投稿者: karib_sotai

  • 「何もない」空間

    「何もない」ということは「何もないということでは
    ない」ということ、「何もしない」ということは「何
    もしないということではない」ということ。

    臨床を行ううえで、最近感じることです。

    見えているものの裏側で支えている空間に何を見立て
    るのか。

    見立てによってウンと空間が生きてくるように思いま
    す。

  • 真実

    からだを通してききわけた感覚や無意識は、そんなに
    やわじゃないと思います。少なくとも意識を変えるく
    らいの力はあると思います。

    ですから、「なんだかよくわからない」でも心配する
    必要はありません。

    「なんとなくいい」というあなたの真実があれば、そ
    れでいいと思うのです。

    「なんだかよくわからない」の裏側には「なんとなく
    いい」につながる見立てがあります。

  • 山頂

    治療を山登りの過程と見立てて、「目的地は一緒だか
    ら、色々な治療法があっていい」という意見がありま
    す。

    確かにそうだなと思う一方で、そもそも登る山は一つ
    だけなのかなと思ったりもします。

    治療医学で目指す山頂もあれば、健康維持増進医学で
    目指す山頂もある。操体は後者です。

    目的地がハッキリすれば、登り方を競うレースから外
    れることができるんじゃないかと思います。

  • 諸刃

    経験値がものをいうことがありますが、一方で、かえ
    って邪魔になることもあります。

    「それは本当にからだの要求にかなっていることなの
    か?」

    この問いかけと常に向き合う操体臨床においては、過
    去の蓄積は危ういものになります。

    経験値という諸刃の剣に身断てられることなく(身を
    断たれることなく)、今という空間と向き合いたいも
    のです。

  • 自覚

    香さん、一週間ありがとうございます。
    今週担当の瀧澤です。よろしくお願い致します。

    臨床を行う上で必要なのが「診立て」ですが、普通は
    施術者が患者を診立てます。

    しかし、施術者が患者を診立てる一方で、じつは施術
    者も常に「からだ」に見立てられている、という捉え
    方があります。

    施術者のからだにせよ、患者のからだにせよ、からだ
    は常に問いかけてきます。

    「それは本当にからだの要求にかなっていることなの
    か?」

    操体臨床はいつもここから出発するのです。

  • バランス感覚

    診たては

    今まで養ってきた思考がとても大切だが、

    その思考ばかりに偏ってしまい、

    目の前の情報をそのまま受け取れない状態に

    なってしまうことがある。

     

    そのまま受け取りつつ

    今まで養ってきなものを創造的に

    展開していく。

    このバランスが取れてこそ

    診たてがみたてになるのだと思う。

     

    一週間、ありがとうございました。

    明日からは、瀧澤さんです。

  • 便利であるがゆえに失われているもの

    見立ては

    「なぞらえる」「物を本来あるべき姿ではなく、別のものとして見る」という意味で

    使われることがあるようだ。

    私は茶道のことはよくわからないが、

    千利休は見立ての心を生かし、日常使いの生活用品を茶道具として取り入れていたという。

     

    今の時代は何不自由なく物が揃っており、不足していて困るということは

    日常生活の中でほとんどない。

    とても便利な生活に慣れているため、時々その物がないと、

    大変なことが起きたかのような事態になる。

    時にはパニック状態に陥ることさえある。

     

    そんな時、

    別なもので代用できる?

    どうしたらなくても大丈夫?と

    柔軟に想像力をはたらかせ

    発想の転換ができれば、

    パニックを起こすことが避けられることも多いだろう。

     

    こんな日常も創造力を養うよいチャンスなのだと思う。

  • 妥協

    ミタテは創造的思考が導くものだと思う。

     

    思考している頭の中は

    10個の視点での展開なのか?

    100個の視点での展開なのか?

    10,000個の視点の集合が展開されているのか?

     

    どれだけの視点で展開しているのだろう。

    どれだけの視点を活用して展開できているのだろう。

     

    こんなことを考えていると

    自分を磨くことに

    妥協という言葉は

    必要がないのかもしれない。

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  • 味覚

    最近、食べ物を口にした時の

    味覚の変化を観察するようにしている。

    味覚に意識を置いていると、

    自分の食事の内容にいかに無頓着(無意識)になっているかが

    よくわかる。

     

    体感して、驚かされたことは、

    好物で食べていた物の

    味が濃くて食べれないという経験をしたことだった。

    しかし、その濃いという感覚も、

    少し我慢して食べていると、

    次に同じような味付けのされているものを食べても

    今度は、濃いとは感じずに食べれてしまうという経験だった。

     

    こんなにも味覚は簡単に変化していく(順応する)ものだと体感した。

     

    自分自身が変化の中にいる中で、

    何かをミタテているという意識を持つことが

    大切だと思う経験をした。

     

     

     

     

     

  • ミタテ

    今日から8月。

    私はある経験をしてから

    8月が1年間の中で、好きな季節になった。

    私的なことだが1年間の中で

    一番自分の変化に敏感になれるような感覚があるからだ。

     

     

    さて、自然の偉大さにふれるたびに、感動する。

    その感動は何度あじわっても同じということはない。

    同じ場所の風景であっても、止まっていない風景(空間)は

    時には、感情より先に涙が湧き出る。

     

    この感覚。

    感情、思考より先に

    からだが示す反応。

    この感覚を

    大事に、大切に

    まずは自分と自分のからだとの信頼関係をきずくことを

    大切にしたいと日々思う。