投稿者: karib_sotai

  • アート2

    最近訪れた美術館で目にした浮世絵。

    木版画で表現された緻密で繊細な作品をみていると、観察力のすごさ、鋭さを感じます。さらに観察したものを表現し、伝える技術を考えると、どんな様子で制作していたのだろうと思います。

     

    からだに関わる時も観察は絶対に欠かせないことであり、その観察から得た情報をいかに活用できるか、浮世絵で表現される緻密な作品をみていると、なにか訴えられている想いがします。

     

     

     

    2021年秋季フォーラム

    2021年11月23日(火)勤労感謝の日 ハイブリッド開催

    テーマ「アートと操体」

    https://www.tokyo-sotai.com/

     

  • アート

    今日から香が担当します。

    よろしくお願いします。

     

    時々、美術館を訪れる様にしています。

    名品といわれる作品に触れ、その作品に目を向け、表現方法に作者の思いを感じ、

    自分の中に写しだしながら、自らにない感覚に触れると、日常生活の雑多さを忘れ、

    ゆとりという時間の流れを感じます。

     

    このゆとりが生み出すエネルギーに、私をあずける時間が好きです。

     

     

    2021年秋季フォーラム

    2021年11月23日(火)勤労感謝の日 ハイブリッド開催

    テーマ「アートと操体」

    https://www.tokyo-sotai.com/

     

  • あーと、思うこと⑦

    f:id:tokyo_sotai:20100503111555j:plain

    この世の出来事を、良い悪いで捉えないようにする秘訣。

    それはバランス現象で捉えることではないだろうか。

     

    ワタシ自身はそう意識すると、それだけで愉しく生きられる。

     

    からだの要求感覚を、ただ、ただ、受け取るだけにしてみる。

    それに適うように、最小エネルギーで最大の効果を生じるようにする。

    あらゆる感覚をからだに委ね、なんとなく、味わいつつ余韻も満ちる。

     

    本人的には物足りない場合もあるけれど、いくらでも受けていられる

    ということは、刺激としてストレッサーになっていないからだろう。

    からだの要求にかなっている間は、受け取ることに不快は生じない。

     

    なんとなく感じがいいという間は、調和の中にある。

    そういえば、と後から徐々に気付くということも、調和の中にある。

     

    そうか、そうだったのかと、余韻からのフィードバックを通し、感謝

    に繋がるのも、調和の中ににある。

     

    生きている限り、その一瞬の積み重ねに限りなくバランス現象はあり、

    ヒトは生まれて亡くなるまでの間、愉しんでいられるのではないか。

     

    「人生をもっとも偉大に使う、使い方というものは、

     人生が終わってもまだ続くような、何ものかのために、

     人生を使うことである」        =ウィリアム・ジェームズ=

                 

    f:id:tokyo_sotai:20150806112444j:plain

    それでは一週間のお付き合い、有難うございました。

    明日からは、香さんの登場です。

    では、よろしくお願いします。

     

     

     

    2021年秋季フォーラム

    2021年11月23日(火)勤労感謝の日 ハイブリッド開催

    テーマ「アートと操体」

    https://www.tokyo-sotai.com/

     

  • あーと、思うこと⑥

    f:id:tokyo_sotai:20190821153434j:plain

    湘南に住んでから波乗りを始めた。

     

    サーファーという、趣味と生き方が一致しているような人もいる。

    そういった人のことを「スタイルがある」という。

    サーフィンを始めてから、スタイルのある人とは何か、なんとなく

    その言葉の意味に隠され、滲み示されている雰囲気を味わってきた。

     

    サーファーだから当然、よく行きたくなるのは海である。

    しかし、波乗りをしてればスタイルのある人になれるわけではない。

    特別な良い波でもないのに、波の乗り方そのものが優雅なのである。

     

    波に乗っているのは自分ではないのに、共感し共鳴し、安らいだり、

    穏やかになったり、気分が高揚したりするのはなぜだろうか。

     

    スタイルのあるサーファーは、ありふれた表現でも母なる海に感謝を

    忘れることは決してないと言うことに尽きるだろう。

    それを眺めて、『あぁ~愉しそうだなぁ』といつしか笑顔になれる。

    それに包まれてしまうのだ。

     

    潮のうごき、流れに身を沈め一瞬で何か目覚める。

    常に動き、揺れる実感の中で表現できる。

    その姿も優雅で、スタイリッシュに波と調和している。

     

    くつろぐように流れていくサーフスタイルの人に見惚れてしまう。

    その人が陸に上がって帰っていくところもまたスタイリッシュであり、

    アートな雰囲気を持っている、それを味わう人に私自身なりたいのだ。

     

    f:id:tokyo_sotai:20190503155809j:plain

     

    2021年秋季フォーラム

    2021年11月23日(火)勤労感謝の日 ハイブリッド開催

    テーマ「アートと操体」

    https://www.tokyo-sotai.com/

     

  • あーと、思うこと⑤

    f:id:tokyo_sotai:20210914075039j:plain

    レザーが大好きだ。

     

    艶と手触り、その風合い変化もたまらなく愛おしく感じる。

    なので、アクセサリーと衣服もそれを基準に身に着けるようになる。

     

    身に纏うものは、からだの動きに馴染むかどうか、でアクセサリーや

    衣服を選ぶことが多くなってきた。

     

    デザインに惚れても、皮膚に合わなければタンスの肥やしとなる。

    考えるよりも、馴染むのかどうか一瞬で分かった時が大切にしている。

    なじまないものを、あえて身に付けた後の疲れを避けたいのだと思う。

     

    しかし不思議なことに、身にまとうことで、からだの動きを拡大して

    くれるようなものが必ずあって、それが愛用のアクセサリーとなる。

     

    このような感覚は、私自身の生命の躍動を感じられる幸せの間となる

    f:id:tokyo_sotai:20190503161901j:plain

    2021年秋季フォーラム

    2021年11月23日(火)勤労感謝の日 ハイブリッド開催

    テーマ「アートと操体」

    https://www.tokyo-sotai.com/

     

  • あーと、思うこと④

    f:id:tokyo_sotai:20150806070542j:plain

    いまでもオートバイが好きだ。

    斎藤純氏の小説から、氏の描いたカタログに惚れて古いKawasaki

    の並列二気筒のバーチカルツインに乗って20年経過した。

     

    オートバイと移り変わるもの。

     

    人馬一体と言う概念があって、それをオートバイという名の二輪

    で不安定なものに落とし込んで走る。

    そのことに意味そのものを与えていく。

     

    どこかへ出かけて楽しむのではなくて、どこかに移動している。

    その一瞬のつながりに、ただただバランスをとり続けていく。

     

    走っては止まり、また動き始めては留まる。

    いつしか疾走しているのか、留まっているのか、わからなくなる。

     

    自身は人馬一体となっている時は、考えたりしていない。

    考えても、その中に浮かぶものが混じる。

    浮かんでいるものの中に、閃きが生じる。

     

    その時の閃きを皮膚に刻み、共鳴感覚習合(共感覚)としている

    f:id:tokyo_sotai:20191106063136j:plain

     

    2021年秋季フォーラム

    2021年11月23日(火)勤労感謝の日 ハイブリッド開催

    テーマ「アートと操体」

    https://www.tokyo-sotai.com/

     

  • あーと、思うこと③

    f:id:tokyo_sotai:20191013113240j:plain

    昔、この仕事に就く前はハウスメーカーで設計の仕事をしていた。

     

    たとえば建築物でも、有名な建築家の建造物は有名になっているので

    実際にその場所へ行けば、眺めることもできるし、場合によっては中

    に入ってみることさえできる。

     

    そうではなく、取り立てて有名ではなくとも、個人宅の間口から外観

    パースとして眺めたとき、一瞬で『この建物っていいなぁ』と、足を

    止め、しばらくそこで留まっていたい要求を味わう事がある。

     

    なにも豪華だからではなく、全体としてのまとまりが絶妙で、やはり

    建物も設計があるんだよなぁ、と感じたりして俯瞰するのである。

     

    橋本敬三師の語り、からだの設計にミスは無しという意味も同様。

    生活の場も、からだのアートを感じて幸せを味わう間があっていい。

     f:id:tokyo_sotai:20210914082540j:plain

     

    2021年秋季フォーラム

    2021年11月23日(火)勤労感謝の日 ハイブリッド開催

    テーマ「アートと操体」

    https://www.tokyo-sotai.com/

     

  • あーと、思うこと②

    f:id:tokyo_sotai:20210914081821j:plain

    立ち居振る舞い。

     

    歩いている時、自転車で移動している時、電車に乗っている時、車で

    止まっていた時、一瞬にして目を奪われることがある。

    何かがそこにあるだけで、フォーカスは瞬時に決まってしまう。

     

    私自身なのか、からだが欲していたもの、なのか。

    ただ、最もタイミングは一致していて、閃きの如き瞬間を見つけた、

    そんな感じに似ている。

     

    スーッと入ってくるような、言葉の選択もこれに似ている。

    仕事柄、多くの人と話をする機会がある。

     

    その中で、伝わってくる言葉に、えもいわれぬ気品を与えてくれる、

    そんな人はいる。

     

    立ち居振る舞いから違う。

    インパクトが絶大で、一瞬でうっとりしてしまうことさえある。

    そうすると瞬時に気分は変わり、とても幸せなアートを感じられる。

     

     

     

    2021年秋季フォーラム

    2021年11月23日(火)勤労感謝の日 ハイブリッド開催

    テーマ「アートと操体」

    https://www.tokyo-sotai.com/

     

  • あーと、思うこと①

    f:id:tokyo_sotai:20210719135416j:plain足の裏から映るもの

    石田さん、紹介いただき有難うございました。

    今週担当する岡村です、よろしくどうぞ。

     

    今回の「アート」というテーマに沿っているか疑問ですけれども、

    私的感覚で書き連ねて参りますのでよろしくお願いします。

     

     

    それは26年前に勤めていた、目黒区の整形外科での出来事でした。

    80代の女性患者さんが教えてくれたことがありまして、不思議と既に

    25年近く経つのに忘れられない。

     

    その方は毎日毎日散歩を兼ねて、目黒不動尊にお参りしているらしく

    同じ場所で毎日、押すだけのカメラで1枚スナップ写真を撮っていた。

     

    ある時、本人が驚くような目黒不動尊をバックとした神々しい写真が

    撮れていたらしく、その方曰く、「急に頭の中に写真展に出しなさい」

    と言われたような気がして、それを写真専門誌に応募したところ、そ

    の写真は、見事に写真専門誌の読者部門の特賞に選出された。

     

    話の最後にその女性は、微笑んで僕にこう語った。

    「あの写真は、お不動様が私に撮らせてくれたのよ」

     

    まぁ、当時はこの意味もさっぱりわからなかったが、今になってみる

    となんとなく、そのフィルム写真に現れていたであろう「アート」感

    を時間と空間を、超えて味わっていたりするのである。

     

     

    2021年秋季フォーラム

    2021年11月23日(火)勤労感謝の日 ハイブリッド開催

    テーマ「アートと操体」

    https://www.tokyo-sotai.com/

     

  • アートについて その7

    何度も私のブログには書いてありますが、当初操体とはわけのわからないもの。

    なぜ操体法でからだの調子がよくなるのか?未だに疑問です。

    印象派の古典的な絵は有名で少しは理解できますが、

    現在アートになるともっとわけのわからないものばかりだと思います。

    理屈では説明できない。

    何か感じ取れるもの。

    そのようなものを説明するのは非常に難しいということはわかります。

    言葉にできないものを表現すること。

    操体はそのようなものの繰り返し作業だと思います。

     

    一週間お付き合いいただきありがとうございました。

    来週からは岡村さんが引継ぎます。

    どうぞよろしくお願いいたします。

     

    2021年秋季フォーラム

    2021年11月23日(火)勤労感謝の日 ハイブリッド開催

    テーマ「アートと操体」

    https://www.tokyo-sotai.com/