源氏物語

    葉月つや子氏によるもの。源氏の君が何だか現代的。女性は皆色っぽい。

  • タダトモ夫婦。

    昨年「タダトモ夫婦」という言葉が流行った。私は「単に一緒に住んでいるだけ」だけなのか、あるいはセックスレスなのかと思っていた。
    しかし、調べてみると、女性が「一人の時間」を、求めているのだということが分かってきた。家事や育児の時間を、夫に負担してもらって、自分の時間に充てたいのだそうだ。
    男性は「イクメン」(育児をする男性?)化し、妻は「おひとり妻」化である。

    それはさておき、DV(ドメスティック・バイオレンス)について調べて見ると、身体的虐待、精神的虐待性的虐待、経済的暴力、社会的隔離などがあげられる。

    性的虐待の定義として、性交の強要・避妊をしない・特別な行為を強要する・異常な嫉妬をする、など一方的な行為で、近親間強姦とも呼べる。中絶賛成派は中絶をさせないこともこの中に含まれるとしている。

    私が考えるに、性的に放置する、というのも含まれるのではないかと思う。

    まあ、私が虐待されたわけではないのだが、後輩のためにもちょっと書いておこうと思う。

    私の場合、コトのおこりは、婚約期間が比較的長かったため、友達化している事実があったものの、盛大な結婚式も控えていたりして、「今更結婚をとりやめるわけにはいかない」という状況や、自分の中で、確かにわき上がってきた「どうも自分は相手の遺伝子を残したくない」という感情に気がついたことだった。微妙ではあるが「嫌いじゃないけど、遺伝子を残すっていうのには一抹の不安がある」という感覚だ。

    これは原始感覚に従った気持ちでもあったと思う。「そこでやめときゃ良かったのに」と言われれば元も子もないのだが、人生の勉強である(笑)。一抹の不安と共に「ま、何とかなるか」という感じだった。実際は何とかならないのだが(笑)。

    ★笑って済ませられるというのは、今ハッピーだからです

    また、先方の母上と初めて会ったとき、まだ彼女ですらない私が言われたのは「この子(息子)の孫が初めての内孫だね」ということだった。私は大学生だったが、そんなことは微塵も思っていなかったので、何だかいやな気がした。そういう目で見られているのか、という妙な感じである。

    結婚してから5年は会社に勤めていたし、操体の学びも深まり、開業することもでき、順調に進んでいた。運良く操体の本も出すことができた。三浦先生はじめ、第二世代の操体の先輩達とも巡り会い、操体は私のライフワークになっていた。

    この間は「仲は悪くないけれど、一緒に住んでいるだけ」の生活である。一度相手に「私に興味はないのか」と聞いてみたところ「腰が痛いから」という答えが返ってきたのを覚えている。
    そうなると、もうどうでも良くなってくるではないか(笑)。

    また、二年に一度くらい、突然「コドモはどうするんだ」と言われたりするとびっくりするものである。二年に一度位思い立って、いたしたからといって、どうなるわけでもないか。これで命中したら大したもんである。

    ふーふせいかつはないんだけど、相手は子供だけは欲しがっている、という妙な状況だ。何だか「子作りのウツワ」として見られているんだなという感じだ。

    こんな時は、朝から晩までダブル、トリプルワークでくたくたになっている時、夜中に突然叩き起こされたりする。勿論こちらも応じたりはしないのだが、これは本当に苦痛だった。これってもしかして虐待??

    また「子供でも生まれれば操体にそんなに夢中になることはないだろう」と思ったようだった。明らかにそんな雰囲気、いや言葉を発することもあった。私はこれが一番イヤだった。

    相手の下のお姉さんは子だくさんで、四人の子供がいた。上のお姉さんのところには子供はいない。下のお姉さんが三人目か四人目を妊娠したという話を聞いた時、余程「内孫」が欲しかったのか、先方の家族会議みたいなところで私は正面きって「腹切って死んでもいいからマゴを生め」と先方の親御さんに言われた。こうなると、意地でも応じないぞ、と思うではないか(笑)

    その翌年、私はシングルに戻る選択をした。親も最初は出戻り娘に「ヨメに行け」とうるさかったが、最近では「操体」を認めてくれつつある。

    私とは全く逆で「東大卒男子のタネが欲しい」と、東大出の男性と結婚し、可愛い男の子を授かった後、子供を連れて実家に帰り、電撃離婚した友人もいた。優秀なタネが欲しいというのも一理あるか。でも極端だな(笑)。

  • 一度ワンランク上のものを味わってしまったら

    私が愛読しているネット上での連載「乗り移り人生相談」で、島地勝彦氏が書いていたが、キリスト教などでは、長い間女性の快楽を宗教的に細かく抑圧していた。オンナはあくまでも産み育てる器だったのだ。
    それは恐らく「快」というものを女性が知ってしまったら、コントロールが効かなくなることを知っていたのだ。

    乗り移り人生相談 -柴田錬三郎・今東光・開高健、降臨!!

    乗り移り人生相談 -柴田錬三郎・今東光・開高健、降臨!!

    これは書籍版。ネット上での連載をまとめたもの

    これもある女医さんに聞いた話だが、アフリカの女性で、妊娠と出産を繰り返し、40歳過ぎて初めて月経という存在を知ったという話もある。
    アフリカは未だに女性器切除(女子割礼)という習慣がある部族もいる(Female Genital Mutilation、略称FGM)私が読んだ限りでは「割礼」という言い方で、陰唇を陰核もろとも鋭い刃物で切り、穴を二つだけ開けて、縫ってしまうのだという。穴二つというのは、小水と経血が出る穴のことだ。

    こうすることによって、結婚まで処女性を保てるとか、切り取ることによって性欲を押さえることができるとか考えられているらしい。
    明確にわかるのは、女性の快を味わう器官を最初から切除し、それとは「無縁」、つまり働き手であり、ひっきりなしに妊娠と出産をくり返すことに専念させることと、一種の女性蔑視もあると言われている。世論でも残酷な行為として声が上がっている。また、感染症で亡くなるケースも多いらしい。私も勿論反対だ。

    先の島地勝彦氏の本によると、昔の日本の男性の多くは、処女と結婚して正常位だけで済ませて、ツマには「夫婦の営みとはこんなもんだ」と、思わせて、自分は外で遊んでいたという。遊んでいたというと聞こえが悪いかもしれないが、家は家、外は外だったのだろう。

    しかし今は情報があふれているし、女性も「そんなもんじゃなかろう」という人のほうが多いだろう。
    「うちの彼って、○○して××してこれで終わり?!」とか。これは「愛の技」でも同じではないだろうか。「こんなもんだ男」が普通だと思っていたところ「ええええっ?愛の伝道師」に出会うという体験をしてしまったら女は「こんなもんだ男」で満足できるのか?

    シマジ氏は「知る悲しみ」ということも書いているが、洋服も、シガーも、シングルモルトも一度いいものを味わって知ってしまったら、ランクを下げられなくなるのだ。これは男も女も同じだ。

    操体も同じで、第1分析しか知らない場合は「こんなもんだ」と思うのだろうが、第2分析、第3分析での「快」を味わってしまったら、「こんなもんだ」では済まなくなってしまう。これは紛れもない事実である。

    また、よく思うのだが、第2分析しかり、第3分析は、女性が感じる性的な快感に通じるところがあると思う。男性のフィニッシュが、瞬間急速脱力だったら、女性のは、第3分析以上と言ってもいいかもしれない。生まれ変わったら男と女、どちらがいいですか、と聞かれると、女性の中には「モテ男になって、女性を制覇しまくりたい」という人もいるが(わからないではない)、大抵は「オンナのほうがいい」と言うのは何故か。それはやはりからだが受容する「快」が深いからではないだろうかと思う。

    第2、第3分析の「快」を味わってしまったら、ハマる男性が多いのもわかる気がする。
    まあ、ウソかホントか味わって頂ければと。

  • 侍女の物語と産児制限

    こんにちは。東京操体フォーラムの畠山裕美です。今回は橋本敬三先生が生涯のテーマ(レーベンス・テーマ)として追求された「性(セックス)」がテーマです。男性諸氏とは少し違った観点から語ってみたいと思います。

    私の猫は16歳になる。

    12,3歳の頃から「目が緑の黒猫がいいな」と思っていた。ある日、デパートでやっていた「世界の猫展」に行き、猫がいないのに、何故かキャットフードのサンプルをもらって帰った。丁度その夜、自宅マンションの前で鉢合わせして、初対面ですり寄ってきたのがこの子だった。キャットフードのサンプルは無駄にはならなかったのである。

    当時は野良子で、近所の白いボス猫の「情婦」だった。強面の白いボス猫の脇で「うにゃ〜ん」と鳴いていた。よくマンションの階段を上って私の家まで遊びに来ていた。

    その時黒猫はお腹が大きかったのだが、しばらくして、子猫を5匹産んだ。マンションの一階に住んでいる人が子猫をベランダで預かってくれた。里親を捜して3匹はもらわれていったが、2匹は外にいる間に車に轢かれて亡くなった。

    その後、私は決心して猫をキャリーバッグに押し込み、病院に連れて行った。避妊手術のためだ。一度子猫を産んでおり、その後も雄猫と接触した可能性があるので、子宮と卵巣全摘である。
    この話をすると「かわいそう」という人とそうでない人に分かれるのでどちらがいいかとは言わないが、年間、保健所で一酸化炭素で窒息処理(敢えて処理と言う)されている犬や猫のことを考えると、やはりどうにかしなくちゃな、と思う。

    かわいそうに、というのは簡単だ。勿論かわいそうだし、雄猫はタマをパチンと切って絆創膏を貼っておわりだが、雌猫は開腹手術をしなければならない。自然は自然でもいいんだが、増える子猫の責任を持てるのか?と、思うと、都会の飼い猫はやはり避妊去勢手術をするのが飼い主としての愛情だと思う。

    以前、地方在住のある女流作家が、猫に子猫が生まれたら、崖から海に捨てると言っていた。彼女いわく、自然に任せているのだそうである。そういう考え方もあるかもしれない。残酷というのは簡単だが、他にどんな選択肢があるのだろう。いずれにせよ、私は子猫を崖から海には捨てるなんてできない。
    かわいそうとか、自然が一番というのは簡単だが、いずれにせよ、妊娠してリスクを背負うのは雌と女なのだ。

    アメリカなどでは未だに妊娠中絶が認められていないところがあり、年に数人は過激な宗教者による、中絶医の殺害が絶えないとも聞いている。

    20世紀初頭、産児制限(受胎調節)運動を唱えたマーガレット・サンガーは、貧しい女性が、望まない妊娠出産をくり返すことを防ぐため、つまり「女性には産みたい時に産む権利がある」ということを唱えた。貧しい女性が妊娠出産をくり返すということは、からだへのリスクをはじめ、経済的にも不安定にもなり、生まれた子供に充分な栄養や教育を与えられないということでもある。
    当時、バースコントロールをすることは「変態」だと思われていたようで、サンガー自身、感化院に入れられたりしている。
    カトリックでは避妊を禁じているところがあるようだが、昔は人口の増加がそのまま国が富み、働き手が増えることでもあった。男性の自慰は、精子を無駄にするな(笑)ということだ。同性愛が禁じられていたのも、それが直接の生殖繁殖につながらないからだ。ほんの半世紀前まで海外では「手淫するとバカになる」とか言われていたのだ。

    私が非常に印象深いと思っている本に、カナダのマーガレット・アトウッドの「侍女の物語」という話がある。

    侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)

    侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)

    20世紀最後のあたり、アメリカが過激なキリスト教集団「ギレアデ」によって大統領が殺害され、中央アメリカが新政府に制圧されるという話だ。
    世界中で環境汚染か何らかの理由で女性の妊娠能力が落ち、子供が生まれなくなる。ギレアデは、女性の銀行口座を全て凍結し、金銭的自由を奪う。また、名前も奪う。
    例えば「オブグレン」「オブフレッド」のように、グレンの妻、フレッドの妻、というように呼ばれるのである。

    出産経験のある女性ならば、妊娠の可能性が高いとして、若い経産婦を集め「侍女」とする。聖書には、正妻に子が生まれぬ場合は、侍女を代理にして子を産ませても構わないという一節があり、それに従っているのである。

    ギレアデ政府は、「侍女」を、軍の上級幹部にあてがう。侍女は公認の「妾」なのだ。その儀式の際、正妻は仰向けに寝て、侍女は正妻の恥骨の辺りに頭を乗せ、二人はしっかりと手をつなぐ。そうして、正妻と侍女は「一つ」になっており、その状態で、「御主人」と交接するのである。これは姦淫でも何でもなく、聖書に基づいた儀式として行われる。女性は、人格を持つものではなく、子を産み育てる器として扱われるのだ。

    NANA (1)

    NANA (1)

    人気コミック、「NANA」では、ナナは婦人科医に通ってピルを処方してもらっている。何故かと言えば恋人レンが避妊に非協力的だからだ。レンは子供が好きだから沢山つくろうぜ、みたいなことを言うのだが、ミュージシャンとしてのキャリア街道を進んでいる最中のNANAにとって、子供を作るということは、キャリアを断つことにもなる。

    もう一人の主人公、奈々(ハチ)は、逆に少しお間抜けで、二人の男性と関係し、「どっちの子だ?!」という妊娠をしてしまう。
    ナナが奈々の相手(同じバンドの仲間)に言うのが「最初からコンドームつけたか?」「途中からつけても意味ないぞ」ということで、実は日本人男性の多くは、「最後につけりゃいいじゃん」と思っているらしいのである。先走り汁(す、すんません)の中にも精子は含まれており、それで妊娠が成りたつ可能性も十分あるのだ。

    ★これは「できちゃった結婚」と、避妊に失敗した、という原因の殆どをしめるらしい。また、日本人男性の多くは、射精直前にコンドームの装着をするという調査結果もある(日本の結婚の半分ができちゃった婚で、5組に一組は中絶を選択するらしい)
    ★耳が痛いという方がいたら、ごめんなさい(笑)
    ★これから気をつけてください。STDの予防にもなりますから

    ピルと言えば、低容量ピルは現在、生理不順とか更年期障害などの治療に使われている。解禁までには時間がかかったが、一番時間がかかったのはオヤジ議員の説得だったらしい。「ピルを解禁したら女性が開放的になりすぎる」というので、なかなか通らなかったのだ。

    女性はばらまく性ではないから、「ピル解禁だからもうやりまくりよ」と、全ての女性がか言うわけないし(笑)、愛のないセックスは自分の体をいためることもわかっている。なので、ピル解禁したら女性が云々というのはオヤジの考えなのだ。また、未だに「ピルを飲んでいると遊んでいると思われる」という女性もいる。

    効果的な避妊方法が普及されていない国ほど、中絶率が高いというデータもある。日本は先進国の中でもトップクラスのピル後進国だが、年間の中絶率は約33万件(実際は倍くらいらしい)もある。

    私の古い知人で、若い頃は何人もの女の子を「孕ませて堕ろさせて」をくり返した男性がいる。最近手紙が来た。
    再婚し、子供が生まれました。こんなに子供が可愛いとは思いませんでした。私にはもう連絡を取らないで下さい、と書いてあった。若い頃のやんちゃを知っている私とはこれ以上付き合いたくはないのだろう。
    住所録と携帯から彼のデータは消去した。

  • 『性』という大きなテーマ

    最終日となりました。「性」というテーマを語るのは面白いですが、大変です。

    今回、見当違いな事を、書いているのかもしれませんが、それも一つの捉え方と言う事で、ご了承下さい。

    僕が本当の意味で、女『性』が偉大だと本当の意味で実感したのは、出産に立ち会った時からかもしれません。

    何が起きても妻に対し、これだけは尊敬し感謝する事があります。

    それは、自分の子どもを産んだと言う事。(もちろん他にもありますよ(笑))

    僕は2人目のお産に立ち合いました。

    (一人目の時は間に合わず分娩室の扉に張り付いていて、看護士さんに笑われた記憶が・・・)

    陣痛の時も背中をずっとさすっていた。けど、それだけしか、出来なかった。

    でも、妻はそこから何時間もの痛みに耐え、新しい『生』命をこの世にうみだした。

    分娩室では新しい生命の誕生し、言葉にできなかった自分を、

    今でも鮮明に覚えています。

    そういう感動も『性』の大きなテーマの中にはあります。

    女性は包み込む事ができるから、お腹の中で新たな命を育てる事も出来たりする。

    そして、僕はそんな『性』に惹かれたのだと今は感じています。

    そういう事だけでなく、女『性』には、特別な何かがあるような気がします。

    女性から見た男性は、どういった所にそういう事を感じたりするのでしょうかね?

    『性』というテーマは、各実行委員の内容からしても本当に深く、広いですね、

    今回、書くにあたり変な先入観をもった自分がいましたが、

    最終日となりこのテーマは書くべきテーマだし、今後も探求すべきだと感じました。

    皆さんはこの『性』というテーマをどのように捉えますか?

    皆さんの考える、感じる『性』とは違った内容だったかもしれませんが、

    1週間ありがとうございました、西田でした。

    明日より畠山先生です、お楽しみに。

  • 『性』という大きなテーマ6

    今日は朝からバタバタとしていました。
    明日は結婚式にカメラマンとしても参加しますし、練習?!も兼ねて
    散歩もしました。気持良い風にしばし、からだをゆだねてみました。

    『生』命。

    今現在僕は二児の父となっている。

    そこに至るまでは色々な経験をした。

    そんな経験の中から現在の大人?の考えに至るまでを書かせて頂こう。

    恋愛と呼べる物、そうでないもの。。。

    僕の恋愛対象は女性であるので、女性に対する温かさにふれてみたいと思う。

    女性がもつ温かさは、姿からはもちろん、性器からも理解する事ができる。

    包み込む温かさは、なんとも心が落ち着く。

    高揚する気持ちが大きくなるのはもちろんだが

    大きな安心感に包まれる。

    ホテルなどのデザインモチーフになっているとも聞いた事がありますが、

    うなずける話ですよね。

    そして、建築物だけでなく他にも安心感を与えるものとして表現されているのかもしれない。

    僕が好きなインディアンジュエリーにもモチーフとして使われていたりする。

    母なる大地とか母なる海というが、「母」(女性は)そういう壮大なものに形容される。

    女性とはそう言う意味でも偉大です。

    そして人は一番きもちの良い場所から生まれ、

    死ぬ時はまた一番きもちの良い場所へ帰る「帰一」。

    これは最高の快であり、「性」という大きなテーマとしても語れそうですね。

    ありがとうございました。

    続く

  • 『性』という大きなテーマ5

    毎日気温差が激しいですが、体調管理は大丈夫ですか?

    昨日書いたものと、内容が重なるかもしれないですが、お付き合い下さい。

    性を性別と捉えるとまた、それぞれの「性」がもつ、生きている上での役目があるように感じます。

    そして、性を性欲ととらえるとその延長にはSEXというものがあるし、それは、性別とも訳される。

    全てをまとめて考えた時、色々な捉え方があると言う事になると思います。

    そして、時間をかけて、そのものの本質の接し方を学んでいる気がします。

    最初は本当にそのものをしたい!という性欲の発散。

    お互いがそう思っている時期もあると思う。

    そして、「愛」というものが一時的の物でなく大きくなってきた時に、興味本位の物ではなくなる気がする。

    繰り返す事により、より深く相手を知ることにもなるし、その行為そのものの「快」を超える「快」がある気がする。

    それが、生命につながる・・・

    続く

  • 『性』という大きなテーマ4

    仕事に行く前に、自転車で風を感じてきました。今日は今日で暑いくらいですね。
    今日も宜しくお願いします。

    前日の流れから・・・

    恋愛の仕方は教わらなくても、両方の魂が惹かれあうと、最終的にはお互いに心を開きからだも解放し結ばれる。もちろん実際には重ねるからだの相性もあるから、すべてが、それでハッピーエンドとはいかないのです。

    そこに至るには、優しさも、温もりも、自分のからだに対する好みも・・・色々な要素が噛み合う必要がある様に思います。

    お互いの形状の異なる鍵が鍵穴に入っても回らないように。

    そして、そんなにしょっちゅうピッタリの鍵も鍵穴も見つからない。

    でもたまに、「なにかビビッときた」と聞く事があります。

    お互い信号は発しているのです。

    たまに間違いもあるだろうけど。

    高校生の時は、無意識にそうやって恋愛を繰り返し「性の一部」を学んでいたのかもしれないですね。

    このように書いていると、確かに「性」も一生学べるテーマなのだとわかります。

    現段階の僕が書くとどうしても話が偏ってしまう、でもこれは今の気付きとして。

    『性』に対しては、時間と共に考え方も変わり、さまざまな解釈が出来るようになってくるのだと思います。

    ちょっとした、異性への興味からはじまり、からだに対しての興味をもち、からだを重ねる事に興味をもち

    そして、新たな「生」命。

    ありがとうございました。

    続く

  • 『性』という大きなテーマ3

    今日は昨日とは一変して肌寒さを感じます。
    午前中から部屋の片付けをし、午後からは訪問に向かいます。

    訪問途中ふと歩道に目を向けると、部活帰りの高校生たちが溢れかえっている。
    男同士での集団であったり、また男女二人であったりもする。
    そんな光景を見ると自分の高校生の時を思い出したりもします。

    そんな高校生時代に感じていたであろう「性」について。

    当時は本当におバカさんというか、「性」に対しての興味が強かった。
    僕は男子校と言う事もあり余計にそうだったのかもしれないですが・・・
    その時は「共学に入れば良かった」なんて、女性がいると言う事だけで本気で思っていました(笑)

    まあ、女性がいるだけで、あの男臭い雰囲気は変わったかもしれないですけどね(笑)

    部活の応援に行ったときも、男子校の声援が「ウォ〜〜〜」に対して共学は「キャー」と黄色い声援が多く聞こえたのが今でも忘れられません(笑)

    応援の帰り道も羨ましそうに見ていたの覚えてます(これも青春)

    でも男子校のメリットと言えば、女子に気を遣わずに何でも言える事でしょうかね。

    購買にいたお姉さんには悪い環境だったと思いますが。

    余談ですがその時の購買のお姉さんは、今でも年始や何かあった時連絡くれるのですよ!

    僕が、弁当忘れた時には自分の弁当を分けてくれたりもしましたね。感謝の一言です。

    脱線しました。

    高校生が持つ「性」への対しての興味の多くは「SEXという行為」ではないでしょうか?

    「性」を理解為るために必要な通り道だったのだと思います。

    そして、

    「好きだから、SEXしたいのか?」

    「SEXしたいから、好きになるのか?」

    この二つが、「この行為」だけではない「性」を感じるきっかけになったような・・・

    この気持はきっと男女両方にある事!一方的な気持ではないと言う事が前提の事ですし、僕が常にこれだけ考えている訳ではありませんョ。

    「おとなの階段の〜ぼる〜♪」なんて事も、「性」一部を知っただけで、浮かれていた自分が懐かしい。

    こんな事が入り交じりながら、相手への接し方、そのものの行為の仕方も学んで行くのですよね。

    皆さんはどうですか?きっとそれぞれに違った学び方、出会いかたをしてきたと思います。

    今日はこのへんで、ありがとうございました。

  • 『性』という大きなテーマ2

    二日目です。

    昨日は凄い風でしたね。僕は目にゴミが入り、物陰で大粒の涙をながしていました・・・

    今日は、中学生くらいから、「性」に対してどのように変わってきたか。と言う事を交えながら・・・宜しくお願いします。

    中学校から高校生の頃は、『性』と言う物の本質とか深さではなく、純粋バカそのものに、女性のからだというものに、興味をもった時期だったような気がする。
    昨日の様に風が強い日は、屋上で「風よ!!もっとふけ〜〜〜」なんて事をやっていた友人もいました。(いや、これは残念ながら僕ではないです(笑))
    でも、そこには、男性・女性お互いに、何かしらの変化が起きているからだと思うのです。自分のからだの成長に気付き始め、恥じらいから女性はふと隠そうとする。隠されれば心理的に見たくなる(これも性(サガ))・・・

    保健体育の授業を聞いて、なんとなくはわかっても、当時の興味は神秘的なからだの造りや役割ではなく、だんぜん異性の表面的な造りだった事を覚えていいます。

    そしてそれは、ふとしたことから始まった。

    それまでは、なんの抵抗もなくじゃれ合っていた友達が急に恥じらいをもつようになった時。

    ふと掴んだ手がなんだが自分の手の感触とは違った時。

    そして自分とは違う、何かに興味を持つようになった。

    『何か』ってなんだろう。自分との違いだったのかもしれない。

    きっと本当に純粋な気持ちだったのだろうな。

    そして、本格的に女性らしさとかに惹かれ始めたのは、このくらいからかな。

    いつのまにか、手が触れるだけでも「ドキ」としたのを覚えている。

    思春期には、性に対しての考えも次のステップへ進む。

    からだに対しての興味が本当に大きくなった。

    高校生になると、誰もが通るSEXという行為に興味をもった。

    当時はその物だけにあった興味が、また次の段へ登っていく。

    明日は、その辺の事をあまり、下品になりすぎないように書きたいと思います。

    今日も、ありがとうございました。

    続く